先輩。私が恋を証明できたら、好きになっていただけませんか?

りっと

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第一章 愛の証明

明らかに怪しいのに

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「でも、嬉しいな。凌空くんって人の顔と名前を覚えるのがすごく苦手だって聞いていたから、覚えていてくれたよって菫に教えておかないとね」

 晴陽の言葉などまるで無視をして、蓮は凌空に嬉しそうに話しかけていた。

「教えるって……いえ、なんでもありません。確かに俺は、人の顔や名前を覚えられませんが……誰とでも友達になれる菫みたいな人、嫌でも印象に残ります」

「菫はよく『何か一つでも共通のものを好きになれれば仲良くなれる』って言ってたよ。だから友達が多いんだと思うな。でもね、たくさんの男の子と仲がよくても、菫が好きだったのは君だけなんだよ」

 楽しそうな蓮と怖い顔の凌空を見ながら、晴陽は一人焦燥感に駆られていた。

 珍しく凌空が人のことを、それも彼に好意を寄せている女の子のことを覚えている。余裕のない晴陽は、こんな些細なことですら嫉妬してしまう。

 先人が成し得なかった「都築凌空への恋心の成就」という未踏の地を踏めるのか、屍の山の上に重なるだけなのか。

 嫉妬こそすれど、自分が不安よりもやる気が上回るポジティブ人間で良かったと思った。

「さて……俺、そろそろ帰るわ」

「え⁉ 先輩、もう帰っちゃうんですか⁉ イ、イルカショーは見なくていいんですか⁉」

「もう十分付き合っただろ。これから予定あるし」

「そんなあー……この後は予定ないって、さっき言ってたじゃないですかあ……」

「急に予定が入った。じゃあな。付いて来んなよ」

「凌空先輩!」

「……愛の証明が結局できなかった晴陽に、俺を引き止める資格はないと思うんだけど」

 それを言われてしまっては引かざるを得なくなる。一切の言い訳を封じられた晴陽は、凌空の背中を見送りながらガックリと肩を落とした。

「振られちゃったねえ。よしよし、お兄さんが慰めてあげるからね」

 蓮に優しく肩を叩かれたが、慰められるはずもない。楽しい一日になるはずだったのに、どうしてこうなったのだろう。

「……申し訳ないですけど、恨みますよ。二階堂さんが変な真似をしなければ、凌空先輩は帰らなかったと思いますし」

「オレがいなければデートは成功していたって言いたいのかな? あはは、それは思い上がりじゃない?」

 ニコニコしながらなかなか辛辣な人だ。綺麗な花には棘がある、という諺は見るからに棘だらけの凌空にはしっくりこないが、蓮には似つかわしい。

「それより晴陽ちゃん。オレのことは蓮って呼んで? その方が仲良しな感じがするし」

「……仲良し云々は置いておくとして。その要望は私も凌空先輩に伝えたことがあるので、断りにくいですね」

「そうなんだ? オレたち、似た者同士かもね!」

「蓮さん。どうしてあなたは私の名前や高校を知っているんですか? 失礼なことを聞きますけど、私とあなたは完全に初対面ですよね?」

 見た目や柔らかい口調やふんわりとした雰囲気に誤魔化されそうになるけれど、全く知らない人間に自分のことを一方的に知られているというのは、気分のいいものではない。

 蓮は口元の笑みを崩さないまま、晴陽の目を覗き込んだ。

「君はオレの、生き別れの妹なんだよね」

「いや、全然面白くないです」

「んー、伝わらないかあー……じゃあ、この胸に聞いてみて?」

 そう言って晴陽の胸を指差した。晴陽の秘密を知っていそうな口ぶりに、思わず目を見開いてしまう。

「……蓮さんって一体、なんなんですか?」

 だが、明らかに怪しい人だというのに、自分が警戒心を抱かないのが不思議だった。

 初対面だというのに、こうして隣にいるのが自然すぎて今まで感じたことのない感覚を体験している気がする。

 二階堂蓮。この人は一体、私のことをどこまで知っているのだろう?

「さあ! イルカのお友達がやって来たよぉー! 会場の皆ー! 拍手で出迎えてねー!」

 マイクを通した溌剌とした声にハッとした。イルカショーの開演時間が来たようだ。

 大きな拍手と歓声と共に華麗なジャンプで登場したイルカたちに魅せられると同時に、ショーが始まったのに話をしていてはイルカにも他の観客にも失礼だと思い、一旦口を閉じた。

 ぶら下がっているボールにジャンプしてタッチするイルカに、蓮は感心したように拍手を送った。

「イルカって可愛いし頭もいいし、凄いよねえ」

「本当ですよね。しかも、人の心が読めるって話も聞いたことがありますよ」

「お醤油持ってくれば良かったー」

「食べる気ですか⁉」

「あはは、冗談だよ、冗談」

 蓮の雰囲気のせいなのか、冗談には聞こえない妙な説得力があった。

「……蓮さん、変な人ってよく言われません?」

「ぜーんぜん? オレは物心ついてからずーっとモテてきたし、菫も可愛くて明るい子だから人気あるんだよ。昔から兄妹揃って初恋製造機って呼ばれてたって、鼻高々に母さんが言ってたもん」

 つまり、菫は強力なライバルだということか。再び晴陽は焦燥感に駆られた。

「その……話から察するに、菫さんは高等部には進学しなかったみたいですけど、まだ凌空先輩のことが好きなんですかね? 最近、アピールみたいなことしてます?」

「あはは、心配? 菫は今でも凌空くんのことが好きだと思うけど、うーん……どうだろうねえー」

 凌空に恋い焦がれる者が多いという事実を改めて突き付けられた。数多のライバルの中から選んでもらわなければならないというのに、今日の失態は痛すぎる。

 凌空の誤解をどう解けばいいのだろう。せっかくのデートがこんな形で終わってしまったことに項垂れた。今日は人生最高の日になるはずだったのにと、落胆の溜息が零れる。

「溜息を吐くと、幸せが逃げちゃうよ? 大丈夫大丈夫、またこれから頑張って行こう!」

「……蓮さんって、私と菫さんのどっちの味方なんですか?」

「そんなの決まってる! オレはいつだって菫の味方!」

「じゃあ敵ってことじゃないですか! しまった! スパイと話しすぎた!」

「スパイじゃないよー。あ、連絡先交換しようよ。後で必要になると思うし、ね?」

 頑なに拒否する晴陽に蓮は唇を尖らせながら、自分のIDをメモ用紙に書いて晴陽の鞄に突っ込んで帰っていった。今日という一日が怒涛の展開すぎて、晴陽は何がなんやらわからなくなってしまった。

 頭を抱えて俯く晴陽とは対照的に、三匹のイルカは見事なジャンプで会場を湧かせていた。
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