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第三話 記憶の選択
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仕切り直しの空気の中で、何を言っていいのかわからない恭矢と、機嫌の悪そうな修矢、顔を上げようとしない青葉が言葉を発することはなかった。
そんな三人の顔を見ながら、母は穏やかに語り出した。
「兄ちゃんたちはああ言うけどね、お母さんは恭矢に好きな子ができて、その子を幸せにしたいって考えられるなら、立派な男の子になったもんだなあって思えて嬉しいよ。そりゃあね、お母さんたちは青ちゃんが大好きだから、あんたが選ぶ女の子が青ちゃんであればいいなとは思うけど……そう思える相手が青ちゃんじゃないなら、ケジメをつけなさい。修矢も落ち着いて。長男のあんたが家族のことに口を出したいのはわかるけど、ちょっと言いすぎだよ。あんたの知らないところでいろんなことがあるんだから」
母は恭矢の方を見て、隣で放心している青葉の肩を優しく叩いた。
「さ、恭矢。青ちゃんを家まで送ってあげて。青ちゃんは修矢たちが怖い顔をして自分を追い返したから、恭矢が何か言われるんじゃないかって心配で、母さんを呼んできてくれたのよ? ちゃんとお礼言っておきなさい」
「……うん。青葉、送って行くよ」
恭矢は立ち上がって青葉の手を握った。修矢と桂が青葉を気遣う言葉を口にしていたけれど、彼女の耳には届いていないようだった。それでも恭矢が手を握ると青葉は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
恭矢は無言のまま青葉を部屋まで連れて行った。真っ暗な部屋の電気を点けて、青葉の匂いがするベッドに彼女を座らせた。青葉は四肢に力が入らないのか、まるで人形のように恭矢にされるがままであった。
青葉がこんな風になってしまったあの日のことを、恭矢ははっきりと覚えている。
昨年の冬、青葉が恭矢に抱きついて朝まで離れない夜があった。何があったのかを聞いても決して口にしなかったけれど、その日から青葉は外に出ることをやめ、生きる理由を恭矢に求め始めた。
当時の恭矢は、青葉が元気でいてくれるならば、彼女の望むままの存在であろうとした。
青葉が家事をやってくれれば褒め、青葉が笑えば笑い、青葉が抱きついてきたら抱き締め返した。
「……青葉。俺たちがこのままじゃいけないってことは、わかってるよな?」
青葉は恭矢がいなければ生きていけない。青葉にとって、恭矢が人生のすべてだからだ。
だけどこのままではいけないということは、お互いにわかっている。恭矢ができるだけ優しく青葉の髪の毛を撫でると、彼女は静かに頷いた。
「少しだけ、一緒にいる時間を減らそう。少しでも離れないと、何も変わらないよ」
「……恭ちゃんの好きなひとって、誰? 同じ学校のひと? バイト先のひと? 何歳なの? 可愛い? どれくらい好き?」
「……可愛いよ。もっと彼女のことを知りたいって思うくらい、なんでもない時間に彼女のことを考えてしまうくらい、好きだ」
もう何を話しても傷つけるなら、正直な気持ちを真正面から青葉に伝えようと思った。
「そっか。それならしょうがないよね。どんなひとなのかあとで紹介してね。わたし、恭ちゃんとその子が上手くいくように、ちゃんと……」
笑顔を作ろうと試みていた青葉の言葉が詰まり、恭矢は彼女の感情が振り切れる瞬間に怯えた。悲しみの中で青葉が不自然なほど明るく振舞おうと試みたとき、反動で後から感情を爆発させることを知っているからだ。
「……いや! 駄目なの! 恭ちゃんの隣に、わたし以外の女の子がいるなんて嫌なの! お願い恭ちゃん、わたしから離れないで! 離れないでよお!」
青葉は喚き、顔をくしゃくしゃにして泣いた。子どものように泣きじゃくる青葉を抱き締めると、彼女は素直に恭矢の胸にしがみついた。
普段はしっかりしている青葉だが、この状態になると龍矢よりも幼い子どもなのだ。過去に何度か経験したが、この青葉を慰める方法は抱いて、泣きやむまで待つしかない。
「ごめんね、わたしもっと強くなるから……。恭ちゃんに好きな子がいても笑顔になれるようにがんばるから、ごめんね……!」
青葉を言い訳にはしたくない。だけど、こんな姿を見せられたら身動きが取れない。
青葉は恭矢にすべてを委ね、恭矢は青葉にすべてを託している。こんな共依存のままではお互い幸せになれない。彼女のことを家族として、愛おしく思っているがゆえに何もできないのだ。
その夜、青葉は恭矢から離れようとせず、恭矢もまた彼女を一人にしてはおけなかった。
月明かりの入る青葉の部屋で、彼女の呼吸を聞きながら、恭矢はある決意を固めた。
