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第一話 記憶の墓場
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由宇は支倉を自分の対面のソファーに座らせた。支倉に手を繋がれたままの恭矢は彼女の横に腰掛ける形となり居心地の悪さを覚えたが、由宇も支倉もまるで意に介さないようだった。
「想像していたより、ずっと若いのね……」
驚く支倉に、由宇は穏やかに微笑んだ。
「わたしが〈記憶の墓場〉ではご不安ですか?」
「……ううん、あなたを信じるわ。今日はよろしくお願いします」
お互いが頭を下げあった後、由宇はようやく恭矢に視線を移した。
「失礼ですが、ここに第三者はお立会いいただけません。少しだけ外してもらえないでしょうか?」
今まで由宇には何度も話しかけてきたものの、ここまで明確に拒絶されるのは初めてだった。服装だけではなく、学校で見る彼女とはまるで異なる印象を受けた。
「わ、わかった……」
席を立とうとした恭矢の手を支倉は今までより強く握って、由宇の目を見つめた。
「わたしが彼にいてほしいと頼んだの。……もう二度と会えない、旦那の代わりに」
真剣な支倉にいつの間にか情が移ってしまったのか、恭矢も頭を下げていた。これから何が始まるのかはさっぱりわからないが、自分がそばにいるだけで支倉が救われるのなら応えたいと思ったのだ。
「……支倉さんがそう仰るなら、わかりました。では、媒体を見せてください」
由宇の言葉に支倉は「ありがとう」と言って、鞄から哺乳瓶におしゃぶり、母子手帳を取り出した。恭矢が疑問を顔に出さないように努めている中で、由宇はそれらを受け取った。
「……本当にいいのですね? 十五分もすれば、あなたはすべて失うことになります。後悔しませんか?」
「……覚悟は決めてきたから。わたしは人生をやり直したい。でもこのままだと引きずって、前に進めそうにないから。……いいオバサンが、弱くてごめんね」
由宇は静かにかぶりを振り、支倉の頬に触れた。
「わかりました。……では、目を瞑ってください。リラックスして……目を覚ましたとき、あなたは違うあなたになっています」
支倉は頷き、恭矢を見て微笑んだ。
「恭矢くん、ありがとうね。もし君に彼女がいるなら、絶対に大事にしてあげて。大事にして、大事にされれば、きっとわたしみたいに失敗して『忘れたい』なんて思わないはずだから」
「え? は、はい。わかりました……」
恭矢の返事を聞いて支倉が目を瞑ったのを確認した由宇は、彼女が持ってきた哺乳瓶にそっと唇を落とした。
恭矢が首を傾げるより先に、由宇の唇を中心に明るい光が放たれた。握られていた手が急に離れ反射的に彼女を見ると、気を失っているのか眠っているのか、支倉は体をぐったりとソファーにもたれ掛けたまま動かなかった。光の中心にいる由宇もまた、目を瞑ったまま動いていなかった。
何が起こった? 不安で混乱するが、とても声をかけられる雰囲気ではない。恭矢は黙って二人が目を開けるのを待った。
やがて光が静まったころ、由宇がわずかに体を動かした。
「小泉……?」
思い切って声をかけると、由宇は澄んだ瞳から一滴の涙を零した。
「……ごめんね、わたしだって、なんとかして助けたかったんだよ。でも、どうしようもなくて……!」
堰を切ったようにぼろぼろと泣き出した由宇に対して、恭矢は何をしてあげればいいのかわからなかった。何もできないくせに由宇の泣き顔を見ているだけで胸が苦しくなった恭矢は、彼女のそばから離れることもできず、ただ由宇の泣き顔を見つめていた。
「……ごめんね。ちょっと、感情移入しすぎちゃって、相沢くんがいるの忘れてた」
目を真っ赤にした由宇が次に言葉を発したのは十分ほど経過した後だったが、恭矢にとっては永遠にも感じられる長い時間だった。
「気にしないでいいよ。でも、小泉は一体何をしたの? ……支倉さん、全然動かないけど大丈夫?」
「待って、あとにして。……支倉さんは大丈夫だよ。あと五分もすれば目が覚めるから。それより、相沢くんにお願いがあるの」
由宇はポケットから取り出したハンカチで、目元に滲む涙をしっかりと吸い取った。
「支倉さんが目を覚ましたら、何も見なかったことにして。あなたは雑貨屋に来ていたわたしの友人。そんな風に話を合わせて」
それは決して強気な物言いではないはずなのに、不思議と逆らえない命令だった。恭矢が頷くと、由宇は持っていた哺乳瓶と支倉に渡されていた母子手帳、おしゃぶりを引き出しの中にしまって微笑んだ。
「相沢くんって、優しいのね」
「優しくなんてないよ……何もできなかったし」
由宇がいつものように建前で話していることに気づいていても、気の効いた言葉一つかけてあげられなかった恭矢は、自身の不甲斐なさからくる罪悪感で彼女から目を逸らした。
「想像していたより、ずっと若いのね……」
驚く支倉に、由宇は穏やかに微笑んだ。
「わたしが〈記憶の墓場〉ではご不安ですか?」
「……ううん、あなたを信じるわ。今日はよろしくお願いします」
お互いが頭を下げあった後、由宇はようやく恭矢に視線を移した。
「失礼ですが、ここに第三者はお立会いいただけません。少しだけ外してもらえないでしょうか?」
今まで由宇には何度も話しかけてきたものの、ここまで明確に拒絶されるのは初めてだった。服装だけではなく、学校で見る彼女とはまるで異なる印象を受けた。
「わ、わかった……」
席を立とうとした恭矢の手を支倉は今までより強く握って、由宇の目を見つめた。
「わたしが彼にいてほしいと頼んだの。……もう二度と会えない、旦那の代わりに」
真剣な支倉にいつの間にか情が移ってしまったのか、恭矢も頭を下げていた。これから何が始まるのかはさっぱりわからないが、自分がそばにいるだけで支倉が救われるのなら応えたいと思ったのだ。
「……支倉さんがそう仰るなら、わかりました。では、媒体を見せてください」
由宇の言葉に支倉は「ありがとう」と言って、鞄から哺乳瓶におしゃぶり、母子手帳を取り出した。恭矢が疑問を顔に出さないように努めている中で、由宇はそれらを受け取った。
「……本当にいいのですね? 十五分もすれば、あなたはすべて失うことになります。後悔しませんか?」
「……覚悟は決めてきたから。わたしは人生をやり直したい。でもこのままだと引きずって、前に進めそうにないから。……いいオバサンが、弱くてごめんね」
由宇は静かにかぶりを振り、支倉の頬に触れた。
「わかりました。……では、目を瞑ってください。リラックスして……目を覚ましたとき、あなたは違うあなたになっています」
支倉は頷き、恭矢を見て微笑んだ。
「恭矢くん、ありがとうね。もし君に彼女がいるなら、絶対に大事にしてあげて。大事にして、大事にされれば、きっとわたしみたいに失敗して『忘れたい』なんて思わないはずだから」
「え? は、はい。わかりました……」
恭矢の返事を聞いて支倉が目を瞑ったのを確認した由宇は、彼女が持ってきた哺乳瓶にそっと唇を落とした。
恭矢が首を傾げるより先に、由宇の唇を中心に明るい光が放たれた。握られていた手が急に離れ反射的に彼女を見ると、気を失っているのか眠っているのか、支倉は体をぐったりとソファーにもたれ掛けたまま動かなかった。光の中心にいる由宇もまた、目を瞑ったまま動いていなかった。
何が起こった? 不安で混乱するが、とても声をかけられる雰囲気ではない。恭矢は黙って二人が目を開けるのを待った。
やがて光が静まったころ、由宇がわずかに体を動かした。
「小泉……?」
思い切って声をかけると、由宇は澄んだ瞳から一滴の涙を零した。
「……ごめんね、わたしだって、なんとかして助けたかったんだよ。でも、どうしようもなくて……!」
堰を切ったようにぼろぼろと泣き出した由宇に対して、恭矢は何をしてあげればいいのかわからなかった。何もできないくせに由宇の泣き顔を見ているだけで胸が苦しくなった恭矢は、彼女のそばから離れることもできず、ただ由宇の泣き顔を見つめていた。
「……ごめんね。ちょっと、感情移入しすぎちゃって、相沢くんがいるの忘れてた」
目を真っ赤にした由宇が次に言葉を発したのは十分ほど経過した後だったが、恭矢にとっては永遠にも感じられる長い時間だった。
「気にしないでいいよ。でも、小泉は一体何をしたの? ……支倉さん、全然動かないけど大丈夫?」
「待って、あとにして。……支倉さんは大丈夫だよ。あと五分もすれば目が覚めるから。それより、相沢くんにお願いがあるの」
由宇はポケットから取り出したハンカチで、目元に滲む涙をしっかりと吸い取った。
「支倉さんが目を覚ましたら、何も見なかったことにして。あなたは雑貨屋に来ていたわたしの友人。そんな風に話を合わせて」
それは決して強気な物言いではないはずなのに、不思議と逆らえない命令だった。恭矢が頷くと、由宇は持っていた哺乳瓶と支倉に渡されていた母子手帳、おしゃぶりを引き出しの中にしまって微笑んだ。
「相沢くんって、優しいのね」
「優しくなんてないよ……何もできなかったし」
由宇がいつものように建前で話していることに気づいていても、気の効いた言葉一つかけてあげられなかった恭矢は、自身の不甲斐なさからくる罪悪感で彼女から目を逸らした。
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