きっと、忘れられない恋になる。

りっと

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第一話 記憶の墓場

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「そうか……だから支倉さん、何も覚えていなかったのか」

「……相沢くんって面白いね。わたしのこと、虚言癖のある痛い女だと思わないの?」

「小泉は嘘を吐いていないんだから、そんなこと思わないよ」

「……そう」

 由宇はしばしの沈黙の後、ゆっくりと語り出した。

「支倉さんはね、二十四歳で出産したの。子どもを産むことに反対したご両親とは半ば絶縁みたいな感じになっちゃって、大変だったみたい。でも彼も産んでほしいって言っていたし、支倉さんは彼を愛していたから、堕胎するなんて考えもしなかった」

 支倉の体験した記憶は、既に請け負った小泉のものとなっているのだ。恭矢は唾を飲み込んだ。

「女の子を産んだの。彼によく似た、笑顔の可愛い子だった。だけど、一歳になる前……本当に急に、あの子は逝ってしまった」

 そこまで話した由宇は言葉を詰まらせ、その瞳に再び涙を浮かべていた。

「あの子……星羅がいなくなってから、すべてが変わってしまった。お互い支え合わなきゃいけないのに……彼と一緒にいるとどうしてもあの子のことを思い出して、泣いてしまうの。喧嘩が増えて、お互いを傷つけ合うばかりになってしまった。もう一緒にいてはいけない。二人でいたらどんどん駄目になると思って……二人で何度も話し合って、別れを決めたの」

「だから、忘れようとした……?」

「『わたし』は、もう泣きたくなかった。前に進みたかった。だけど、わたしには自分の意思であの子を忘れることなんて、できなかった……!」

 由宇はきっと気づいていないだろう。第三者の立場で話していた彼女の一人称が『わたし』となっていることを。

 まるで、自分が経験したかのように語っていることを。

「だから噂を頼りにここに来たの。〈記憶の墓場〉だったら、思い出に残る何かを持ってくれば、何もかもを忘れさせてくれるって聞いていたから」

 由宇はマグカップを口に運んだ。彼女が喉を潤す僅かな沈黙の間、恭矢は何も言えなかった。

「……と、こんな風にね、わたしは望んで『忘れたい』と願ったひとの記憶を奪っているの。支倉さんの記憶の中に彼の存在は残っていたとしても、星羅ちゃんの存在はない。『あなたには赤ちゃんがいたんだよ』と誰かに言われても『そうだったんだ』くらいにしか理解できない。なんとなく自分を納得させるだけで、決して思い出すことはない。もう彼女が星羅ちゃんを産んで、育てたという経験も記憶もわたしのものだから」

「……どうして小泉が、そんなことをしなくちゃいけないんだ? 誰かの思い出……それも辛い思い出を自分のものにするなんて、苦しいだろ?」

「この仕事をやるようになったきっかけや、依頼の受け方は話したくない。でも大丈夫よ。辛いと感じることはないわ。……感じるようなら、できない仕事だから」

 由宇が浮かべたのは、恭矢がすっかり見慣れてしまったあの上辺だけの笑顔だった。その顔を見た恭矢の胸はぎゅっと痛くなって、黙っていることなんてできなかった。

「……嘘、吐くなよ。だったら、どうして泣いたんだ? 支倉さんの記憶に胸を痛めたからだろ? ひとのために涙を流せる奴が、辛いと感じないわけがない」

「でも、たとえわたしが辛い思いをしたとしても……誰かが楽になってくれたのなら、わたしは幸せだから」

 由宇のその徹底的な献身的姿勢は、どこから生じるのだろう。

 小泉由宇は清楚な美少女で、目立つわけではないが暗いわけでもない。人と積極的に関わることはないが、決して冷たいわけではない。

 そんな彼女に対して抱く気持ちが好意なのか好奇心なのか、恭矢自身はまだ答えを出していない。だれど、声を殺して一人で涙する彼女のできるだけ近くにいたいと思った。

 たとえ由宇が恭矢を疎ましく思っても、嫌いだと言っても、百回に一回「助けて」の声をあげたときには、すぐに手を差し出せる距離に。

「俺、小泉の力になりたい。でもきっと小泉は俺を遠ざけようとするから、勝手に近くにいることにする」

 恭矢がそう言うと、由宇の表情は困惑したものになった。部屋に蔓延るしらけた雰囲気に恭矢の心は早速くじけそうになったが、それでも決意を翻すつもりはない。

「……キモいって言ってくれていいよ」

「じゃあ、言わせてもらおうかな。さっき相沢くんのこと優しいって言ったけど撤回する。……相沢くんって、変。気持ち悪い」

「うっ……やっぱり、もう少しお手やわらかにお願いします」

「ふふ、自分から言ったんでしょ?」

 恭矢の自惚れでなければ、目尻に涙を浮かべて笑う由宇の顔は、初めて見る建前ではない心からの笑顔だったと思う。
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