35 / 52
第五話 記憶の忘却
6
しおりを挟む
「恭ちゃんには言わなくちゃいけないと思う。あのね、わたし綾瀬青葉と小泉由宇は……異父姉妹なの」
唐突過ぎて、言葉の意味を瞬時に理解できなかった。二人とも今は母親と暮らしていないことだけは知っていたが、まさか――。
「……冗談だろ?」
「相沢くんは、わたしと青葉が似ていると思ったこと、一度もない?」
確かに、二人に近いものを感じたことがあった。それに、恭矢が由宇に幼馴染がいると話したとき彼女は『どんな女の子?』『セックスしたことある?』
恭矢は一言も幼馴染の性別を言っていないのに、そう口にした。どうして、青葉が女だとわかったのだろう。はっとして二人を見たとき、彼女たちが纏う雰囲気の不思議な説得力に、息を呑んでしまった。
由宇は軽く息を吸って、淡々と語り始めた。
「……わたしたちの母親は、わたしを産んですぐにわたしの父の前からいなくなり、青葉を産んでまたすぐに、青葉のお父さんの前から姿を消したらしいの。小さい頃は、母が何をしたいのかわからなかった。だけど、十三歳のとき……言い方を変えると、わたしが初潮を迎えたとき、やっと腑に落ちたわ。母は、自分の能力を子どもたちに受け継がせようとして、子作りをしたのだと」
「……はい?」
「それはわたしが、ひとの記憶を奪う能力に気がついたときと同時期なんだけど……伝わったかしら?」
「……待って待って! 頭が追いつかないって!」
ショチョウやらコヅクリやら、そんなあっさり言われても、恭矢は脳内変換すら追いつかなかった。補足するように青葉が続けた。
「えーっとね、つまりわたしたちのお母さんはね、由宇ちゃんの持つ『ひとの記憶を奪う力』と、わたしの持つ『ひとが忘れていた記憶を思い出させる力』の両方を持っているの。で、それがわたしたちに、それぞれ一つずつ受け継がれたってこと。そのタイミングが由宇ちゃんもわたしも、その……初潮と同時だったって話!」
恭矢の理解力の問題ではなく、簡単に納得できるような話ではなかった。
「だけど……母は子どもに能力を引き継ぐことしか考えていなかった。子育てには微塵も興味がなかったから、生まれてすぐには能力を使えなかったわたしや青葉を捨てて、行方を眩ませたの。わたしのお父さんは苦労したみたい」
「わたしのお父さんも、大変だったって言っていたよ。うちは、恭ちゃんちがいろいろ面倒みてくれたから本当に有難かったって」
顔を見合わせて苦笑する由宇と青葉の表情は、とてもよく似ていた。
「……そうやって話しているのを見ていると、姉妹に見えるな」
「そう言われると、わたしは嬉しいけれど……わたしは、青葉に姉と呼ばれる資格なんてないから」
由宇は青葉から目を逸らし、天井を見上げた。
「母親がろくでもない人物だということ。わたしという、異父違いの姉がいること。青葉がそれらを知っていることは百歩譲って許せても、この能力のことだけは絶対に青葉には知ってほしくなかった。知ってしまったらもう、普通じゃいられなくなるから。……だからわたしは、青葉を探した。見つけて、わたしに都合のいいように記憶を奪った」
由宇が一旦言葉を区切ると、代わって青葉が語り出した。
「わたしは……お母さんのことも、由宇ちゃんの存在も、自力で調べて大体わかっていたし、記憶を思い出させる能力にもすでに気がついていたよ。……中学校三年生の冬、学校帰りに由宇ちゃんがわたしに接触して、記憶を奪うまではね。わたしは能力のこともお母さんのことも、何もかもを忘れた。学校に行くと何かを奪われてしまうという恐怖から、学校には行けなくなっちゃったけど……由宇ちゃんの計画は成功したことになるね」
青葉は静かに、淡々と言葉を紡いでいる。
「青葉には能力に対する耐性が少なからずあったのか、完全に記憶を消すことはできなかったわ。『奪われた』という記憶が残ってしまうことを、予想していなかったの。青葉にトラウマを植え付けてしまったこと、本当に申し訳ないと思っているわ。ごめんなさい」
恭矢は由宇が言っていた、贖罪の対象が誰なのかを知った。由宇が辛辣な顔で深く頭を下げると、青葉は無表情のまま「顔を上げて」と呟いた。
「……別に、怒ってないよ」
「……それと……青葉にもう一つだけ、謝らなきゃいけないことがあるの。わたしは青葉から奪った記憶の中で、相沢くんが青葉にとても優しくしてくれていたことを知った。それから相沢くんがわたしの仕事を知り、一緒に過ごす時間が増えていくにつれて、わたしは……相沢くんのことを、もっと知りたいと欲を抱いてしまったわ」
「……由宇ちゃんがわたしにしてきたことは、わたしのためを思ってのことなんでしょ? だからさっきも言ったけど、わたしは怒ってもいないし、怨んでもいない。むしろ、感謝すらしているよ。……だけど」
青葉は急に怒りを露にして、敵対心丸出しで口にした。
「恭ちゃんだけはあげない。恭ちゃんに手を出そうとしたら、許さないから!」
