35 / 41
最終章 命の証明
未練はない
しおりを挟む酷く喉が渇いていた。寝る前に予想していた通り、ミオリネが次に目が覚めた時には、熱に侵され息が上がっていた。
「はぁ、はぁ、っはぁ」
覚醒するにつれ、だんだん今の体の状態を嫌でも理解していく。脳みそが溶けそうな程に頭が熱いのに、ぞわぞわと襲う寒気に鳥肌がたった。
「うぅ、みず…」
そう呟いても誰かが持ってきてくれることは無い。
水を飲まなければ死ぬ。そう思いフラフラとベッドから這い出て、部屋の壁沿いに歩き出した。世界が揺れているのか、自分が揺れているのか分からない限界の体をぜぇぜぇ言いながら無理やり動かし部屋を出る。
「ううぅ…」
廊下は部屋よりもずっと寒く体がぶるりと震えた。ミオリネは壁を支えに歩き出した。二階のミオリネの部屋から、水がある一階の厨房まではかなり遠い。それでもこの別邸には今ミオリネしかいないのだ。己を奮い立たせミオリネは一歩、また一歩進む。
身体は重く、頭がガンガンと痛んだ。熱がまた上がってきているようだ。ミオリネは涙を溢す。どうせ誰にも会わない、誰もいないのだから我慢する必要もない。
「はぁ、ひっく、うぅ、はぁ、はぁ、ひっく」
視界が滲む。惨めだった。自分は何をしているんだろう?と我に帰る。
水を飲まなければ死ぬ?ミオリネは笑いそうになった。このまま熱に抗うことをやめれば、楽になれるじゃないか。廊下の壁を震えながら掴んだ手に目をやる。こんなに必死に生にしがみついて、その先に何かあるのか。ずっとこのまま誰もいない場所で骨になるのを待つだけなら、こんな人生に意味はあるのか?
途端に力が抜け、ミオリネはどさりと床に倒れ込む。廊下の床に頬を擦り寄せる。冷たくて気持ちよかったが、体温はどんどん奪われていく。あつい。さむい。苦しい。このままここで、死ぬのかな。あぁ、一度くらい愛されてみたかった。ミオリネは一筋の涙を溢し意識を失った。
「——ミオリネ様!」
ミオリネは体を揺さぶられていた。
「チッ、何故この様な場所に……」
身体は酷く冷たくカタカタ震えている。
「もう大丈夫です。部屋に戻りましょう」
ミオリネは優しく抱えられ部屋まで運ばれてた。ベッドにそっと置かれ、優しく布団をかけられる。ミオリネは朦朧とした意識の中で、
「みず……」
と溢した。
「はっ、すぐにお持ちします」
耳鳴りがする。目もよく見えない。夢が現実か考えられずふわふわしていた。
「お持ちしました」
水を注がれたグラスを手渡される。両手で受け取ろうとし、力が入らず落としてしまった。彼はそれを予想していたかの様な速さでサッと受け止め、ミオリネの口元にグラスを近づけた。背中を支えられ、少しずつ水が喉を流れる。
「っ、ごほ、ごほっ」
ミオリネが少しでも咽せると、男はすぐにグラスを離し大きな手で背中を優しくさすった。ごくごく飲みたい気持ちに体が追いつかないようで、男はゆっくりとグラスを傾ける。
「んくっ、んくっ、はっ」
もういい、と首を振れば背中を支えられながらまたベッドに横たわった。
「何故部屋の外に…いえ、今はただお休みになってください」
ミオリネには男の言葉は聞こえていなかった。ミオリネは深い眠りについた。
ミオリネは起きあがろうとして、体が酷く重いことに気がついた。頭がぼんやりする。体を起こそうともぞもぞ動いていると声をかけられた。
「お目覚めですか」
体がビクリと跳ねる。見慣れない大男が側に近寄ってきた。漆黒の髪に燃えるような赤い目のその男は、冷たさを感じる程に美しかった。
「どこか痛むところはありませんか」
ミオリネが困惑し何も話さないでいると、不審に思ったのか大男はぐぃと顔を近づけた。とっさに仰け反ろうとして、身体が動かない事を自覚する。彫刻のような造形美を目の前に、顔に熱が集まった。首を左右にぎこちなく振る。振れたかどうか怪しいほど僅かな動きだったが伝わった様だ。
「それは良かったです。長く眠り続けておられましたので心配しました」
ミオリネは眠りからだんだんと覚醒し、緊張しだした。この男は誰だ?
