きっと、忘れられない恋になる。

りっと

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第五話 記憶の忘却

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「いつもありがとうございます! またのご来店をお待ちしております!」

 二十二時ちょうど、今日最後になる客のレジ打ちを終えて従業員控え室に戻ると、タイムカードの計算をしていた店長に手招きされた。

「お疲れ様です、店長」

「おう、お疲れ恭矢。お前にこれをやろう。半額になるのを待って、さっき買ってきた」

 店長が手渡してくれたのは、半額シールが貼ってある焼き鳥だった。

「今日は焼き鳥が大量に売れ残ったんですか?」

「違うわ馬鹿、ただのプレゼントだ」

「……プレゼント? 嬉しいっすけど、売れ残り半額の焼き鳥って……」

「文句は受けんぞ馬鹿野郎。……いやさ、お前一時期変だったけど、最近また頑張ってくれているからさ。この焼き鳥は日頃のお礼と、時給アップのお祝いだよ」

「時給アップですか⁉ やった! ありがとうございます! 俺、これからも頑張ります!」

 焼き鳥を受け取って頭を下げると、店長は嬉しそうな顔をした。夏休みは昨年と同様、大型ライブのスタッフやプールの監視員など夏休みにしかできないバイトを増やし、毎日必死に働いた。遊ぶ暇もなく過ごした夏はいつの間に終わっていて、暦はもう九月になっていた。

 夏が短いこの街では、九月に入るとぐっと涼しくなる。自転車でひんやりとした風を切りながら、恭矢は家路を急いだ。

「ただいまー!」

 玄関を開けると、元気な足音が近づいてきた。

「きょうちゃ、おかえり!」

「あれ? まだ起きてたのか? 駄目だろー? ……でもただいま龍矢~! 兄ちゃんが帰ったぞお~」

 手を広げて出迎えてくれた可愛い弟を抱き上げた。

「おかえり恭ちゃん。手洗ってきてー。ごはんできてるよ」

「ん。これお土産。店長が奢ってくれた」

「わ、ありがとー! さっそくチンするね。久々にお肉食べられて嬉しいね!」

 青葉は細身のジーンズに小さめのTシャツというとてもシンプルな格好で恭矢を出迎えた。シンプルとはいっても、スタイルがいい青葉は何を着たって似合う。

「青葉、今日はなんか可愛いな」

 時給アップで上機嫌だったこともあって、恭矢は普段は言わないことを口にしていた。

「……え⁉ どうしたの恭ちゃん、熱でもあるの⁉  ……嬉しい」

 はにかみながら顔を赤くした青葉の可愛らしさに、恭矢は頬を緩めた。今日の夕食は白米、味噌汁、鯖と蓮根の煮物と、キャベツときゅうりのサラダだった。質素な食事だが美味そうだ。早速頂こうと手を合わせたとき、いつもは恭矢が帰ってきても反応が薄い玲と桜も部屋から出てきて、食卓を囲った。

「あれ、どうした? お前らまだ食ってなかったのか?」

「食べたし。煮物美味しかった」

 恭矢に対して反抗期真っ最中の玲が、素っ気なく答えた。

「……今日は給料日だけど、このお金は青葉に渡す食費だからな? 小遣いはあげられないぞ? 母さんにねだれよ?」

「違うもん! 恭兄ちゃんが食べてるところを見るだけだもん!」

 最近、お姉さんぶって背伸びしている桜が頬を膨らませた。玲も桜も何がしたいのかよくわからないが、腹が減っていた恭矢は深く考えないことにした。

「お前らはよくわからんな。……はい青葉、これ今月の給料。明日は肉食べような」

 ATMで下ろしてきたお金を入れた茶封筒を青葉に手渡した。恭矢が家に入れる金は、エイルと早朝コンビニ分の、月末締め十五日払い分が主になっている。青葉はそれを両手で受け取り頭を下げた。

「今月もお疲れ様でした。ありがたく使わせていただきます」

 労いの言葉をかけてもらえると、働き甲斐もあるというものだ。穏やかな気持ちで箸を持ち味噌汁に手をつけようとした瞬間、そわそわと青葉の顔を見ていた玲と桜が、顔を見合わせて「せーの」と言った。

「「恭兄ちゃん、お疲れ様。いつもありがとう」」

 青葉が毎月口にするその言葉を、妹たちが言ってくれたのは初めてだった。驚く恭矢の顔を見て、玲がにやりと笑った。

「青ちゃんと話してさ、あたしたち、なんだかんだで恭兄ちゃんに感謝しているから、ちゃんと言葉で伝えていこうって決めたの。ね? 桜?」

「うん。恭兄ちゃん、いつもありがとう。あたしたちも、頑張って家のお手伝いたくさんするようにするね」

「お、おう……珍しいこともあるもんだな。なんだなんだ、ドッキリか?」

 周りを見渡し、カメラが設置されていないか確認してみた。

「なにさー、そんなに照れなくてもいいじゃん。そりゃあ、あたしらみたいな可愛い妹たちにこんなこと言われたら感激しちゃうと思うけど」

 お調子者の玲に反論してやりたかったが、変に喋ろうとすると不覚にも胸が詰まって、涙が出そうになってしまう。

「……あ、ありがとな。家の手伝いしっかりやって、青葉を助けてやってくれ」

「うん、素直でよろしい」

「恭兄ちゃんのためにがんばるね!」

 妹たちはそう言って、照れくさそうに笑った。

 夕食を食べ終わり妹たちが風呂に行った後、青葉はいつものように茶を淹れ、恭矢の前に座った。茶を一口啜ってから、恭矢は青葉に言おうと思っていたことを切り出した。

「あのさ、青葉」

「なあに?」

「今週の日曜日、たまには二人で遊びに行こうか」

 ちらりと青葉の様子を窺ってみると、彼女は目を丸くしていた。

「……なんでそんなに驚いてるんだよ」

「え、だって恭ちゃんが誘ってくれるなんて、高校生になってから初めてじゃないかな? 週末はいつもバイトで忙しそうだし……」

「今週は休みを取ったから。青葉に日頃のお礼がしたいって、前から思ってたんだ。それに今日……その、気持ちが強くなったし。駄目?」

「だ、駄目なわけないよ! 行く! 行きます!」

 青葉が自分と家族を支えてくれていると実感した恭矢は、妹たちが言葉で伝えてくれたように、機会を設けて感謝の気持ちを青葉に伝えたいと思ったのだ。

「よかった。じゃあ、行きたいところ考えておいて」

「恭ちゃんと一緒ならどこでもいい!」

「それ一番困るから駄目」

 恭矢が青葉を誘ったのには、実はもう一つ理由があった。

 青葉との今の関係を、堂々とひとに言えるものにしたいと思ったのだ。

「でも、やっぱり今日の恭ちゃん変かも。……ねえ、最近体の調子が悪いとか戦いに行く予定とかないよね?」

「ないよ。死亡フラグじゃないから安心しろ」

 恭矢の言葉に説得力はなかったのか、青葉は嬉しそうな顔と不安そうな顔を交互に繰り返していた。
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