きっと、忘れられない恋になる。

りっと

文字の大きさ
上 下
18 / 52
第三話 記憶の選択

3

しおりを挟む
 放課後、練習のために誰よりも早く瑛二は教室を出ていった。借りていたノートを返し忘れていたことに気がついて体育館へ足を運ぶと、シュート練習に励む瑛二と山崎の姿があった。

 真剣な瑛二に声をかけて邪魔してしまうことが躊躇われ、恭矢は踵を返すことにした。自転車置き場で愛車を引っ張り出して前方を見たとき、下校途中の由宇を発見し偶然の遭遇に心が躍った。

「小泉!」

 支倉との接触事故未遂が脳をよぎり、きちんと周りを見渡してから慎重に自転車を押しつつ声をかけた。恭矢の声に反応して微笑んだ由宇を見て、はしゃぐ犬のような足取りで彼女のもとへ走った。

「今帰り? これから雑貨屋行くの?」

「今日はひとに会う用事があるから、行かない日。相沢くんは早く教室を出ていったのに、まだ学校にいたんだね」

「瑛二にノートを返そうと思って体育館に寄ったんだよ。でも集中しているところで邪魔するのも悪いと思って、引き返してきた」

「新谷くんがバスケ部の練習を頑張っていることは、わたしにもわかるわ。来月からインターハイの県内予選だもんね。試合、出られるといいよね」

 由宇が今から誰と会うのか聞く勇気はなかったけれど、駅まで一緒に歩くことは許されたようだ。

「……小泉はさ、俺がマニキュア塗っているとしたら、どの指が一番綺麗に塗れていると思う?」

 浮かれていた恭矢はつい好奇心が抑えられずに、歩きながら由宇に右手を見せた。

「相沢くんにマニキュア? うーん……人指し指かなあ」

「まじで? ふ、ふうん、そうかあ」

 テクニック重視。由宇の清楚な外見とのギャップに興奮を覚えた恭矢だったが、顔に出さないように努めた。

「えーっと、人指し指はテクニック……だったっけ?」

「……へ?」

 背中に冷や汗が滲みつつある恭矢の心境など露知らず、由宇はにっこりと笑って告げた。

「以前記憶を奪ったひとの中に、この心理テストを知っていた方がいたみたい。ごめんね、面白いリアクションができなくて」

 下心まるだしの質問に対するその返答に、恭矢は降参するしかなかった。

 由宇は癖なのか、一緒に歩いている最中に時折薬指で耳に髪をかき上げていた。その仕草にどこか親近感を覚えた理由は、彼女が詰まったような変わったくしゃみをしたときに判明した。

「あ、わかった。小泉って、俺の幼馴染と似てるかもしんない」

「幼馴染? いいわね。わたしにはいないから憧れる。ね、相沢くんの幼馴染って、どんな女の子?」

「まあ……控えめに言って、可愛いよ。料理も上手だし」

「ぜんぜん謙遜してないじゃない。相沢くんは果報者ね」

「小泉、バイト先のおばちゃんと同じこと言ってるよ」

 恭矢が想い人の前で青葉の話をしたのは、青葉の存在を知っていてほしかったからだ。なんとなく、青葉の存在を隠して恋愛するなんてやってはいけない気がしたのだ。

 いつかは青葉にも由宇の存在を知ってもらいたいと思う。話さなければいけないのに先延ばしにしているのは、恭矢の臆病以外に理由はないけれど。

「……ねえ。相沢くんはその幼馴染の子とセックスしてるの?」

「え、ええ⁉」

 由宇の口から出た言葉の衝撃で思考回路を完全に壊されてしまった恭矢は、ただただ言葉に詰まりながら必死に否定することしかできなくなってしまった。

「し、し、してないよ! すごく大切な子だけど、そういう関係じゃないから!」

「したいとは思わない?」

「ちょ、ぐいぐいくるね⁉ もうこの話は終わり! 小泉には似合わないって!」

 恭矢がわかりやすくこの話題から逃げると、由宇もこれ以上突っ込んでは来なかった。

「あー、ビックリした。やましいことなんてないのに、寿命が縮んだ気がするわ……小泉が俺に興味を持ってくれていることはわかったけどさ」

 少しくらい仕返ししてやろうと思ったものの、

「相沢くんはわたしのこと、全然知らないよね」

 綺麗なカウンターを食らった恭矢は、肩を落としてうな垂れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

処理中です...