「お水を召し上がってください」
その言葉に喉の渇きを思い出す。
大男はさも当たり前かのようにミオリネの口元にグラスを近づける。ミオリネは内心戸惑いで一杯だった。大男に背中を支えられながら口元に水を飲む。久しぶりの水分は干からびた体には染み渡る美味しさだ。
「ありがとう、ございます…」
掠れた声が出た。男は少し頷いただけだった。ミオリネは状況がイマイチ理解できずにいた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、騎士のユリウス・モンタギューと申します。ミオリネ様の専属騎士を勤める運びとなりました」
よろしくお願い致します。突然跪き、頭を下げるユリウスにミオリネは声も出なかった。外を出歩けるような体力も気力も無い自分になぜ騎士が、と声に出さず胸の内で呟く。父が命じたのだろうか、本当はミオリネのことを大事に思い、愛しているのではないか。その期待は一瞬で砕かれる。
「デイジー様の計らいで、今後は私がミオリネ様のお世話をさせていただきます」
頭が急速に冷える。デイジー様とは継母のことだ。
「……よろしくお願いします、ユリウス様」
男の顔が見れず、俯いたまま蚊の鳴くようなか細い声でミオリネは言った。
「敬称はおやめ下さい、ユリウスとお呼びください」
「……では、ユリウスと」
「はい、よろしくお願い致します、ミオリネ様」
真剣な表情で話す美丈夫に。表情には出さないが、家庭教師以外の新しい人間と関わるのは久しぶりだった。暴力や罵倒の言葉を思い出してまたあの日々が始まるのかと、身体の傷がズキズキと痛んだ気がした。
「はぁ、はぁ、っはぁ」
覚醒するにつれ、だんだん今の体の状態を嫌でも理解していく。脳みそが溶けそうな程に頭が熱いのに、ぞわぞわと襲う寒気に鳥肌がたった。
「うぅ、みず…」
そう呟いても誰かが持ってきてくれることは無い。
水を飲まなければ死ぬ。そう思いフラフラとベッドから這い出て、部屋の壁沿いに歩き出した。世界が揺れているのか、自分が揺れているのか分からない限界の体をぜぇぜぇ言いながら無理やり動かし部屋を出る。
「ううぅ…」
廊下は部屋よりもずっと寒く体がぶるりと震えた。ミオリネは壁を支えに歩き出した。二階のミオリネの部屋から、水がある一階の厨房まではかなり遠い。それでもこの別邸には今ミオリネしかいないのだ。己を奮い立たせミオリネは一歩、また一歩進む。
身体は重く、頭がガンガンと痛んだ。熱がまた上がってきているようだ。ミオリネは涙を溢す。どうせ誰にも会わない、誰もいないのだから我慢する必要もない。
「はぁ、ひっく、うぅ、はぁ、はぁ、ひっく」
視界が滲む。惨めだった。自分は何をしているんだろう?と我に帰る。
水を飲まなければ死ぬ?ミオリネは笑いそうになった。このまま熱に抗うことをやめれば、楽になれるじゃないか。廊下の壁を震えながら掴んだ手に目をやる。こんなに必死に生にしがみついて、その先に何かあるのか。ずっとこのまま誰もいない場所で骨になるのを待つだけなら、こんな人生に意味はあるのか?
