サイコラビリンス

國灯闇一

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7章 青と桜はもゆるが如く

2dbs‐考え巡らせ、落ちていく

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 小見川の母親はニュースを見て警察に連絡をした。自分の息子が逮捕されたのは本当なのかと聞いたら、曖昧な感じで答えられた。
 息子はいつになったら帰してくれるのか。息子は本当に事件に関わったのか。息子はどういう様子か。矢継ぎ早に問いかけた。警察の対応者は、「息子さんが保釈される時にはまた連絡します」とだけ答え、電話を切った。

 父親も息子が逮捕されたことを聞きつけ、早めに仕事から帰ってきた。父親は不安げな母親を落ち着かせることに努めた。希望に満ちた言葉を投げかけ、最後まで息子を信じようと2人で確認し合った。

 冴島の家庭でも、そわそわしていた母親は誰もいない家の中で右往左往していた。家事も手につかず、ただ不安だけが込み上げてくる。
 外野で推測合戦が行われ、それを伝えてくるテレビのニュースしか、息子の状況を知る術がなかった。冴島が食べるはずだった夕食が、テーブルに淋しく並んでいた。

 鹿倉、熊田、根元は自分の部屋で何もできず、ただ未知の恐怖が迫る明日を待つしかなかった。

 長時間の尋問に疲れ果て、モノクロの牢屋に閉じ込められた。同じ牢屋には既に3人の囚人がいる。
 丸坊主の男が「お前何やったの?」としつこくウザ絡みをしてきたが、小見川は無視した。看守の目もあって殴られずには済んだが、小見川の態度に腹を立てた丸坊主の男は、檻の柵を殴って怒りをぶつけた。

 小見川は夜を檻の中で過ごし、畳に布団を敷いて、囚人と共に雑魚寝をした。いびきがうるさく、加齢臭が漂ってくるという環境もあって寝付けなかった。たとえ独房だったとしても、寝付けるとは思えなかったが、静かで澄んだ空気の中、横になれるならそっちの方がいいに決まっている。


 長い夜は明け、弁護士の接見があった。眼鏡をかけた堅物のおじさんだった。くすんだ弁護士バッチが歴史を感じさせる。
 弁護士の阿須孝一あずたかいち。阿須からも色々聞かれたが、もちろんやってないことを伝えた。

 問題は他の連中だ。根元達がもし捕まっているなら、この日々に耐えられるか分からない。
 早く楽になりたい。こんな生活から抜け出したい。そんな誘惑をちらつかせながら刑事達は尋問してくる。
 ある程度の想定問答を根元達の頭に入れさせたが、あくまで想定だ。

 違う質問をされて、矛盾点をつかれて、嘘に嘘を重ねていくうちに変な話になってくる。創作の証言だと断定されてしまえば、裁判では負け確定。冴島や熊田ならまだしも、根元や鹿倉にそんな機転があるとは思えない。
 小見川は弁護士さんから今回の事件で捕まった人を聞いて、心の中で安堵した。そして、小見川は獄中の外にいる彼等との面会を希望した。


 翌日、看守から面会の知らせが届いた。小見川は簡素な鉄扉から面会室に入った。透明な一枚の壁を隔てて、見慣れた顔が並んでいた。

「涼介!」

 母親まで面会に来ていた。小見川は咄嗟に神妙な表情を作った。

「母さん……」

 小見川は面会席に座る。

「あなたやってないんでしょ!? そうよね?」

 母親は切なそうに訊く。

「もちろんだよ。やってるわけない」

「うん……」

 母親は声を詰まらせ涙ぐんでいた。

「大丈夫、すぐに警察の人も分かってくれると思う。弁護士さんも凄く頼りがいのある人だったし、必ず無実だっていう証拠が出てくるから、母さんは待っててほしい」

「うん……分かってる」

 母親は目頭を押さえて、安堵した様子で少し笑った。

「ちゃんと眠れてる?」

「うん。大丈夫だよ」

 状況は違うけど、いつもの会話をしていた。お節介な言葉をあしらって、どうでもいい話に脱線したりして。
 いつもの会話を装ってくれている母親に、小見川は乗るしかなかった。それが今の母親にしてあげられる精一杯だった。
 一枚の透明な薄い壁を隔てているだけなのに、とても遠くに感じて、眩しく見えた。

 他愛もない会話を20分ほどして、母親は席を立った。母親は面会室の中で根元達を待とうとした。小見川は友達だけで話したいことがあると言って、面会室の外で母親を待たせようとした。

 少し怪訝けげんな様子の母親が出たのを見計らい、小見川はポケットから手紙を渡す。

「これをみんなに渡してくれ」

 手紙を書いて渡す場合には、看守が事前に手紙の内容をチェックすることを、小見川は知っていた。
 だから、普通の手紙に見せかけた暗号の手紙を書いていた。看守にバレず手紙を渡し終えた小見川は、ニヤリと笑った。
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