責任のゆくえ

國灯闇一

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責任耐久戦

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 三原は泣きやんだ赤ん坊みたいに固まっていた。釘間も、混沌の霧に包まれる講義室を晴らすかのような声に注意を向ける。
 視線を一身に受ける巻田は、勇ましい騎士のような顔つきになって言った。

「俺が釘間さんに告白する」

「え?」

 井濱の声が緩みきって漏れる。

「わけの分からないことごちゃこちゃ言うんなら、俺が釘間さんを貰う」

 巻田は呆気に取られている周りをよそに、清凉たる誠実な瞳を釘間に投げる。

「釘間さん、俺は今から君に告白する。だから、俺に責任をくれ!」

 井濱は眉を寄せながら口に笑みを灯す。『なんだこいつ』といった感想を抱くも、巻田の真に迫った様子とよく分からない責任請け負います発言が懐を震わせるのだった。
 釘間は迷いを顔に滲ませ、数秒のあと、小さく声を発した。

「はい」

「はいぃっ?! え、いいの!?」

 井濱は自分で誰に言っているのかさえ分からず、釘間と巻田を交互に視線を振ってはうろたえる。

「告白するから責任をくれって何!?」

「まあまあ落ち着けって」

 賀上がなだめようと肩に触れる。

「だっておかしくない? 責任くれって言う告白シーン聞いたことあるっ!?」

「大人の色恋に土足で踏み込むんじゃありません!」

 賀上は丁寧な口調になって井濱をさとす。

「なんでお前落ち着てんだよ。この状況に疑問を持てよ」

「今からやるから静かになさい」

「今からやる!?」

「シー!」

「なんだシー! って」

 2人の混雑する会話に付き合ってられないという風に潜めた嘆息を1つ吐き、巻田は膝をついている不甲斐ない友をギロリと睨んだ。

「邪魔だ。そこどけ」

 ヘロヘロの三原は力なく立ち上がり、巻田の両肩を掴む。

「悪いことは言わない。やめるんだ巻田!」

「どけっ!!」

 巻田は三原を強引に後ろへ振り払った。

「おおいっ!!」

 三原はよろけてしまい、勢い余って井濱と賀上にぶつかりそうになったが、2人が受け止めてくれた。
 巻田は釘間と向かい合い、凛々しい顔つきになる。

「釘間さん、俺と付き合ってくれ」

 シンプルな言葉が雄々おおしく響いた。

「責任、とってね」

 釘間は頬を赤らめ、またしても麗しき清音をもって返した。3人は未来の行く末を占う岐路の結果を黙視する。息の音を聞くに容易い秒間があった。短いこの時間で、結果は出てしまった。

「……ッ!?」

 巻田の顔色が変わった。両手で喉を掴み、膝から崩れ落ちる。

「おいっ! どうしたっ!?」

 井濱は巻田に駆け寄る。
 巻田は前のめりになり、上体を倒してしまう。肘を床につけて苦しげに悶える。

 異常だ。異常事態だ。井濱と巻田が感じた異常事態には、意味と深刻度に激しい違いがある。
 生理的な現象を伴った窒息感。物理的に窒息を催したのではない。精神的な介入、いや、介入させたと言った方が正確なのだが、当の本人はこれほどとは思っていなかったのだ。
 よく分からない症状に侵される友人に、困惑を覚えながら声をかける井濱は、一体何が起こっているのか分からなかった。まるで見えない力、超能力に当てられた雑魚キャラの一部始終の終を見せつけられているようで、心にも思っていない「大丈夫か!?」という心配の声を一応投げかけるのであった。

「ぐはっ!!?」

 巻田は四つん這いになっていた。大きく口を開けて息を吸う。

「なんだよ」

 息をするのにもやっとのか細い声で巻田は答える。

「波が来た」

「は?」

 息を呑んで言葉を紡ぐ。

「責任の波が来た」

 井濱は苦しそうに言う友人がおかしなことを言い始め、呆れを含んだ笑いに陥落する。

「だろ!? すごかったろ!?」

 三原は分かり合える親友を見つけて驚喜の色を持った声で言う。

「ああ、お前の言った通りだったよ」

 責任の波から生還した巻田は立ち上がって友の下へ歩み寄り、目を覚ましたよと言いたげに同意する。

「そうなんだよ! すごいんだから彼女は!」

「危うく溺れて死ぬところだった」

「ビッグウェーブだったろ」

「ああ。あれが名だたるサーファーを海へ突き落したと噂されるだったんだな」

「ああん、責任ビッグウェーブねぇ」

 三原も聞いたことがあるという感じで何度も頷く。

「どういう仲間の会話だよ!」

 井濱は不自然な会話にたまらずツッコむ。

「おいっ!!」

 すると、賀上が突然憤怒ふんぬの声を張り上げた。

「なんだ! 責任ビッグウェーブって! 釘間さんが可哀相だろ。ちゃんと受け止めてやれよ!」

 賀上は責任に負けた2人の横を通り過ぎる。そして、釘間の前にデデンと立った。

「釘間さん、今度は俺が受け止める!」

 井濱は目を丸々とさせて賀上の行動を疑う。

「やめとけ賀上。お前の敵う相手じゃない!」

 三原は三文芝居にすら劣る気障きざな表情で賀上を制する。だが、賀上の顔は釘間に向いたままだった。

「あんな意気地なしの男たちの言うことなんて気にしなくていい。全部、俺が受け止めるから」

 決まり顔でそう言い切った後、賀上は身構える。肩幅より少し広げ、腰を落として勇猛な目つきで釘間を見つめた。

 井濱は歯を食いしばって笑いをこらえる。顔をゆがめて目をぎゅっと瞑り、もう一度括目するが、賀上の様子は変わらなかった。

「告白をする体勢じゃねぇよ! プロレスラーじゃん!」

 そう言われて意識したのか、片手の指先でかかって来いという感じで挑発する。

「挑発すんな!」

「釘間さん!! 俺とぉ~!! 付き合ってくれぇぃ!!」

 賀上は今日イチの大声で告白した。

「……責任、とってね」

 しっとりと責任の文字が宙を舞った。

 すると、賀上の足が震え出す。みるみる震え方が大きくなっていく。
 井濱は賀上の様子を間近で見てしまい思わず破顔はがんし、声を荒げた。

「どうなってんだよ! なんだお前、産まれたて小鹿かっ!」

 賀上はひきつった表情で釘間を見つめているが、両脚の震えは収まらない。更には上体が前傾になり、倒れそうになっていた。

「賀上~!!」

 巻田が切なげに声を張り上げる。
 その時、賀上は震えに耐えられなくなり、倒れてしまった。

「賀上ーーー!」

 三原は顔をくしゃくしゃにしながら賀上に駆け寄る。それに巻田も続いた。

「しっかりしろ賀上っ!」

 賀上は意識朦朧といった様子で天井を仰ぎ、覗き込む2人の友人の顔を捉える。

「俺が馬鹿だった」

 弱々しくそう切り出す賀上。

「完膚なきまでにやられたよ」

 勇敢な戦士が闘いに敗れたように言うので、井濱は何言ってんだこいつ、という風に見下げる。
 三原と巻田は勇敢な戦士を起こそうとする。賀上の両腕を自分たちの肩に回し、どうにか立たせた。

「お前の言った通り、すごかった」

「そうか、そうか……」

 友情がまた深まったようだ。三原は悲しそうに頷く。

「脇腹に来たよ。あれはへヴィー級だ」

「お前レスラーじゃなかったのかよっ」

 巻田はなぜか悲しげな表情で無謀な挑戦者に投げかける。

「レスラーじゃねえよ。普通の大学生だろうが」

 井濱は横やりを入れる。

「いつの間にか、俺は異種格闘技戦に参戦していたらしい」

 賀上は巻田の肩に左腕を引き戻し、横腹を押さえる。

「へヴィー級って、チャンピオンのパンチを食らったのか!?」

 三原は驚愕を纏った声を上げる。

「ああ……」

 賀上は苦痛に顔をゆがめて首肯した。

「なんの話してんの!?」

 井濱は3人のやり取りの説明を求めたが、構築された虚構は井濱を置いていく。

「あのパンチは間違いない。受けてみて分かったよ。あれは、噂のだ」

 賀上が明かしたことに絶句する三原と巻田。責任フックという単語が新たに出てきたが、もう触れるのもめんどくさくなってきた井濱は腕組みをして気だるそうに待つ。

「まさか、この大学に責任フックの使い手がいるとは……」

 巻田は神妙な面持ちで呟く。

「そりゃ足も震えるわな」

 三原は続けて難しい表情になって同情する。

「お前は頑張ったよ」

「……ありがとう」

 賀上は悔しさを滲ませて呟いた。三原は敗戦した賀上を連れて、チャンピオンの釘間から離れようと歩いていく。巻田も心配そうな様子で賀上に寄り添う。おそらく控室に向かっているのだろう。3人の背中は小さくなり、哀愁を背負ってリングを後にしていく。

「終わった?」

 井濱は冷めた様子で声をかける。
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