由宇への恋心を忘れ、これからは青葉を大事にしていこう。
由宇には男としてではなく、友人としてできる限りのことをしていこうという決意を。
そんな三人の顔を見ながら、母は穏やかに語り出した。
「兄ちゃんたちはああ言うけどね、お母さんは恭矢に好きな子ができて、その子を幸せにしたいって考えられるなら、立派な男の子になったもんだなあって思えて嬉しいよ。そりゃあね、お母さんたちは青ちゃんが大好きだから、あんたが選ぶ女の子が青ちゃんであればいいなとは思うけど……そう思える相手が青ちゃんじゃないなら、ケジメをつけなさい。修矢も落ち着いて。長男のあんたが家族のことに口を出したいのはわかるけど、ちょっと言いすぎだよ。あんたの知らないところでいろんなことがあるんだから」
母は恭矢の方を見て、隣で放心している青葉の肩を優しく叩いた。
「さ、恭矢。青ちゃんを家まで送ってあげて。青ちゃんは修矢たちが怖い顔をして自分を追い返したから、恭矢が何か言われるんじゃないかって心配で、母さんを呼んできてくれたのよ? ちゃんとお礼言っておきなさい」
「……うん。青葉、送って行くよ」
恭矢は立ち上がって青葉の手を握った。修矢と桂が青葉を気遣う言葉を口にしていたけれど、彼女の耳には届いていないようだった。それでも恭矢が手を握ると青葉は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
恭矢は無言のまま青葉を部屋まで連れて行った。真っ暗な部屋の電気を点けて、青葉の匂いがするベッドに彼女を座らせた。青葉は四肢に力が入らないのか、まるで人形のように恭矢にされるがままであった。
青葉がこんな風になってしまったあの日のことを、恭矢ははっきりと覚えている。
昨年の冬、青葉が恭矢に抱きついて朝まで離れない夜があった。何があったのかを聞いても決して口にしなかったけれど、その日から青葉は外に出ることをやめ、生きる理由を恭矢に求め始めた。
当時の恭矢は、青葉が元気でいてくれるならば、彼女の望むままの存在であろうとした。
青葉が家事をやってくれれば褒め、青葉が笑えば笑い、青葉が抱きついてきたら抱き締め返した。
「……青葉。俺たちがこのままじゃいけないってことは、わかってるよな?」
青葉は恭矢がいなければ生きていけない。青葉にとって、恭矢が人生のすべてだからだ。
だけどこのままではいけないということは、お互いにわかっている。恭矢ができるだけ優しく青葉の髪の毛を撫でると、彼女は静かに頷いた。
「少しだけ、一緒にいる時間を減らそう。少しでも離れないと、何も変わらないよ」
「……恭ちゃんの好きなひとって、誰? 同じ学校のひと? バイト先のひと? 何歳なの? 可愛い? どれくらい好き?」
「……可愛いよ。もっと彼女のことを知りたいって思うくらい、なんでもない時間に彼女のことを考えてしまうくらい、好きだ」
もう何を話しても傷つけるなら、正直な気持ちを真正面から青葉に伝えようと思った。
「そっか。それならしょうがないよね。どんなひとなのかあとで紹介してね。わたし、恭ちゃんとその子が上手くいくように、ちゃんと……」
笑顔を作ろうと試みていた青葉の言葉が詰まり、恭矢は彼女の感情が振り切れる瞬間に怯えた。悲しみの中で青葉が不自然なほど明るく振舞おうと試みたとき、反動で後から感情を爆発させることを知っているからだ。
「……いや! 駄目なの! 恭ちゃんの隣に、わたし以外の女の子がいるなんて嫌なの! お願い恭ちゃん、わたしから離れないで! 離れないでよお!」
青葉は喚き、顔をくしゃくしゃにして泣いた。子どものように泣きじゃくる青葉を抱き締めると、彼女は素直に恭矢の胸にしがみついた。
普段はしっかりしている青葉だが、この状態になると龍矢よりも幼い子どもなのだ。過去に何度か経験したが、この青葉を慰める方法は抱いて、泣きやむまで待つしかない。
「ごめんね、わたしもっと強くなるから……。恭ちゃんに好きな子がいても笑顔になれるようにがんばるから、ごめんね……!」
青葉を言い訳にはしたくない。だけど、こんな姿を見せられたら身動きが取れない。
青葉は恭矢にすべてを委ね、恭矢は青葉にすべてを託している。こんな共依存のままではお互い幸せになれない。彼女のことを家族として、愛おしく思っているがゆえに何もできないのだ。
その夜、青葉は恭矢から離れようとせず、恭矢もまた彼女を一人にしてはおけなかった。
月明かりの入る青葉の部屋で、彼女の呼吸を聞きながら、恭矢はある決意を固めた。
由宇への恋心を忘れ、これからは青葉を大事にしていこう。
由宇には男としてではなく、友人としてできる限りのことをしていこうという決意を。
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