唐突過ぎて、言葉の意味を瞬時に理解できなかった。二人とも今は母親と暮らしていないことだけは知っていたが、まさか――。
「……冗談だろ?」
「相沢くんは、わたしと青葉が似ていると思ったこと、一度もない?」
確かに、二人に近いものを感じたことがあった。それに、恭矢が由宇に幼馴染がいると話したとき彼女は『どんな女の子?』『セックスしたことある?』
恭矢は一言も幼馴染の性別を言っていないのに、そう口にした。どうして、青葉が女だとわかったのだろう。はっとして二人を見たとき、彼女たちが纏う雰囲気の不思議な説得力に、息を呑んでしまった。
由宇は軽く息を吸って、淡々と語り始めた。
「……わたしたちの母親は、わたしを産んですぐにわたしの父の前からいなくなり、青葉を産んでまたすぐに、青葉のお父さんの前から姿を消したらしいの。小さい頃は、母が何をしたいのかわからなかった。だけど、十三歳のとき……言い方を変えると、わたしが初潮を迎えたとき、やっと腑に落ちたわ。母は、自分の能力を子どもたちに受け継がせようとして、子作りをしたのだと」
「……はい?」
「それはわたしが、ひとの記憶を奪う能力に気がついたときと同時期なんだけど……伝わったかしら?」
「……待って待って! 頭が追いつかないって!」
ショチョウやらコヅクリやら、そんなあっさり言われても、恭矢は脳内変換すら追いつかなかった。補足するように青葉が続けた。
「えーっとね、つまりわたしたちのお母さんはね、由宇ちゃんの持つ『ひとの記憶を奪う力』と、わたしの持つ『ひとが忘れていた記憶を思い出させる力』の両方を持っているの。で、それがわたしたちに、それぞれ一つずつ受け継がれたってこと。そのタイミングが由宇ちゃんもわたしも、その……初潮と同時だったって話!」
恭矢の理解力の問題ではなく、簡単に納得できるような話ではなかった。
「だけど……母は子どもに能力を引き継ぐことしか考えていなかった。子育てには微塵も興味がなかったから、生まれてすぐには能力を使えなかったわたしや青葉を捨てて、行方を眩ませたの。わたしのお父さんは苦労したみたい」
「わたしのお父さんも、大変だったって言っていたよ。うちは、恭ちゃんちがいろいろ面倒みてくれたから本当に有難かったって」
顔を見合わせて苦笑する由宇と青葉の表情は、とてもよく似ていた。
「……そうやって話しているのを見ていると、姉妹に見えるな」
「そう言われると、わたしは嬉しいけれど……わたしは、青葉に姉と呼ばれる資格なんてないから」
由宇は青葉から目を逸らし、天井を見上げた。
「母親がろくでもない人物だということ。わたしという、異父違いの姉がいること。青葉がそれらを知っていることは百歩譲って許せても、この能力のことだけは絶対に青葉には知ってほしくなかった。知ってしまったらもう、普通じゃいられなくなるから。……だからわたしは、青葉を探した。見つけて、わたしに都合のいいように記憶を奪った」
由宇が一旦言葉を区切ると、代わって青葉が語り出した。
「わたしは……お母さんのことも、由宇ちゃんの存在も、自力で調べて大体わかっていたし、記憶を思い出させる能力にもすでに気がついていたよ。……中学校三年生の冬、学校帰りに由宇ちゃんがわたしに接触して、記憶を奪うまではね。わたしは能力のこともお母さんのことも、何もかもを忘れた。学校に行くと何かを奪われてしまうという恐怖から、学校には行けなくなっちゃったけど……由宇ちゃんの計画は成功したことになるね」
青葉は静かに、淡々と言葉を紡いでいる。
「青葉には能力に対する耐性が少なからずあったのか、完全に記憶を消すことはできなかったわ。『奪われた』という記憶が残ってしまうことを、予想していなかったの。青葉にトラウマを植え付けてしまったこと、本当に申し訳ないと思っているわ。ごめんなさい」
恭矢は由宇が言っていた、贖罪の対象が誰なのかを知った。由宇が辛辣な顔で深く頭を下げると、青葉は無表情のまま「顔を上げて」と呟いた。
「……別に、怒ってないよ」
「……それと……青葉にもう一つだけ、謝らなきゃいけないことがあるの。わたしは青葉から奪った記憶の中で、相沢くんが青葉にとても優しくしてくれていたことを知った。それから相沢くんがわたしの仕事を知り、一緒に過ごす時間が増えていくにつれて、わたしは……相沢くんのことを、もっと知りたいと欲を抱いてしまったわ」
「……由宇ちゃんがわたしにしてきたことは、わたしのためを思ってのことなんでしょ? だからさっきも言ったけど、わたしは怒ってもいないし、怨んでもいない。むしろ、感謝すらしているよ。……だけど」
青葉は急に怒りを露にして、敵対心丸出しで口にした。
「恭ちゃんだけはあげない。恭ちゃんに手を出そうとしたら、許さないから!」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる