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第三話 記憶の選択
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「恭矢~。パン買いに行こうぜ」
バイトばかりで休みなんて一日もなかったゴールデンウィーク明けの昼休みに、同級生の新谷瑛二が声をかけてきた。瑛二とは中学校から一緒につるんできた仲で、快活で裏表のない瑛二のことを恭矢は友人として好ましく思っていた。
「俺、弁当だから」
「俺も弁当だけどさ、今日は伝説のクリームパンの日だって聞いたんだよ」
伝説のクリームパンとは、ここ県立大野高校にて不定期で販売している、一日限定十個の激レアパンだ。恭矢も過去に一度だけ食べたことがあるが、あの美味しさは芸術品とも呼べる深い味わいであった。心も体も満たされる美味しさとボリュームで160円という安価なところも、金のない恭矢の懐に優しかった。
「……まじか。行く! 急ごうぜ!」
全速力で階段を駆け下りて目的地に着いたものの、ぎりぎり間に合わなかった。目の前で最後の一個が売れて行く瞬間を見たとき、恭矢は人生に絶望した。
「残念だったな恭矢。日頃の行いがモノを言ったな」
「瑛二だって買えてねえだろうが」
せっかく購買まで来たのだからと、購入した焼きそばパンを手にしながら二人で廊下を歩いていると「瑛二」と呼ぶ声が聞こえた。恭矢たちが振り向くと、背の高い優男がパンを片手に勝ち誇った顔で立っていた。
「見ろ、クリームパンを手に入れた。この調子でレギュラーの座もいただく」
「うっせ。パンとバスケはなんの関係もねーよ」
笑いながら話している瑛二と優男は仲が良さそうだった。優男の名前は知らないが、瑛二と同じバスケ部だったような覚えがある。
優男と別れ、教室に戻った二人は弁当を広げた。恭矢が青葉に作ってもらった弁当は、炊き込みごはん、ウインナー、卵焼き、それから昨日の残りのきんぴらごぼうと春巻きが詰められていた。和洋中混ぜこぜの詰め合わせだ。
「……さっきのあいつ、山崎っていうんだけどさ。俺とあいつは来月から始まるインハイ予選のレギュラー争いしてんだよね。ポジションが一緒だからここでレギュラーになれないと、三年生が引退してからすげえ不利になる。絶対負けたくねえ」
焼きそばパンを頬張りながら言った瑛二の顔は、どこか楽しそうだった。
「ライバルってやつか。まあでも、仲は良さそうだな」
「そうだな。でも、絶対負けたくないっていうのはマジ。努力は積み重ねが大事だからさ、とにかく一秒でも長くボールに触ろうと思って俺、今すげえ練習してんだ」
「知ってるよ。お前、授業中爆睡だもんな」
瑛二の努力は第三者の恭矢から見てもよく伝わってくるものだった。毎日遅くまで自主練習をしていると聞くし、休み時間も暇があればボールを触っている。瑛二の努力は素直に応援する気持ちになれるものだった。
「ところでさ、面白い心理テストを教えてもらったからやってみようぜ。恭矢、俺の指を見ろ。どの指が一番綺麗にマニキュア塗れていると思う?」
「想像できないんですけど」
「いいから選べ。なんなら小泉を想像してみろ」
瑛二は右手を恭矢の目の前に突き出して選択を迫った。誰にも話していないはずなのに態度で筒抜けなのか、恭矢が由宇に好意を持っていることは、いつの間にか友人たちにバレていたのだった。
「じゃあ……小指?」
恭矢の選択に瑛二は噴き出した。
「なんだよ」
「いやいや。これで何がわかるかって言ったらさ、セックスのときに何を重要視するかなんだってよ。小指はムード重視らしいぜ。お前は乙女だなー」
「もう一回やらせろ」
「心理テストの意味ねえじゃんか」
