19 / 19
19 ふたたび田楽舞
しおりを挟む
ふたたび田楽舞
ぴい、ひゃらり。
笛の音が軽妙に弾む。
とん、とん。
調子を合わせる鼓の音も軽やかだ。
風流笠を頭に乗せた男女が、体をくねらせながら舞う。
優美でいて、そこはかとなく洒脱。
踊り子たちの華やいだ笑顔が、清新な空気をもたらす。
総勢二十人余。みな若くて、初々しい。
それぞれの動きが見事なまでに揃っていて、崇高な芸術作品を観ているようですらあった。
ところは京、朝廷きっての権臣千種忠顕の屋敷である。
大勢の来賓たちが酒と女を侍らせながらの乱痴気騒ぎに興じている。
その中には、忠顕とは親友といってもいいバサラ大名、佐々木道誉の姿もある。その傍らでは、野夫然とした垢ぬけない風貌を愛想笑いで崩す楠木正成や赤松円心ら、鎌倉倒幕に功のあった者たちの顔も見える。
そして――ひどくつまらなそうにひとり杯を傾けつづける新田義貞の姿も.その中にあった。
北条一門の壮絶な集団自決で鎌倉幕府が滅んだ後、天下のまつりごとは京の朝廷の手に移っていた。
平安の昔、醍醐・村上両天皇が展開した親政――延喜・天暦の治を理想に掲げる後醍醐天皇の新政はしかし、当初から波乱含みのものとなった。
後醍醐は王政復古の理想実現を急ぐあまり、公家衆――それも、忠顕らごくひと握りの権臣たちを重用し、武士たちを蔑ろにした。楠木や新田、それに足利尊氏ら一部の功臣たちはまだしも、多くの武士たちは働きに見合う恩賞を得られず、早くも新政への不満を募らせ始めている。
そんな歪みもどこ吹く風とばかり、忠顕ら権臣たちはわが世の春を謳歌していた。連日連夜の宴三昧に世の人々も呆れ果て、いつしか新政はすっかり求心力を失ってしまっていた。
そして、京を頽廃が支配した。
それは、ちょうど鎌倉幕府が滅亡への坂道を転がり落ちようとしていた頃とよく似ていた。それを滅ぼした側の彼等が、そのことにまるで気付いていなかったのは、まことに皮肉としかいいようがない。
いや、誰もが気付いていなかったわけではない。
実際に兵を動かし、戦場を駆け廻って倒幕を果たした武士たちは、そのことに気付いていた。足利尊氏(高氏改め)も佐々木道誉も楠木正成も、そして新田義貞も――。
彼等はみな、この新政が長くは持たぬであろうことを察していた。それを実現させるために命を削った日々を懐かしみ、大きな虚しさを感じながら、この国の行く末をそれぞれに考え始めていた。
そのような心境で、田楽舞など楽しめるはずもない。
ひとり、またひとりと席を立ち、いつしかその場には公家たちだけが残って、相も変わらぬ馬鹿騒ぎを繰り広げつづけていた。
義貞は、そんな中でなおもひとり杯を重ねつづけている。
なんとなく時機を逃して帰りづらかったということもある。だが、それ以上に、所用のためと称して早退した足利尊氏が去り際、義貞の耳元でぽつりと囁いた言葉が、耳にこびりついて離れなかった。
――六波羅や鎌倉で死んで行った者たちに申し訳が立ちませぬな。
尊氏は憤懣を秘めた口調で、そう言ったのである。
それは、まさに義貞の日頃の思いと合致するものだった。
彼は文字どおり命を賭けて鎌倉幕府と戦い、敵味方に多くの戦死者を出して、その犠牲の上に現在の新政をもたらした。人の死に優劣を付けるつもりはないが、敵ながら北条一門の死にざまは天晴れなものであり、鎌倉武士は最後にその存在価値を示したといえただろう。とりわけ朋友金澤貞将の奮闘ぶりと、その清々しい最期の姿は、今なお瞼の裏にしっかりと焼き付いている。彼の首を断ち斬った時の感触は、今なお忘れることがない。
彼等の犠牲は、尊いものであった。
そうでなければならなかった。
そうであるためには、後を受ける自分たちが素晴らしいまつりごとを行わなければならなかった。
それが勝ちを得て生き残った者たちの使命であるはずだった。
世の中は、そうやって廻っているものであり、そういうものであるべきだった。
だが――。
今、目の前で乱痴気騒ぎに耽っている愚かな者たちの有様は、どうだ。
彼等に死んで行った者たちの思いを引き継ぐ気概があるか。
その資格はあるか。
言うまでもなく、答えは「否」であった。
そして、自分は今、そうした連中の一員に堕している。
内心の思いはどうあれ、少なくとも形の上では、彼等とともに酒を飲み、女を侍らせ、田楽舞に興じている。
いったい今の俺はなんだ。
ここで何をしているのだ。
言いようのない鬱屈が、この場から立ち去る気力さえも失わせていた。
目の前の現実から逃れるために、さらに杯を重ねていく。
だが、いくら飲んでも酔うことができない。
意識は冴え、押し寄せる悲しみや怒り、もどかしさといった感情を止める力を、この酒はまったく持っていなかった。
――どうにもうまくいかぬわ、金澤殿。
亡き朋友に心の内で語りかけて、ふと視線を上げる。
ほとんど見ている者もいなくなった中でも、田楽舞はつづいている。
まるで、どのような状況下にあっても動じず踊りつづけることが自分たちの矜持なのだといわんばかりの冷静さで、ただひたすら踊っている。
その一座の最後方に、ひとりの少女の姿を見止めた。
楚々とした雰囲気を持つ、可憐なその少女は、舞の途中、ちらちらと義貞のほうへ視線を送っているようだった。
――美しい女子だな。
義貞は感嘆したが、同時に、
――俺はあの女子を知っている。
という確信にも似た思いを抱いた。
――俺はたしかにどこかであの女子に会っている。だが、いったいどこで?
鎌倉にいた頃、当時の執権だった北条高時に一度か二度、大規模な宴席へ招かれて田楽舞を見たことはあった。だが、もともと舞曲に興味のない義貞は、あまり真剣に彼等の踊りを見ていなかった。だから、踊り子のひとりひとりまで覚えているはずはない。だが、今目の前にいる少女には、たしかな見覚えがあった。
不思議なのはしかし、それだけではなかった。
少女は時折、義貞に向かって小さく微笑みかけた。
その笑顔を見た時、義貞はなぜか無性に心が落ち着き、癒されるのを感じたのだ。
見覚えがあるといっても、明らかに知人ではない少女の、その笑顔は、義貞に何か懐かしさにも似たやすらぎを感じさせるのだった。
――そういえば。
義貞は、唐突に思い出していた。
――金澤殿、貴殿もたしか田楽舞はあまり好きではなかったな。ともに執権館に招かれていた時、いつも詰まらなそうな顔をしていた。
義貞は記憶を呼び起こしながらも、食い入るようにじっと彼女の顔を見詰めている。
なぜだろう。彼女を見ていると、亡き旧友の在りし日の面影が、次々と思い出されてくる。まるで彼女の存在が幽冥境を異にしたふたりを結び付けているかのように。
――貴殿が生きていれば、天下はいったいどうなっていたのだろうな。
ふと、そんなことを胸の内で語りかけてみる。
もし早い段階で貞将が執権の座に着き、長崎父子を放逐して幕政の立て直しに着手していたら……。
主上の二度目の蜂起は、なかったかもしれない。
あったとしても、貞将のもとでひとつにまとまった幕府は、それを跳ね返していただろう。いや、赤橋守時など一門の勇将が脇を固め、義貞や足利尊氏、それに佐々木道誉など諸国の武士が同じ方向を向いた新しい幕府は、朝廷とも融和的な関係を築きながら、今とはまったく違う、新しい世の中を生み出していたに違いなかった。
そこで見る田楽舞ならば、あるいはもっと楽しめたのではないか。
そんな夢想じみた考えを、義貞は苦笑交じりに打ち消した。
――逃げるのは、まだ早いか。
新政は始まったばかりなのだ。
新たな世を作るのは、これからだ。
――ここで投げ出しては貴殿に合わせる顔がないな、金澤殿。
武士も公家も民百姓も、目の前にいる田楽一座の少女たちも、みなが笑って暮らせる世を作る。それを果たせずして、なんのためのいくさであったか。なんのための犠牲であったか。
――やってやるさ。
先程まで彼の心を支配していた悲しみや怒り、もどかしさ――そんな鬱屈した感情が、急速に晴れていく。代わって、形容しがたい安らぎが彼の体内を支配していった。
その不思議な感覚に、彼は酔った。
この心地よい感覚に、いつまでも包まれていたい。
このまま時が止まってほしいとさえ、彼は思った。
安らぎは、やがて眠気を誘う。
宴は既に跳ねている。忠顕は未だ酒杯を離さず、時折、道誉の調子外れな高笑いが部屋中にこだましたが、そんな彼等を横目に見ながら、千種家の従僕たちは手際よくその場を片付け始めていた。
――今日も長い一日であった。
ふーっと大きく息を吐いて、義貞は目を閉じた。
微睡の中で、彼は夢を見た。
貞将と酒を酌み交わしながら、田楽舞を愉しんでいる。
その場に居並ぶ誰の笑顔にも、一点の曇りもない。
北条高時も、赤橋守時も、大仏貞直や足利尊氏も。
父貞顕も、弟貞冬も、そして長崎父子も――。
みなが屈託のない笑顔で相語らいながら、田楽舞を見ていた。
一座の中に、ひときわ目を引く美しい少女がいる。
少女が時折向けてくる可憐な微笑みに、貞将が手を振って応じる。
そのさまをからかうように、義貞は軽く小突いてみせる。
貞将は面映ゆげに笑いながら、義貞を小突き返す。
襖の隙間から差し込むやわらかな陽光が、そんなふたりを白く浮かび上がらせる。
それは義貞が強く願い、ついに叶うことのなかった、鎌倉の夢であった。
