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第一話 記憶の墓場
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目を覚ました支倉の振る舞いに、恭矢は言葉を失った。
「ここはどこ? わたし……何をして……?」
「お目覚めですか? よかった。ここは堀口町の雑貨屋の二階にある、店長の部屋です。買い物に来ていたあなたが急に倒れたので、店長の妹であるわたしと、あなたをここに案内していた相沢くんが介抱させてもらっていました。お体はもう大丈夫ですか?」
不安そうに周りを見渡している支倉に、由宇は穏やかに話しかけた。
「……そういえば、頭が少し痛いわね……でも動けるから大丈夫だと思う。早く家に帰って休むことにするわ。すみません、ご迷惑をおかけしました」
支倉は立ち上がり、常識的な大人の女性の振る舞いで由宇に礼を述べ、早々に部屋を出て行こうとした。
「あ、あのっ」
あまりにも不自然なやり取りに耐えられなくなり、つい声をかけてしまった。正面からは支倉の不審そうな顔が、横からは由宇の「余計なことはしないで」と釘を刺すような視線が突き刺さる。
余計なことは言わないつもりだ。だけど、
「俺、相沢恭矢っていいます。俺のことは覚えていませんか?」
「もちろん覚えているわよ。この雑貨屋を探して迷子になっていたわたしを案内してくれて、それから介抱もしてくれた優しい男の子でしょう? ありがとうね。名刺、渡しているはずだから何かあったら連絡して。力になるわ」
ここを訪れた目的以外のことはしっかりと覚えているのに、穴が空いているみたいに“その記憶”だけが都合よく改変されている。普通では考えられないあまりにも不可思議な事態に、恭矢は鳥肌を立てていた。
小泉由宇がやっていることを知りたい。彼女のことをもっと、もっと知りたい。そう思った。
支倉が部屋を出て階段から足音が消えたのを確認してから、由宇は小さく溜息を吐いた。
「……忘れてって言ったら?」
「無理だな。俺、小泉のこと気になる」
「……コーヒーでいい?」
由宇は諦めたように息を吐き、恭矢にソファーに座るよう促した。正直、恭矢はコーヒーは苦手だけれど、由宇の前では格好つけたくて言えなかった。
黒い液体で満たしたマグカップを恭矢に渡し、由宇は対面のソファーに腰掛けた。由宇が話すのを待ってみたが、彼女はなかなか口を開かない。だけど沈黙が苦にならないのが不思議だった。小泉由宇が作る空気そのものを、恭矢はとても好ましく思っていた。
「上手く説明できるとは思えないんだけど……わたし、哺乳瓶を媒体として、支倉さんから彼女の赤ちゃんの記憶を請け負ったの」
由宇が自然に話し始めたものだから、素直に頷くところだった。
「……えーっと……うん、待って、わかるように言ってもらっていい?」
「わたしには、ひとの記憶を自分のものにする力があるの。わたしに記憶を奪われたひとはもう二度と奪われた記憶を思い出すことはない。恥ずかしいニックネームみたいなものなんだけど、わたしはこの世界では〈記憶の墓場〉って呼ばれているわ」
「こ、この世界? 〈記憶の墓場〉?」
「簡単に言えば、公にはされていない裏の仕事を請け負う世界のこと。あの事件をどうしても忘れたい、覚えていると生きているのが辛いとか、未来に希望が見出せないとか、わたしはそういうひとを手助けする仕事をしているわ」
「……裏の仕事……。つ、つまり、小泉は依頼してくるひとが持ってくる物から記憶を読みとって、自分のものにしているってこと?」
「ええ、そうよ」
「それって、思い出の物が何か一つでもあれば記憶を奪えるの?」
「忘れたい記憶と一番結びつきが強い媒体があれば楽に仕事ができるってだけで、本人に口付けることでも記憶を奪うことはできるわ。その場合、わたしが奪う記憶を選択しなくちゃいけなくなるから、もっと時間をかけて忘れたい記憶の詳細を聞いて、依頼者の心理を理解しなくちゃいけない。この方法はリスクも時間もかかるから、普段の仕事では使わないけどね」
