26 / 52
第四話 記憶の献上
3
しおりを挟む
だが、恭矢の僻んだ心は悪化の一途を辿っていた。
エイルでバイトをしているときも、些細なことに苛々した。会計を告げてから財布を取り出す客に、自分で商品を探そうともせずすぐに聞いてくる客。普段なら笑顔で対応できることでも、いちいち心がささくれた。そんな恭矢を店長が叱らない理由などなく、恭矢はバックヤードに呼び出された。
「どうした恭矢、最近、お前変だぞ。体調でも悪いか?」
「……別に、なんでもないです」
店長は俺の何を知っているというのか。たかが一年程度の付き合いで保護者面するのはやめてほしい。恭矢の胸中は態度から伝わってしまったようで、店長は溜息を吐いて恭矢にタイムカードを手渡した。
「今日はもう帰れ。次の出勤は明後日だよな? それまでにモチベーションを戻せ。戻らなかったらしばらく休ませるから連絡しろ」
店長の有無を言わさない強制帰還命令に、従うほかなかった。
毎日行くのが当たり前のようになっている雑貨屋に向かって自転車を漕ぎながら、自身の行動の必要性に疑問を感じた。
恭矢は由宇のことを友人として幸せにしたいと思い、由宇の喜ぶ顔が見たくて楽しかった記憶を差し出している。これは自分の意思に違いないはずなのに、どうして――面倒だと思ってしまったのだろう。
しっかりしろ。俺が笑っていないと小泉も笑わない。そう自分に言い聞かせて、恭矢は深呼吸をしてから扉をノックした。
「小泉、お疲れ。今日はどうだった?」
「相沢くんも、お疲れさま。今日は……あ、ごめんね、座って」
由宇は目尻を拭いながら立ち上がり、コーヒーを淹れる準備を始めた。恭矢は定位置となっているソファーに腰掛け、適当に返事をしながら彼女の様子をぼんやりと眺めていた。
目の前に置かれたカップを手に取り、熱い液体を一口飲んだ。相変わらず苦くて、美味しいとは思えない。
「……実はさ、俺コーヒー苦手なんだ」
どうしてそんなことを言ってしまったのだろう。由宇に、自分の隠れた努力を知ってほしかったからだろうか。
「……そうだったの? 相沢くん何も言わずに飲んでいたから、てっきり……気がつかなくてごめんなさい」
由宇は申し訳なさそうに謝った。
「少しでも小泉によく思われたくて、格好つけて見栄張ってたんだよ」
恭矢が由宇を見つめると、彼女の白い頬はほんのりと朱色に染まった。
「……からかわないで」
「そんな言い方するなよ、冗談でこんなこと言えるわけないだろ? ……俺の記憶を少しずつ自分のものにしている小泉なら、わかってくれると思ってた」
口から滑り落ちた言葉の酷さで我に返った。あまりにも理不尽な皮肉を口にしてしまったのだ。
「こ、小泉ごめん! 俺、ひどいこと言った……!」
「……わたしこそ、ごめん。相沢くんにはたくさん楽しい記憶を貰ったり、仕事のあとそばにいて貰ったりして、ついつい甘えるクセがついちゃったみたいで……ごめんなさい」
「俺が好きでやっていることだから小泉は気にしなくていいんだ! ……でも」
恭矢はカップを置いて立ち上がった。
「……今日は帰るよ。情けないけど、一緒にいたらもっとひどいことを言ってしまう気がするから」
由宇は恭矢を引き止めなかった。
エイルでバイトをしているときも、些細なことに苛々した。会計を告げてから財布を取り出す客に、自分で商品を探そうともせずすぐに聞いてくる客。普段なら笑顔で対応できることでも、いちいち心がささくれた。そんな恭矢を店長が叱らない理由などなく、恭矢はバックヤードに呼び出された。
「どうした恭矢、最近、お前変だぞ。体調でも悪いか?」
「……別に、なんでもないです」
店長は俺の何を知っているというのか。たかが一年程度の付き合いで保護者面するのはやめてほしい。恭矢の胸中は態度から伝わってしまったようで、店長は溜息を吐いて恭矢にタイムカードを手渡した。
「今日はもう帰れ。次の出勤は明後日だよな? それまでにモチベーションを戻せ。戻らなかったらしばらく休ませるから連絡しろ」
店長の有無を言わさない強制帰還命令に、従うほかなかった。
毎日行くのが当たり前のようになっている雑貨屋に向かって自転車を漕ぎながら、自身の行動の必要性に疑問を感じた。
恭矢は由宇のことを友人として幸せにしたいと思い、由宇の喜ぶ顔が見たくて楽しかった記憶を差し出している。これは自分の意思に違いないはずなのに、どうして――面倒だと思ってしまったのだろう。
しっかりしろ。俺が笑っていないと小泉も笑わない。そう自分に言い聞かせて、恭矢は深呼吸をしてから扉をノックした。
「小泉、お疲れ。今日はどうだった?」
「相沢くんも、お疲れさま。今日は……あ、ごめんね、座って」
由宇は目尻を拭いながら立ち上がり、コーヒーを淹れる準備を始めた。恭矢は定位置となっているソファーに腰掛け、適当に返事をしながら彼女の様子をぼんやりと眺めていた。
目の前に置かれたカップを手に取り、熱い液体を一口飲んだ。相変わらず苦くて、美味しいとは思えない。
「……実はさ、俺コーヒー苦手なんだ」
どうしてそんなことを言ってしまったのだろう。由宇に、自分の隠れた努力を知ってほしかったからだろうか。
「……そうだったの? 相沢くん何も言わずに飲んでいたから、てっきり……気がつかなくてごめんなさい」
由宇は申し訳なさそうに謝った。
「少しでも小泉によく思われたくて、格好つけて見栄張ってたんだよ」
恭矢が由宇を見つめると、彼女の白い頬はほんのりと朱色に染まった。
「……からかわないで」
「そんな言い方するなよ、冗談でこんなこと言えるわけないだろ? ……俺の記憶を少しずつ自分のものにしている小泉なら、わかってくれると思ってた」
口から滑り落ちた言葉の酷さで我に返った。あまりにも理不尽な皮肉を口にしてしまったのだ。
「こ、小泉ごめん! 俺、ひどいこと言った……!」
「……わたしこそ、ごめん。相沢くんにはたくさん楽しい記憶を貰ったり、仕事のあとそばにいて貰ったりして、ついつい甘えるクセがついちゃったみたいで……ごめんなさい」
「俺が好きでやっていることだから小泉は気にしなくていいんだ! ……でも」
恭矢はカップを置いて立ち上がった。
「……今日は帰るよ。情けないけど、一緒にいたらもっとひどいことを言ってしまう気がするから」
由宇は恭矢を引き止めなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる