4 / 41
第一章 愛の証明
美術部と友情
しおりを挟む
輝かしい成績を残しているわけでも、伝統があるわけでもない。それどころか、現在部員は晴陽を含めてふたりしかいない廃部直前の美術部に所属している晴陽だが、火曜日と木曜日の部活動の日は真面目に美術室へと足を運んでいる。
夕陽が差し込む放課後の美術室には、油絵の独特なにおいが充満している。換気のために開放した窓から入り込んでくる霜月の冷たい風に体を震わせながら、イーゼルにキャンバスを立てかけた晴陽は考え込んでいた。
さて。凌空に愛を証明するには一体、何をどうすればいいだろうか。
好意を言葉にしても残念ながら全く伝わらないことは、毎日の告白をことごとく断られている晴陽が一番よく知っている。ならば、百本の薔薇を用意してみようか。いや、現実的な凌空には生花よりも、いつまでも形に残る物の方がいいだろうか。だったら奮発して、両親に頭を下げて借金して、ブランド物の高級時計でも渡してみようか。
そこまで暴走した思考を巡らせつつも、晴陽だって本当はわかっている。
高価なものをプレゼントしたところで、凌空は絶対に受け取らない。彼に証明しなければならない『愛』とは、心情的なものだ。目には見えない抽象的なそれを、片想いの立場で証明するのは容易なことではない。
真っ白なキャンバスを前に唸る晴陽に、翔琉が話しかけてきた。
「逢坂、なんか難しい顔してんな? 何か悩みでもあんの?」
「うん……愛を証明する方法について考えてた」
「……何を描くか真剣に悩んでると思って、声をかけたおれが馬鹿みてえ」
美術部の久川翔琉はこの中高一貫校の瀧岡高校においては数少ない外部受験組であり、晴陽と同じ中学校出身の唯一の生徒であり、そしてたった一人の部活仲間だ。
金色の髪に何個も開いているピアス、制服の着崩し方や言動は所謂『チャラ男』そのもので、一見晴陽とも美術とも無縁の存在に思われるのだが、翔琉はなぜか、晴陽の絵の熱心なファンだった。
「逢坂の絵はマジで繊細で大胆で……中学のときと比べると作風は変わったとはいえ超イイのにさあ、作者の頭が残念すぎんだよな」
「絵と顔はいいのにって? そんなに褒めんなよ照れるじゃん」
「お前、将来絵で食っていく気があるなら絶対人前で話したりしない方がいいぞ。画商もファンも離れていくって」
「いや何度も言ってるけど、絵は好きだけどそれで食べていける人間なんて一握りだし、私は普通に大学出て安定した職に就くつもり。一番の夢は凌空先輩のお嫁さんだけどね!」
晴陽が凌空を追いかけているときはこき下ろしてくるくせに、晴陽が絵で生計を立てていくものだと信じて疑っていない。貶すときと褒めるときのギャップが激しいため、そのアンバランスさが反応を鈍らせて戸惑わされることが多い。
「お前の自己中心的な夢の話は、都築先輩にはしてんの?」
「うん。でも凌空先輩、誰とも結婚しないで仕事して猫とマンション買って、独りで生きていきたいんだって」
「都築先輩のお母さんって、どっかの大きい会社の社長なんだろ? おれだったら結婚しようがしまいが親の脛齧りまくりそうだけど、働きたいなんてしっかりした人だな」
晴陽は愚直に好意をぶつけるだけの単純な行動しかできないため、周りから情報収集をするといった行為をしていない。ゆえに、凌空が話さない情報は全く知らずに第三者に「ストーカーのくせにそんなことも知らないの⁉」と驚かれることも多い。
現に今も、凌空が毛嫌いしているという母親が社長だなんて初耳だった。
「そ、そうなの? え、どこの会社とかわかる? なんで久川は知ってんの?」
「逆に逢坂はあんなに都築先輩に付きまとっているくせに、なんで知らねえの?」
「そっか……凌空先輩、私がお金目当てで迫ってきていると思いたくないから、隠していたんだね。そんな心配しなくても、私は凌空先輩が借金していたって余裕で結婚するのに!」
曇りのない眼で拳を握り締める晴陽を、翔琉は同情するかのような目で見つめていた。
「……都築先輩が自分から話してないのなら、おれからも言わない」
「チャラいくせにしっかりしてる!」
「そんなどうでもいいことよりさー、『高校生限定アートコンテスト』の締め切りまであと一ヶ月だけど、間に合うか?」
晴陽の熱意を「どうでもいいこと」と流したことに文句を言いたくなったが、ほとんど完成している翔琉のキャンバスを見て口を閉ざした。
翔琉は描きはじめて一年未満の初心者でデッサンに不安定なところはあるが、晴陽にはない色彩感覚を持っている。奇抜で華やかなのに決して下品にならない美しさを表現できるのは、素直に凄いと思う。
「私は見送ろうかと思ってる。今から描き始めたところで満足のいく仕上がりになるとは思えないし。久川はもう少し描き込むの?」
「ああ。今回の賞には懸けているとこあるからな。今のおれにできる技術と情熱をすべて注ぎ込んで、絶対に入賞してみせる」
そう宣言する翔琉の瞳は燃えていた。どんなコンテストでも受賞できれば内心点が上がって、大学進学に有利になる。油絵のみ、それも高校生だけを対象としたコンテストは数少ないので、賞が欲しいならこのアートコンテストは実に狙い目なのだ。
応募できるならいろんな賞に出すべきだと美術部の顧問である諏訪部先生も言っていたけれど、今、晴陽が描きたい絵は一つしかない。
だが『とある事情』によってまだ描くことができないので、見送らざるを得ないのだ。
「うん、頑張れ。応援してるよ」
無難で、ごくありふれた晴陽の返答を聞いた翔琉は、つまらなそうに小さな溜息を吐いた。
「逢坂、本当に変わったな。都築先輩のことで頭がいっぱいでさ……昔はもっと、絵に対して真面目に取り組んでいた気がしたのに」
「そういう久川だって、中学の頃は美術部とか文化部全体を馬鹿にしてたじゃんか。そんなあんたが、今や一生懸命油絵に青春を捧げてくれてるんだもん……私は感動したよ」
小中学校が同じだった翔琉は、晴陽の過去を知っている。過去をあまり詮索されたくない晴陽が話題を変えるためにわざとらしく涙を流す素振りをして見せると、怒った翔琉に形だけの軽いチョップを食らった。
夕陽が差し込む放課後の美術室には、油絵の独特なにおいが充満している。換気のために開放した窓から入り込んでくる霜月の冷たい風に体を震わせながら、イーゼルにキャンバスを立てかけた晴陽は考え込んでいた。
さて。凌空に愛を証明するには一体、何をどうすればいいだろうか。
好意を言葉にしても残念ながら全く伝わらないことは、毎日の告白をことごとく断られている晴陽が一番よく知っている。ならば、百本の薔薇を用意してみようか。いや、現実的な凌空には生花よりも、いつまでも形に残る物の方がいいだろうか。だったら奮発して、両親に頭を下げて借金して、ブランド物の高級時計でも渡してみようか。
そこまで暴走した思考を巡らせつつも、晴陽だって本当はわかっている。
高価なものをプレゼントしたところで、凌空は絶対に受け取らない。彼に証明しなければならない『愛』とは、心情的なものだ。目には見えない抽象的なそれを、片想いの立場で証明するのは容易なことではない。
真っ白なキャンバスを前に唸る晴陽に、翔琉が話しかけてきた。
「逢坂、なんか難しい顔してんな? 何か悩みでもあんの?」
「うん……愛を証明する方法について考えてた」
「……何を描くか真剣に悩んでると思って、声をかけたおれが馬鹿みてえ」
美術部の久川翔琉はこの中高一貫校の瀧岡高校においては数少ない外部受験組であり、晴陽と同じ中学校出身の唯一の生徒であり、そしてたった一人の部活仲間だ。
金色の髪に何個も開いているピアス、制服の着崩し方や言動は所謂『チャラ男』そのもので、一見晴陽とも美術とも無縁の存在に思われるのだが、翔琉はなぜか、晴陽の絵の熱心なファンだった。
「逢坂の絵はマジで繊細で大胆で……中学のときと比べると作風は変わったとはいえ超イイのにさあ、作者の頭が残念すぎんだよな」
「絵と顔はいいのにって? そんなに褒めんなよ照れるじゃん」
「お前、将来絵で食っていく気があるなら絶対人前で話したりしない方がいいぞ。画商もファンも離れていくって」
「いや何度も言ってるけど、絵は好きだけどそれで食べていける人間なんて一握りだし、私は普通に大学出て安定した職に就くつもり。一番の夢は凌空先輩のお嫁さんだけどね!」
晴陽が凌空を追いかけているときはこき下ろしてくるくせに、晴陽が絵で生計を立てていくものだと信じて疑っていない。貶すときと褒めるときのギャップが激しいため、そのアンバランスさが反応を鈍らせて戸惑わされることが多い。
「お前の自己中心的な夢の話は、都築先輩にはしてんの?」
「うん。でも凌空先輩、誰とも結婚しないで仕事して猫とマンション買って、独りで生きていきたいんだって」
「都築先輩のお母さんって、どっかの大きい会社の社長なんだろ? おれだったら結婚しようがしまいが親の脛齧りまくりそうだけど、働きたいなんてしっかりした人だな」
晴陽は愚直に好意をぶつけるだけの単純な行動しかできないため、周りから情報収集をするといった行為をしていない。ゆえに、凌空が話さない情報は全く知らずに第三者に「ストーカーのくせにそんなことも知らないの⁉」と驚かれることも多い。
現に今も、凌空が毛嫌いしているという母親が社長だなんて初耳だった。
「そ、そうなの? え、どこの会社とかわかる? なんで久川は知ってんの?」
「逆に逢坂はあんなに都築先輩に付きまとっているくせに、なんで知らねえの?」
「そっか……凌空先輩、私がお金目当てで迫ってきていると思いたくないから、隠していたんだね。そんな心配しなくても、私は凌空先輩が借金していたって余裕で結婚するのに!」
曇りのない眼で拳を握り締める晴陽を、翔琉は同情するかのような目で見つめていた。
「……都築先輩が自分から話してないのなら、おれからも言わない」
「チャラいくせにしっかりしてる!」
「そんなどうでもいいことよりさー、『高校生限定アートコンテスト』の締め切りまであと一ヶ月だけど、間に合うか?」
晴陽の熱意を「どうでもいいこと」と流したことに文句を言いたくなったが、ほとんど完成している翔琉のキャンバスを見て口を閉ざした。
翔琉は描きはじめて一年未満の初心者でデッサンに不安定なところはあるが、晴陽にはない色彩感覚を持っている。奇抜で華やかなのに決して下品にならない美しさを表現できるのは、素直に凄いと思う。
「私は見送ろうかと思ってる。今から描き始めたところで満足のいく仕上がりになるとは思えないし。久川はもう少し描き込むの?」
「ああ。今回の賞には懸けているとこあるからな。今のおれにできる技術と情熱をすべて注ぎ込んで、絶対に入賞してみせる」
そう宣言する翔琉の瞳は燃えていた。どんなコンテストでも受賞できれば内心点が上がって、大学進学に有利になる。油絵のみ、それも高校生だけを対象としたコンテストは数少ないので、賞が欲しいならこのアートコンテストは実に狙い目なのだ。
応募できるならいろんな賞に出すべきだと美術部の顧問である諏訪部先生も言っていたけれど、今、晴陽が描きたい絵は一つしかない。
だが『とある事情』によってまだ描くことができないので、見送らざるを得ないのだ。
「うん、頑張れ。応援してるよ」
無難で、ごくありふれた晴陽の返答を聞いた翔琉は、つまらなそうに小さな溜息を吐いた。
「逢坂、本当に変わったな。都築先輩のことで頭がいっぱいでさ……昔はもっと、絵に対して真面目に取り組んでいた気がしたのに」
「そういう久川だって、中学の頃は美術部とか文化部全体を馬鹿にしてたじゃんか。そんなあんたが、今や一生懸命油絵に青春を捧げてくれてるんだもん……私は感動したよ」
小中学校が同じだった翔琉は、晴陽の過去を知っている。過去をあまり詮索されたくない晴陽が話題を変えるためにわざとらしく涙を流す素振りをして見せると、怒った翔琉に形だけの軽いチョップを食らった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ガールズ!ナイトデューティー
高城蓉理
ライト文芸
【第三回アルファポリスライト文芸大賞奨励賞を頂きました。ありがとうございました】
■夜に働く女子たちの、焦れキュンお仕事ラブコメ!
夜行性アラサー仲良し女子四人組が毎日眠い目を擦りながら、恋に仕事に大奮闘するお話です。
■第二部(旧 延長戦っっ)以降は大人向けの会話が増えますので、ご注意下さい。
●神寺 朱美(28)
ペンネームは、神宮寺アケミ。
隔週少女誌キャンディ専属の漫画家で、画力は折り紙つき。夜型生活。
現在執筆中の漫画のタイトルは【恋するリセエンヌ】
水面下でアニメ制作話が進んでいる人気作品を執筆。いつも担当編集者吉岡に叱られながら、苦手なネームを考えている。
●山辺 息吹(28)
某都市水道局 漏水修繕管理課に勤務する技術職公務員。国立大卒のリケジョ。
幹線道路で漏水が起きる度に、夜間工事に立ち会うため夜勤が多い。
●御堂 茜 (27)
関東放送のアナウンサー。
紆余曲折あり現在は同じ建物内の関東放送ラジオ部の深夜レギュラーに出向中。
某有名大学の元ミスキャン。才女。
●遠藤 桜 (30)
某有名チェーン ファミレスの副店長。
ニックネームは、桜ねぇ(さくねぇ)。
若い頃は房総方面でレディースの総長的役割を果たしていたが、あることをきっかけに脱退。
その後上京。ファミレスチェーンのアルバイトから副店長に上り詰めた努力家。
※一部を小説家になろうにも投稿してます
※illustration 鈴木真澄先生@ma_suzuki_mnyt
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
蝶々結びの片紐
桜樹璃音
ライト文芸
抱きしめたい。触りたい。口づけたい。
俺だって、俺だって、俺だって……。
なぁ、どうしたらお前のことを、
忘れられる――?
新選組、藤堂平助の片恋の行方は。
▷ただ儚く君を想うシリーズ Short Story
Since 2022.03.24~2022.07.22
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる