きっと、忘れられない恋になる。

りっと

文字の大きさ
上 下
23 / 52
第三話 記憶の選択

8

しおりを挟む
 仕切り直しの空気の中で、何を言っていいのかわからない恭矢と、機嫌の悪そうな修矢、顔を上げようとしない青葉が言葉を発することはなかった。

 そんな三人の顔を見ながら、母は穏やかに語り出した。

「兄ちゃんたちはああ言うけどね、お母さんは恭矢に好きな子ができて、その子を幸せにしたいって考えられるなら、立派な男の子になったもんだなあって思えて嬉しいよ。そりゃあね、お母さんたちは青ちゃんが大好きだから、あんたが選ぶ女の子が青ちゃんであればいいなとは思うけど……そう思える相手が青ちゃんじゃないなら、ケジメをつけなさい。修矢も落ち着いて。長男のあんたが家族のことに口を出したいのはわかるけど、ちょっと言いすぎだよ。あんたの知らないところでいろんなことがあるんだから」

 母は恭矢の方を見て、隣で放心している青葉の肩を優しく叩いた。

「さ、恭矢。青ちゃんを家まで送ってあげて。青ちゃんは修矢たちが怖い顔をして自分を追い返したから、恭矢が何か言われるんじゃないかって心配で、母さんを呼んできてくれたのよ? ちゃんとお礼言っておきなさい」

「……うん。青葉、送って行くよ」

 恭矢は立ち上がって青葉の手を握った。修矢と桂が青葉を気遣う言葉を口にしていたけれど、彼女の耳には届いていないようだった。それでも恭矢が手を握ると青葉は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。

 恭矢は無言のまま青葉を部屋まで連れて行った。真っ暗な部屋の電気を点けて、青葉の匂いがするベッドに彼女を座らせた。青葉は四肢に力が入らないのか、まるで人形のように恭矢にされるがままであった。

 青葉がこんな風になってしまったあの日のことを、恭矢ははっきりと覚えている。

 昨年の冬、青葉が恭矢に抱きついて朝まで離れない夜があった。何があったのかを聞いても決して口にしなかったけれど、その日から青葉は外に出ることをやめ、生きる理由を恭矢に求め始めた。

 当時の恭矢は、青葉が元気でいてくれるならば、彼女の望むままの存在であろうとした。
青葉が家事をやってくれれば褒め、青葉が笑えば笑い、青葉が抱きついてきたら抱き締め返した。

「……青葉。俺たちがこのままじゃいけないってことは、わかってるよな?」

 青葉は恭矢がいなければ生きていけない。青葉にとって、恭矢が人生のすべてだからだ。

 だけどこのままではいけないということは、お互いにわかっている。恭矢ができるだけ優しく青葉の髪の毛を撫でると、彼女は静かに頷いた。

「少しだけ、一緒にいる時間を減らそう。少しでも離れないと、何も変わらないよ」

「……恭ちゃんの好きなひとって、誰? 同じ学校のひと? バイト先のひと? 何歳なの? 可愛い? どれくらい好き?」

「……可愛いよ。もっと彼女のことを知りたいって思うくらい、なんでもない時間に彼女のことを考えてしまうくらい、好きだ」

 もう何を話しても傷つけるなら、正直な気持ちを真正面から青葉に伝えようと思った。

「そっか。それならしょうがないよね。どんなひとなのかあとで紹介してね。わたし、恭ちゃんとその子が上手くいくように、ちゃんと……」

 笑顔を作ろうと試みていた青葉の言葉が詰まり、恭矢は彼女の感情が振り切れる瞬間に怯えた。悲しみの中で青葉が不自然なほど明るく振舞おうと試みたとき、反動で後から感情を爆発させることを知っているからだ。

「……いや! 駄目なの! 恭ちゃんの隣に、わたし以外の女の子がいるなんて嫌なの! お願い恭ちゃん、わたしから離れないで! 離れないでよお!」

 青葉は喚き、顔をくしゃくしゃにして泣いた。子どものように泣きじゃくる青葉を抱き締めると、彼女は素直に恭矢の胸にしがみついた。

 普段はしっかりしている青葉だが、この状態になると龍矢よりも幼い子どもなのだ。過去に何度か経験したが、この青葉を慰める方法は抱いて、泣きやむまで待つしかない。

「ごめんね、わたしもっと強くなるから……。恭ちゃんに好きな子がいても笑顔になれるようにがんばるから、ごめんね……!」

 青葉を言い訳にはしたくない。だけど、こんな姿を見せられたら身動きが取れない。

 青葉は恭矢にすべてを委ね、恭矢は青葉にすべてを託している。こんな共依存のままではお互い幸せになれない。彼女のことを家族として、愛おしく思っているがゆえに何もできないのだ。


 その夜、青葉は恭矢から離れようとせず、恭矢もまた彼女を一人にしてはおけなかった。

 月明かりの入る青葉の部屋で、彼女の呼吸を聞きながら、恭矢はある決意を固めた。

 由宇への恋心を忘れ、これからは青葉を大事にしていこう。

 由宇には男としてではなく、友人としてできる限りのことをしていこうという決意を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...