信じがたい子どもの妄想のような話ではあったが、この目で見た支倉の様子を振り返ると嘘だと思えなかった。
「ここはどこ? わたし……何をして……?」
「お目覚めですか? よかった。ここは堀口町の雑貨屋の二階にある、店長の部屋です。買い物に来ていたあなたが急に倒れたので、店長の妹であるわたしと、あなたをここに案内していた相沢くんが介抱させてもらっていました。お体はもう大丈夫ですか?」
不安そうに周りを見渡している支倉に、由宇は穏やかに話しかけた。
「……そういえば、頭が少し痛いわね……でも動けるから大丈夫だと思う。早く家に帰って休むことにするわ。すみません、ご迷惑をおかけしました」
支倉は立ち上がり、常識的な大人の女性の振る舞いで由宇に礼を述べ、早々に部屋を出て行こうとした。
「あ、あのっ」
あまりにも不自然なやり取りに耐えられなくなり、つい声をかけてしまった。正面からは支倉の不審そうな顔が、横からは由宇の「余計なことはしないで」と釘を刺すような視線が突き刺さる。
余計なことは言わないつもりだ。だけど、
「俺、相沢恭矢っていいます。俺のことは覚えていませんか?」
「もちろん覚えているわよ。この雑貨屋を探して迷子になっていたわたしを案内してくれて、それから介抱もしてくれた優しい男の子でしょう? ありがとうね。名刺、渡しているはずだから何かあったら連絡して。力になるわ」
ここを訪れた目的以外のことはしっかりと覚えているのに、穴が空いているみたいに“その記憶”だけが都合よく改変されている。普通では考えられないあまりにも不可思議な事態に、恭矢は鳥肌を立てていた。
小泉由宇がやっていることを知りたい。彼女のことをもっと、もっと知りたい。そう思った。
支倉が部屋を出て階段から足音が消えたのを確認してから、由宇は小さく溜息を吐いた。
「……忘れてって言ったら?」
「無理だな。俺、小泉のこと気になる」
「……コーヒーでいい?」
由宇は諦めたように息を吐き、恭矢にソファーに座るよう促した。正直、恭矢はコーヒーは苦手だけれど、由宇の前では格好つけたくて言えなかった。
黒い液体で満たしたマグカップを恭矢に渡し、由宇は対面のソファーに腰掛けた。由宇が話すのを待ってみたが、彼女はなかなか口を開かない。だけど沈黙が苦にならないのが不思議だった。小泉由宇が作る空気そのものを、恭矢はとても好ましく思っていた。
「上手く説明できるとは思えないんだけど……わたし、哺乳瓶を媒体として、支倉さんから彼女の赤ちゃんの記憶を請け負ったの」
由宇が自然に話し始めたものだから、素直に頷くところだった。
「……えーっと……うん、待って、わかるように言ってもらっていい?」
「わたしには、ひとの記憶を自分のものにする力があるの。わたしに記憶を奪われたひとはもう二度と奪われた記憶を思い出すことはない。恥ずかしいニックネームみたいなものなんだけど、わたしはこの世界では〈記憶の墓場〉って呼ばれているわ」
「こ、この世界? 〈記憶の墓場〉?」
「簡単に言えば、公にはされていない裏の仕事を請け負う世界のこと。あの事件をどうしても忘れたい、覚えていると生きているのが辛いとか、未来に希望が見出せないとか、わたしはそういうひとを手助けする仕事をしているわ」
「……裏の仕事……。つ、つまり、小泉は依頼してくるひとが持ってくる物から記憶を読みとって、自分のものにしているってこと?」
「ええ、そうよ」
「それって、思い出の物が何か一つでもあれば記憶を奪えるの?」
「忘れたい記憶と一番結びつきが強い媒体があれば楽に仕事ができるってだけで、本人に口付けることでも記憶を奪うことはできるわ。その場合、わたしが奪う記憶を選択しなくちゃいけなくなるから、もっと時間をかけて忘れたい記憶の詳細を聞いて、依頼者の心理を理解しなくちゃいけない。この方法はリスクも時間もかかるから、普段の仕事では使わないけどね」
信じがたい子どもの妄想のような話ではあったが、この目で見た支倉の様子を振り返ると嘘だと思えなかった。
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