上 下
25 / 52
第四話 記憶の献上

2

しおりを挟む
 恭矢は毎日、バイト帰りに雑貨屋に寄って、楽しかった思い出や感動した思い出を由宇にあげていく日々を送っていった。

 龍矢が初めて立ったときの感動をあげた。

 兄弟皆で祖母の家に遊びに行ったとき、山菜を採ったりスイカの種の飛ばしっこをしたりして、田舎を満喫した思い出をあげた。

 中学生の頃、友人が好きだった子への告白に成功したとき、皆で海に飛び込んではしゃいだ思い出をあげた。

 バイトを始めたばかりで失敗が続いて落ち込んでいたとき、店長に食べ放題の店に連れて行って貰って、たくさん食べながらいろいろ語り合った思い出をあげた。

 思い出をあげることを、恭矢は惜しいとは思わなかった。
あげられる思い出があるということは、自分が思っていたより幸せな人生を送っていたという証明のようにも思えた。

 何より、由宇が笑ってくれることが嬉しかった。


 そんな生活が一ヶ月ほど続き、季節は夏休み目前となっていた。暑さが一段と増していった季節だったため暑さのせいだと思い込んでいたが、恭矢はこの頃、少しだけ笑顔が作りにくくなっていた。

「相沢は大学に行くつもりはあるのか?」

 窓を開けた生徒指導室には、昼休みを満喫している生徒たちの騒がしい声が入ってくる。進路希望調査を参考にして行なわれる担任との二者面談は、生ぬるい炭酸のような雰囲気の中で始まった。

「ないっすねー。大学行くにも金がないので」

 姉も兄も高校卒業後はすぐに就職している。毎日働いて家にお金を入れてくれる二人に家族皆が感謝しているし、自分もそうしなければならないと思ってきた。

「そうか、勿体ないな、お前がちゃんと勉強に専念できる環境だったら、ある程度の大学には入れたと思うけどな」

「お、先生俺のこと褒めてくれてるんですか? 照れるなー!」

 ふざけた恭矢に、担任は溜息を吐いた。

「……大学に行って、やりたいことはないのか? もしお前が大学に行きたいと言うなら、俺もできる限りご家庭の負担にならない道を提案する。お母さんへの説得にも協力する」

「んー、やりたいことは特にないし、大学はいいっすよ。それより一円でも多く稼がないと! 先生、こんな苦学生である俺にお恵みとかくれたりしません?」

 恭矢は大袈裟に明るい笑顔を貼り付かせたまま、手のひらを上にして担任の前に手を差し出した。

「アホウ、俺だって安月給だ。とにかく、お母さんとも話し合ってみろ。先に進めば進むほど選択肢は限られて来るからな。お前の歳ならもっと我儘を言っていいんだ」

「しつこいっすよ先生。じゃあ、母さんと話して大学行かせてくれるって話になったら、また相談します」

「おう、そうしろ。報告を待っているからな」

「はい、それじゃあ失礼します」

 生徒指導室を出た恭矢は静かに溜息を吐いた。担任が話した内容を母に言うつもりはさらさらない。言えるはずがない。

 誰にも話したことはないが、本心を言えば、恭矢は母と同じように学校の先生になりたいと思っていた。教員免許を取るために大学に行きたいと考えたこともあるが、それは口にしてはいけない我儘だとわかっていた。

 どうせ大学に通う金は家にない。留年しない程度に適度に勉強に励んで、金を稼ぐのが恭矢の高校生活だ。逆に、大した学力もないくせに、金さえ積めば入れるような大学に入って四年間楽しく過ごす奴が世の中にはたくさんいるのだろう。

 真面目にやっている俺って馬鹿みたいだなと思った後、恭矢は自分の性格の悪さに愕然とした。必死にかぶりを振り、今の気持ちを忘れようと努めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

機械娘の機ぐるみを着せないで!

ジャン・幸田
青春
 二十世紀末のOVA(オリジナルビデオアニメ)作品の「ガーディアンガールズ」に憧れていたアラフィフ親父はとんでもない事をしでかした! その作品に登場するパワードスーツを本当に開発してしまった!  そのスーツを娘ばかりでなく友人にも着せ始めた! そのとき、トラブルの幕が上がるのであった。

ホビーレーサー!~最強中年はロードレースで敗北を満喫する~

大場里桜
青春
会社で『最強』と称えられる40才の部長 中杉猛士。 周囲の社員の軟弱さを嘆いていたが、偶然知った自転車競技で全力で戦う相手を見つける。 「いるじゃないか! ガッツのある若者! 私が全力で戦ってもいい相手が!!」 最強中年はロードレースで敗北を満喫するのであったーー 本作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアッププラス様でも公開しております。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...