途端に力が抜け、ミオリネはどさりと床に倒れ込む。廊下の床に頬を擦り寄せる。冷たくて気持ちよかったが、体温はどんどん奪われていく。あつい。さむい。苦しい。このままここで、死ぬのかな。あぁ、一度くらい愛されてみたかった。ミオリネは一筋の涙を溢し意識を失った。
「——ミオリネ様!」
ミオリネは体を揺さぶられていた。
「チッ、何故この様な場所に……」
身体は酷く冷たくカタカタ震えている。
「もう大丈夫です。部屋に戻りましょう」
ミオリネは優しく抱えられ部屋まで運ばれてた。ベッドにそっと置かれ、優しく布団をかけられる。ミオリネは朦朧とした意識の中で、
「みず……」
と溢した。
「はっ、すぐにお持ちします」
耳鳴りがする。目もよく見えない。夢が現実か考えられずふわふわしていた。
「お持ちしました」
水を注がれたグラスを手渡される。両手で受け取ろうとし、力が入らず落としてしまった。彼はそれを予想していたかの様な速さでサッと受け止め、ミオリネの口元にグラスを近づけた。背中を支えられ、少しずつ水が喉を流れる。
「っ、ごほ、ごほっ」
ミオリネが少しでも咽せると、男はすぐにグラスを離し大きな手で背中を優しくさすった。ごくごく飲みたい気持ちに体が追いつかないようで、男はゆっくりとグラスを傾ける。
「んくっ、んくっ、はっ」
もういい、と首を振れば背中を支えられながらまたベッドに横たわった。
「何故部屋の外に…いえ、今はただお休みになってください」
ミオリネには男の言葉は聞こえていなかった。ミオリネは深い眠りについた。
ミオリネは起きあがろうとして、体が酷く重いことに気がついた。頭がぼんやりする。体を起こそうともぞもぞ動いていると声をかけられた。
「お目覚めですか」
体がビクリと跳ねる。見慣れない大男が側に近寄ってきた。漆黒の髪に燃えるような赤い目のその男は、冷たさを感じる程に美しかった。
「どこか痛むところはありませんか」
ミオリネが困惑し何も話さないでいると、不審に思ったのか大男はぐぃと顔を近づけた。とっさに仰け反ろうとして、身体が動かない事を自覚する。彫刻のような造形美を目の前に、顔に熱が集まった。首を左右にぎこちなく振る。振れたかどうか怪しいほど僅かな動きだったが伝わった様だ。
「それは良かったです。長く眠り続けておられましたので心配しました」
ミオリネは眠りからだんだんと覚醒し、緊張しだした。この男は誰だ?
「お水を召し上がってください」
その言葉に喉の渇きを思い出す。
大男はさも当たり前かのようにミオリネの口元にグラスを近づける。ミオリネは内心戸惑いで一杯だった。大男に背中を支えられながら口元に水を飲む。久しぶりの水分は干からびた体には染み渡る美味しさだ。
「ありがとう、ございます…」
掠れた声が出た。男は少し頷いただけだった。ミオリネは状況がイマイチ理解できずにいた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、騎士のユリウス・モンタギューと申します。ミオリネ様の専属騎士を勤める運びとなりました」
よろしくお願い致します。突然跪き、頭を下げるユリウスにミオリネは声も出なかった。外を出歩けるような体力も気力も無い自分になぜ騎士が、と声に出さず胸の内で呟く。父が命じたのだろうか、本当はミオリネのことを大事に思い、愛しているのではないか。その期待は一瞬で砕かれる。
「デイジー様の計らいで、今後は私がミオリネ様のお世話をさせていただきます」
頭が急速に冷える。デイジー様とは継母のことだ。
「……よろしくお願いします、ユリウス様」
男の顔が見れず、俯いたまま蚊の鳴くようなか細い声でミオリネは言った。
「敬称はおやめ下さい、ユリウスとお呼びください」
「……では、ユリウスと」
「はい、よろしくお願い致します、ミオリネ様」
真剣な表情で話す美丈夫に。表情には出さないが、家庭教師以外の新しい人間と関わるのは久しぶりだった。暴力や罵倒の言葉を思い出してまたあの日々が始まるのかと、身体の傷がズキズキと痛んだ気がした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*
gaction9969
ライト文芸
ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!
ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!
そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!
クールな生徒会長のオンとオフが違いすぎるっ!?
ブレイブ
恋愛
政治家、資産家の子供だけが通える高校。上流高校がある。上流高校の一年生にして生徒会長。神童燐は普段は冷静に動き、正確な指示を出すが、家族と、恋人、新の前では

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる