責任のゆくえ

國灯闇一

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すごかった

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「どうしたの? 三原君」

 釘間も三原の言動が理解できない。
 三原はゆっくりと頭を上げていく。萎縮する体と表情が誠実さをしみじみと表す。
 三原の友人3人は金縛りに遭ったかのように動けなくなっていた。
 三原は重苦しく声を絞り出す。

「釘間さんとは、付き合えません!」

 時間にしてどれくらいだろうか。先刻、この三原勇士は告白した。だが前言撤回。今告白相手をフったのだ。
 ほんの数分の出来事の間に転々と巡った。静謐せいひつすら感じさせる沈黙が床に落ちて凝固する。

「何言ってんのお前?」

 沈黙は井濱の声で弾けた。

「お前好きじゃないのかよ」

 巻田は奇妙な状況を作り出した当人を問い詰める。

「いや、もちろん好きだよ」

 三原は細々と声を漏らす。

「じゃなんで?」

 賀上も立て続けに質問する。
 質問攻めに遭った三原は不自由な様子で静かにわけを漏らした。

「責任が……すごかったなぁーって」

 三原と井濱の視線が交わる。三原は腰に手を添えて、真顔で言うのだ。

「責任?」

 予想もしてなかった理由に井濱の声が裏返る。

「うん。『責任、とってね』って言われてさ。ずしーん! って、きたよねぇー」

「それが理由?」

 驚きと共に井濱が問う。

「うん」

「え、それが理由!?」

 巻田が問う。

「うん」

「え!? それが理由!?」

「何回聞いてんだよ!」

 重ねて聞かれ、三原は声を荒げる。

「理解するのに3回は確認いるよ」

 井濱は腕組みをして淡々と言う。

「えなに? 責任とってねって言われたから、付き合わないって言ってんの?」

「まあ~~、そういうことねぇ」

「んな重たく捉えんなよ。告白の返しでそういう文句はあるだろ」

 巻田は三原の考え方に異議を唱える。

「はああ!? お前ら他人事だからそういうことが言えんだよ。今のはすごかったぞーーー! 『責任……とってね』、俺ずしーんっ!! 心臓ぎゅうううっ! えらい責任がきたあああっっ!!」

 三原は釘間の真似をし、自分の心の声をジャスチャーを交えて表した。
 3人は体を大きく使ったジェスチャーに失笑してしまう。

「そういうこと言うなって、和音ちゃんにも悪いだろ~」

 巻田は手で釘間を差しながら言う。
 釘間は落胆を浮かべうつむき、肩をすぼめていた。

「ん、まあ釘間さんには申し訳ないけども、お断りさせていただきます」

「なんで再度フッてんだよっ!」

 井濱は頭を深々と下げる三原を制する。

「頭上げろって!」

 三原は燃え尽きたように無気力な表情をして頭を上げた。

「別に和音ちゃんも深い意味で言ったわけじゃないって。言葉のあやだよ」

「いやいやいやいや、あれは重かったぞ~~」

「重いとか言うな!」

 井濱は釘間に配慮してすかさずとがめる。

「お前ら聞いてたんだろ!? 最初から」

「おん」

 井濱は首肯する。

「あれはずごい責任だぞぉ! せきにぃぃい″い″ん″っ!!!!」

 三原は両手の平を自分の胸に向け、激しく外から内へと引き寄せる動作を繰り返す。足を広げて腰を落とす三原の動きは必死だった。顔のパーツも中心に寄ってしまっている。

「せきにぃぃぃぃい″い″ん!!!! って」

「そんなんじゃなかったろ。せきにぃぃい″い″ん!! っとか」

 井濱は両手だけ三原の動作を真似する。

「ぐらいの感じってことだよ」

「その責任がなければいいんだろ? 軽く流せば済む話じゃん」

 賀上は腕組みをしながら思案を述べる。

「お前らは考えが甘いんだよっ! 責任を流したのちに来た責任がとんでもない責任だったらどうすんだよっ!」

「とんでもない責任ってなんだよ」

 井濱は顔をしかめて問いかける。

「例えばぁ……あそこにあるー、なんか備長炭全部買ってきてぇーとか」

「備長炭を買わせる女子大生なんかいねえよっ! なんで彼氏に備長炭買わせんだよ! どんな状況だよ!」

 井濱はまくし立てて三原の例えを却下した。

「お前の想定する責任が分かんねえよ」

「そんな怒んなよ」

 三原は井濱の勢いに気圧けおされ及び腰になる。

「聞いてたけど、そんな重い感じじゃなかったろ。お前の考えすぎだよ」

 井濱は三原の意見を一蹴する。

「お前らほんと鈍いな」

「は?」

 三原は3人から距離を取り、がっかりと言わんばかりに嘆息した。

「俺はお前らと違って、機微を感じられるからな。あの責任の裏にある重責を知ってんだよ!」

 言い切った。三原は胸を張って断言した。しかし、3人は冷遇の眼差しを向けるばかりだ。

「いやいやいや」

 友人からの容赦ない視線に耐えかね、三原の苦悶がこぼれる。

「えっ嘘でしょ?! なんで分かんないの!? あの責任を聞いておいて、俺が悪いみたいな雰囲気なんで出せんの?」 

 3人の友人と釘間に挟まれながら、三原は左右から来る軽蔑の念にうろたえ、交互に見やる。

「責任って言われたらぁ、怯んじゃうのっ! この気持ち分かるでしょ!? 男ならさ、分かるじゃん!?」

 3人の友人は顔を見合わせ、首をかしげる。

「えええっ! 嘘だ! 嘘だよ~~!」

 三原は膝をついて嘆く。このいびつな状況に阿鼻叫喚の思いに駆られてしまいそうだった。
 膝をついた友人が黒板の前でみっともなく喚いてる。普段教授や准教授など立派な肩書きを持つ人たちが立つ場所で、こいつは一体何してんだと、見くびった瞳が6つも注がれていた。

「お前らそこまでか!? そこまで機微を棄てたのか!?」

「別に機微を棄てた覚えはないよ」

 賀上は半笑いで答える。

「なんだよ~~! 俺が悪いのかよ~~~~」

「泣くなよー」

 井濱も哀れな友人の姿に笑いながら言う。あたかも悲劇の主人公になったかのような彼には、同情をする余地もないとあざけり笑う2人だったが、三原の思いに心打たれた者がいた。一方的な意見を押しつけてしまった反省の意もあり、自責に憂患ゆうかんしたのだ。

「分かった」

 唐突な声が2人の表情から笑みをさらった。2人の双眸そうぼうは深く真剣な顔になっている巻田岳文に向いていた。
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