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第一話 記憶の墓場
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女性の目的地は商店街から少し外れた、古風な雰囲気の洒落た雑貨屋だった。二階建てのビルの一階をテナントとして利用していて、学校帰りの女子校生が何人か出入りしていた。
「メモに書いてあった住所はここですよ。降りてください」
そう促したものの、女性は恭矢の背中に回していた手を離そうとはしなかった。
「……あのー、聞いていますか?」
「……ねえ君、旦那の代わりになって? わたしの隣にいてほしいの」
「はい⁉」
旦那の代わりって、結婚しろとかそういう類の話だろうか。いくらなんでも無理難題だ。受ける義理はない。
「いい加減にしてくださいよ。いい大人なんですから、ご自分がおかしなことを言っているってわかるでしょう? じゃあ、俺はバイトがあるんでここで失礼しますね」
背中に回された女性の腕はあっさりと振りほどくことができたが、自転車から降りた女性は恭矢の正面に立ち、行く手を防いできた。
「いい大人? ……そうよ。わたしがどれだけ頭のおかしい行動をしているかなんて、わかっているわよ! だけど、わかってて言っているの。……お願いします、十五分だけでいい。わたしに、“母親”の自覚がある最後の時間に、誰かにそばにいてほしいの」
恭矢はここで初めて、その女性のことをしっかりと見た。
背が高く細身で病的なほどに色が白く、白目が真っ赤に充血しているからか、綺麗なのに疲れている印象を受けた。声や手は震えていて、彼女が語る言葉のほとんどはやはりよくわからないものだったが、こんなに辛そうな女性を見捨てることはできそうになかった。
「……わかりました。隣にいるだけでいいんですね?」
女性は深く頭を下げ、恭矢の手を握った。
「ありがとう。わたしの名前は支倉夏緒。……こんなどうしようもない女だけど、美容整形外科医をやっているわ」
恭矢が一緒に来るという言葉に安心したのか、支離滅裂だった支倉の言動は少し落ち着いたように思われた。
「俺は相沢恭矢と言います。高校二年生です」
「いい名前ね。恭矢くん、このお礼はいつか必ずするわ。もし整形したいなら、是非うちでやってね。格安で受けるから」
「いや、間に合ってます。体に刃物入れるとか、想像しただけで倒れそうです」
「そうね。可愛い顔しているものね。だけど一応、貰っておいて」
支倉は恭矢のブレザーの胸ポケットに名刺を入れ、手を握ってきた。恭矢は逆らうことなくその手を握り返し、そして彼女に連れられるままに雑貨屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
と、明るい声で好印象を与える女性店員は一人で商品の整理をしていた。二、三人の女子高生がブレスレットを吟味している中、支倉は真っ直ぐ店員の下へ行き、一言告げた。
「〈記憶の墓場〉に用があるの」
店員は女子高生がこちらを見ていないことを確認してから、静かに頷いた。
「彼女は二階にいますよ。こちらの裏口からどうぞ」
案内された裏口を抜け狭い階段を昇ると、白い扉があった。この扉の向こう、部屋の中に支倉は用があるらしい。支倉に手を握られている恭矢は、彼女の震えから緊張を察していた。
支倉はノックもせずにドアノブを回し、白い扉を開いた。
――そこで、彼女は本を読んでいた。
白を基調としたシンプルでオーソドックスな壁とカーペットに囲まれた、八畳間の部屋。
家具屋のショールームのような無駄のない部屋に置かれたソファーに腰掛けていた彼女は、いつもと違って真っ直ぐに黒髪を下ろしていた。
清楚な顔立ちによく似合うシンプルな膝下のプリーツスカートを穿き、しっかりした白いブラウスを着ている彼女は、とても大人っぽくて女らしいと思った。
恭矢の中にある、小泉由宇のイメージが書き換えられていく。
抗い難い由宇の魅力に惹きつけられて、どうしても目を離すことができなかった。
幸運だったのは、恭矢が由宇に見惚れすぎたせいか声を出さなかったことだ。由宇が恭矢と他人の振りをしたがっていることを、恭矢はこの後すぐに知ることになる。
由宇は恭矢を一瞥したのにもかかわらず、声をかけることもなく支倉の方を見て微笑んだ。
「こんにちは。支倉さんですね? ご依頼内容は伺っております。どうぞこちらにお掛けください」
「メモに書いてあった住所はここですよ。降りてください」
そう促したものの、女性は恭矢の背中に回していた手を離そうとはしなかった。
「……あのー、聞いていますか?」
「……ねえ君、旦那の代わりになって? わたしの隣にいてほしいの」
「はい⁉」
旦那の代わりって、結婚しろとかそういう類の話だろうか。いくらなんでも無理難題だ。受ける義理はない。
「いい加減にしてくださいよ。いい大人なんですから、ご自分がおかしなことを言っているってわかるでしょう? じゃあ、俺はバイトがあるんでここで失礼しますね」
背中に回された女性の腕はあっさりと振りほどくことができたが、自転車から降りた女性は恭矢の正面に立ち、行く手を防いできた。
「いい大人? ……そうよ。わたしがどれだけ頭のおかしい行動をしているかなんて、わかっているわよ! だけど、わかってて言っているの。……お願いします、十五分だけでいい。わたしに、“母親”の自覚がある最後の時間に、誰かにそばにいてほしいの」
恭矢はここで初めて、その女性のことをしっかりと見た。
背が高く細身で病的なほどに色が白く、白目が真っ赤に充血しているからか、綺麗なのに疲れている印象を受けた。声や手は震えていて、彼女が語る言葉のほとんどはやはりよくわからないものだったが、こんなに辛そうな女性を見捨てることはできそうになかった。
「……わかりました。隣にいるだけでいいんですね?」
女性は深く頭を下げ、恭矢の手を握った。
「ありがとう。わたしの名前は支倉夏緒。……こんなどうしようもない女だけど、美容整形外科医をやっているわ」
恭矢が一緒に来るという言葉に安心したのか、支離滅裂だった支倉の言動は少し落ち着いたように思われた。
「俺は相沢恭矢と言います。高校二年生です」
「いい名前ね。恭矢くん、このお礼はいつか必ずするわ。もし整形したいなら、是非うちでやってね。格安で受けるから」
「いや、間に合ってます。体に刃物入れるとか、想像しただけで倒れそうです」
「そうね。可愛い顔しているものね。だけど一応、貰っておいて」
支倉は恭矢のブレザーの胸ポケットに名刺を入れ、手を握ってきた。恭矢は逆らうことなくその手を握り返し、そして彼女に連れられるままに雑貨屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー」
と、明るい声で好印象を与える女性店員は一人で商品の整理をしていた。二、三人の女子高生がブレスレットを吟味している中、支倉は真っ直ぐ店員の下へ行き、一言告げた。
「〈記憶の墓場〉に用があるの」
店員は女子高生がこちらを見ていないことを確認してから、静かに頷いた。
「彼女は二階にいますよ。こちらの裏口からどうぞ」
案内された裏口を抜け狭い階段を昇ると、白い扉があった。この扉の向こう、部屋の中に支倉は用があるらしい。支倉に手を握られている恭矢は、彼女の震えから緊張を察していた。
支倉はノックもせずにドアノブを回し、白い扉を開いた。
――そこで、彼女は本を読んでいた。
白を基調としたシンプルでオーソドックスな壁とカーペットに囲まれた、八畳間の部屋。
家具屋のショールームのような無駄のない部屋に置かれたソファーに腰掛けていた彼女は、いつもと違って真っ直ぐに黒髪を下ろしていた。
清楚な顔立ちによく似合うシンプルな膝下のプリーツスカートを穿き、しっかりした白いブラウスを着ている彼女は、とても大人っぽくて女らしいと思った。
恭矢の中にある、小泉由宇のイメージが書き換えられていく。
抗い難い由宇の魅力に惹きつけられて、どうしても目を離すことができなかった。
幸運だったのは、恭矢が由宇に見惚れすぎたせいか声を出さなかったことだ。由宇が恭矢と他人の振りをしたがっていることを、恭矢はこの後すぐに知ることになる。
由宇は恭矢を一瞥したのにもかかわらず、声をかけることもなく支倉の方を見て微笑んだ。
「こんにちは。支倉さんですね? ご依頼内容は伺っております。どうぞこちらにお掛けください」
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