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第三話 記憶の選択
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本格的な梅雨に突入した。雨の日は自転車に乗るのが面倒だし、買い物客も減るからエイルの店長の機嫌も悪い。学校でも期末テスト前で鬱屈した雰囲気が漂っていて、どこもかしこもどんよりしている、そんなある日のことだった。
恭矢がバイトから帰ると、姉の桂の車があった。珍しく帰って来ているのだと思い玄関を開けると、兄の修矢の靴まであった。
今日って何かあっただろうか? 小首を傾げつつ、恭矢は居間に顔を出した。
「桂姉、修兄、久しぶり。二人してこっちに来るなんて珍しいね」
「遅かったな恭矢。お前に用があって顔を出したんだ。早く手を洗って来い」
父親のいない相沢家において、長男である修矢の言葉は絶対という暗黙のルールがあった。いつだって上から目線で強引な物言いをする修矢と恭矢は喧嘩も絶えなかったが、小さい頃から面倒を見てくれた二人の姉兄は恭矢にとって頭が上がらない存在であることも事実だ。
そんな二人が怖い顔をして恭矢を待ち構えているということは、どうやら一波乱ありそうだ。手を洗い終え気持ちを引き締めて居間に戻ると、桂が茶碗に白米を盛り、暖めたおかずをテーブルの上に置いてくれた。
そういえば、今日は青葉がいない。二人が青葉に帰るように言ったのだろうか。それとも、青葉が久々に帰って来た二人に気を遣って帰ったのだろうか。
疑問に思ったが、二人の話が終わってから聞いてみようと恭矢は先に夕食に手を付け始めた。
「……おい恭矢。お前、青葉に飯を作らせるのが当たり前だと思ってるんじゃねえだろうな?」
結果、それが修矢の怒りの引き金を引く結果となってしまった。恭矢は咀嚼していた野菜炒めと白米を飲み込んでから、明らかに怒っている修矢に反論した。
「思っているわけないだろ。勝手な決めつけで話すのはやめてくれよ」
「だったらなんで、青葉がうちの家事をやっているんだ? お前たちの飯を作って、龍矢の面倒を見て、玲や桜の世話もしてるんだってな? まるで家政婦みたいに」
「青葉がそう言ったのかよ」
「青葉がそんなこと言うわけがないだろう。久々に帰った実家で目まぐるしく働いている女の子がいれば、そりゃあいろいろ聞き出すさ。……で? お前と青葉はいつから付き合っていたんだ? いくら彼女といっても押しつけすぎだろう。今後の在り方を話し合うぞ」
「いや、俺と青葉は付き合ってないよ。だけど、青葉に押しつけすぎているってことには、返す言葉もない」
「……どういうことだ? お前はただの幼馴染にすぎない青葉を、こき使っているのか? ……まさかお前、青葉がいるのに他の女とチャラチャラ遊んでいたりしていないだろうな? いつも夜遅くまでバイトしているっていうのも、嘘なんじゃないのか?」
瞬時に全身の血液が沸騰した。
「遊んでねえよふざけんな! 俺はいつだって家族のために働いてるんだよ! それに俺には好きな子がいる! その子と仲良くなりたいと思って、何が悪いんだよ!」
そう口にした瞬間、桂が鋭い視線で恭矢を射抜いた。
「青葉は?」
「え?」
「青葉は恭矢にとって、なんなの?」
「何って……大事な幼馴染だよ」
桂の表情が呆れ返ったものに変わった。修矢は今にも恭矢に殴りかかる勢いでテーブルを叩いた。
「じゃあお前は、ただの幼馴染に俺たち家族の面倒を見させているってことか⁉ そんな阿呆な話があるか!」
「知らねえよ! 青葉が勝手に俺のそばにいるんだ! 頼んだわけじゃない!」
最低なことを口にしたのだとわかったが、瞬時に反省してももう遅い。修矢が拳を振り上げ殴られると確信したとき、桂が恭矢の胸倉を掴み、低い声で告げた。
「……青葉を、あんたにとって都合のいい女にするんじゃないわよ」
頭に響く至極真っ当な言葉に、何も言えなかった。
「――はい、そこまでにしてちょうだい」
恭矢の胸倉を掴む桂の手が緩んだ。声のした方へ振り向くと、仕事帰りの母と、目を真っ赤にしている青葉の姿があった。
――どこから聞いていた? 恭矢は心臓を鷲掴みにされたような罪悪感で、青葉の顔を見ることができなかった。