声を出して笑う瑛二に言いがかりをつけながら、恭矢は青葉作の美味しい弁当をしっかりと完食した。
バイトばかりで休みなんて一日もなかったゴールデンウィーク明けの昼休みに、同級生の新谷瑛二が声をかけてきた。瑛二とは中学校から一緒につるんできた仲で、快活で裏表のない瑛二のことを恭矢は友人として好ましく思っていた。
「俺、弁当だから」
「俺も弁当だけどさ、今日は伝説のクリームパンの日だって聞いたんだよ」
伝説のクリームパンとは、ここ県立大野高校にて不定期で販売している、一日限定十個の激レアパンだ。恭矢も過去に一度だけ食べたことがあるが、あの美味しさは芸術品とも呼べる深い味わいであった。心も体も満たされる美味しさとボリュームで160円という安価なところも、金のない恭矢の懐に優しかった。
「……まじか。行く! 急ごうぜ!」
全速力で階段を駆け下りて目的地に着いたものの、ぎりぎり間に合わなかった。目の前で最後の一個が売れて行く瞬間を見たとき、恭矢は人生に絶望した。
「残念だったな恭矢。日頃の行いがモノを言ったな」
「瑛二だって買えてねえだろうが」
せっかく購買まで来たのだからと、購入した焼きそばパンを手にしながら二人で廊下を歩いていると「瑛二」と呼ぶ声が聞こえた。恭矢たちが振り向くと、背の高い優男がパンを片手に勝ち誇った顔で立っていた。
「見ろ、クリームパンを手に入れた。この調子でレギュラーの座もいただく」
「うっせ。パンとバスケはなんの関係もねーよ」
笑いながら話している瑛二と優男は仲が良さそうだった。優男の名前は知らないが、瑛二と同じバスケ部だったような覚えがある。
優男と別れ、教室に戻った二人は弁当を広げた。恭矢が青葉に作ってもらった弁当は、炊き込みごはん、ウインナー、卵焼き、それから昨日の残りのきんぴらごぼうと春巻きが詰められていた。和洋中混ぜこぜの詰め合わせだ。
「……さっきのあいつ、山崎っていうんだけどさ。俺とあいつは来月から始まるインハイ予選のレギュラー争いしてんだよね。ポジションが一緒だからここでレギュラーになれないと、三年生が引退してからすげえ不利になる。絶対負けたくねえ」
焼きそばパンを頬張りながら言った瑛二の顔は、どこか楽しそうだった。
「ライバルってやつか。まあでも、仲は良さそうだな」
「そうだな。でも、絶対負けたくないっていうのはマジ。努力は積み重ねが大事だからさ、とにかく一秒でも長くボールに触ろうと思って俺、今すげえ練習してんだ」
「知ってるよ。お前、授業中爆睡だもんな」
瑛二の努力は第三者の恭矢から見てもよく伝わってくるものだった。毎日遅くまで自主練習をしていると聞くし、休み時間も暇があればボールを触っている。瑛二の努力は素直に応援する気持ちになれるものだった。
「ところでさ、面白い心理テストを教えてもらったからやってみようぜ。恭矢、俺の指を見ろ。どの指が一番綺麗にマニキュア塗れていると思う?」
「想像できないんですけど」
「いいから選べ。なんなら小泉を想像してみろ」
瑛二は右手を恭矢の目の前に突き出して選択を迫った。誰にも話していないはずなのに態度で筒抜けなのか、恭矢が由宇に好意を持っていることは、いつの間にか友人たちにバレていたのだった。
「じゃあ……小指?」
恭矢の選択に瑛二は噴き出した。
「なんだよ」
「いやいや。これで何がわかるかって言ったらさ、セックスのときに何を重要視するかなんだってよ。小指はムード重視らしいぜ。お前は乙女だなー」
「もう一回やらせろ」
「心理テストの意味ねえじゃんか」
声を出して笑う瑛二に言いがかりをつけながら、恭矢は青葉作の美味しい弁当をしっかりと完食した。
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