「あんまり恭矢を責めないで。青ちゃんに甘えた生活をしている現状は、お母さんが一番悪いんだから」
「でも母さん、こいつは!」
「修矢。お願いよ」
母に諭され、修矢は黙った。桂は恭矢から手を離し、母と青葉に座るように促してから飲み物を用意するために席を立った。
恭矢がバイトから帰ると、姉の桂の車があった。珍しく帰って来ているのだと思い玄関を開けると、兄の修矢の靴まであった。
今日って何かあっただろうか? 小首を傾げつつ、恭矢は居間に顔を出した。
「桂姉、修兄、久しぶり。二人してこっちに来るなんて珍しいね」
「遅かったな恭矢。お前に用があって顔を出したんだ。早く手を洗って来い」
父親のいない相沢家において、長男である修矢の言葉は絶対という暗黙のルールがあった。いつだって上から目線で強引な物言いをする修矢と恭矢は喧嘩も絶えなかったが、小さい頃から面倒を見てくれた二人の姉兄は恭矢にとって頭が上がらない存在であることも事実だ。
そんな二人が怖い顔をして恭矢を待ち構えているということは、どうやら一波乱ありそうだ。手を洗い終え気持ちを引き締めて居間に戻ると、桂が茶碗に白米を盛り、暖めたおかずをテーブルの上に置いてくれた。
そういえば、今日は青葉がいない。二人が青葉に帰るように言ったのだろうか。それとも、青葉が久々に帰って来た二人に気を遣って帰ったのだろうか。
疑問に思ったが、二人の話が終わってから聞いてみようと恭矢は先に夕食に手を付け始めた。
「……おい恭矢。お前、青葉に飯を作らせるのが当たり前だと思ってるんじゃねえだろうな?」
結果、それが修矢の怒りの引き金を引く結果となってしまった。恭矢は咀嚼していた野菜炒めと白米を飲み込んでから、明らかに怒っている修矢に反論した。
「思っているわけないだろ。勝手な決めつけで話すのはやめてくれよ」
「だったらなんで、青葉がうちの家事をやっているんだ? お前たちの飯を作って、龍矢の面倒を見て、玲や桜の世話もしてるんだってな? まるで家政婦みたいに」
「青葉がそう言ったのかよ」
「青葉がそんなこと言うわけがないだろう。久々に帰った実家で目まぐるしく働いている女の子がいれば、そりゃあいろいろ聞き出すさ。……で? お前と青葉はいつから付き合っていたんだ? いくら彼女といっても押しつけすぎだろう。今後の在り方を話し合うぞ」
「いや、俺と青葉は付き合ってないよ。だけど、青葉に押しつけすぎているってことには、返す言葉もない」
「……どういうことだ? お前はただの幼馴染にすぎない青葉を、こき使っているのか? ……まさかお前、青葉がいるのに他の女とチャラチャラ遊んでいたりしていないだろうな? いつも夜遅くまでバイトしているっていうのも、嘘なんじゃないのか?」
瞬時に全身の血液が沸騰した。
「遊んでねえよふざけんな! 俺はいつだって家族のために働いてるんだよ! それに俺には好きな子がいる! その子と仲良くなりたいと思って、何が悪いんだよ!」
そう口にした瞬間、桂が鋭い視線で恭矢を射抜いた。
「青葉は?」
「え?」
「青葉は恭矢にとって、なんなの?」
「何って……大事な幼馴染だよ」
桂の表情が呆れ返ったものに変わった。修矢は今にも恭矢に殴りかかる勢いでテーブルを叩いた。
「じゃあお前は、ただの幼馴染に俺たち家族の面倒を見させているってことか⁉ そんな阿呆な話があるか!」
「知らねえよ! 青葉が勝手に俺のそばにいるんだ! 頼んだわけじゃない!」
最低なことを口にしたのだとわかったが、瞬時に反省してももう遅い。修矢が拳を振り上げ殴られると確信したとき、桂が恭矢の胸倉を掴み、低い声で告げた。
「……青葉を、あんたにとって都合のいい女にするんじゃないわよ」
頭に響く至極真っ当な言葉に、何も言えなかった。
「――はい、そこまでにしてちょうだい」
恭矢の胸倉を掴む桂の手が緩んだ。声のした方へ振り向くと、仕事帰りの母と、目を真っ赤にしている青葉の姿があった。
――どこから聞いていた? 恭矢は心臓を鷲掴みにされたような罪悪感で、青葉の顔を見ることができなかった。
「あんまり恭矢を責めないで。青ちゃんに甘えた生活をしている現状は、お母さんが一番悪いんだから」
「でも母さん、こいつは!」
「修矢。お願いよ」
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