ぴい、ひゃらり。
笛の音が軽妙に弾む。
とん、とん。
調子を合わせる鼓の音も軽やかだ。
風流笠を頭に乗せた男女が、体をくねらせながら舞う。
優美でいて、そこはかとなく洒脱。
踊り子たちの華やいだ笑顔が、清新な空気をもたらす。
総勢二十人余。みな若くて、初々しい。
それぞれの動きが見事なまでに揃っていて、崇高な芸術作品を観ているようですらあった。
ところは京、朝廷きっての権臣千種忠顕の屋敷である。
大勢の来賓たちが酒と女を侍らせながらの乱痴気騒ぎに興じている。
その中には、忠顕とは親友といってもいいバサラ大名、佐々木道誉の姿もある。その傍らでは、野夫然とした垢ぬけない風貌を愛想笑いで崩す楠木正成や赤松円心ら、鎌倉倒幕に功のあった者たちの顔も見える。
そして――ひどくつまらなそうにひとり杯を傾けつづける新田義貞の姿も.その中にあった。
北条一門の壮絶な集団自決で鎌倉幕府が滅んだ後、天下のまつりごとは京の朝廷の手に移っていた。
平安の昔、醍醐・村上両天皇が展開した親政――延喜・天暦の治を理想に掲げる後醍醐天皇の新政はしかし、当初から波乱含みのものとなった。
後醍醐は王政復古の理想実現を急ぐあまり、公家衆――それも、忠顕らごくひと握りの権臣たちを重用し、武士たちを蔑ろにした。楠木や新田、それに足利尊氏ら一部の功臣たちはまだしも、多くの武士たちは働きに見合う恩賞を得られず、早くも新政への不満を募らせ始めている。
そんな歪みもどこ吹く風とばかり、忠顕ら権臣たちはわが世の春を謳歌していた。連日連夜の宴三昧に世の人々も呆れ果て、いつしか新政はすっかり求心力を失ってしまっていた。
そして、京を頽廃が支配した。
それは、ちょうど鎌倉幕府が滅亡への坂道を転がり落ちようとしていた頃とよく似ていた。それを滅ぼした側の彼等が、そのことにまるで気付いていなかったのは、まことに皮肉としかいいようがない。
いや、誰もが気付いていなかったわけではない。
実際に兵を動かし、戦場を駆け廻って倒幕を果たした武士たちは、そのことに気付いていた。足利尊氏(高氏改め)も佐々木道誉も楠木正成も、そして新田義貞も――。
彼等はみな、この新政が長くは持たぬであろうことを察していた。それを実現させるために命を削った日々を懐かしみ、大きな虚しさを感じながら、この国の行く末をそれぞれに考え始めていた。
そのような心境で、田楽舞など楽しめるはずもない。
ひとり、またひとりと席を立ち、いつしかその場には公家たちだけが残って、相も変わらぬ馬鹿騒ぎを繰り広げつづけていた。
義貞は、そんな中でなおもひとり杯を重ねつづけている。
なんとなく時機を逃して帰りづらかったということもある。だが、それ以上に、所用のためと称して早退した足利尊氏が去り際、義貞の耳元でぽつりと囁いた言葉が、耳にこびりついて離れなかった。
――六波羅や鎌倉で死んで行った者たちに申し訳が立ちませぬな。
尊氏は憤懣を秘めた口調で、そう言ったのである。
それは、まさに義貞の日頃の思いと合致するものだった。
彼は文字どおり命を賭けて鎌倉幕府と戦い、敵味方に多くの戦死者を出して、その犠牲の上に現在の新政をもたらした。人の死に優劣を付けるつもりはないが、敵ながら北条一門の死にざまは天晴れなものであり、鎌倉武士は最後にその存在価値を示したといえただろう。とりわけ朋友金澤貞将の奮闘ぶりと、その清々しい最期の姿は、今なお瞼の裏にしっかりと焼き付いている。彼の首を断ち斬った時の感触は、今なお忘れることがない。
彼等の犠牲は、尊いものであった。
そうでなければならなかった。
そうであるためには、後を受ける自分たちが素晴らしいまつりごとを行わなければならなかった。
それが勝ちを得て生き残った者たちの使命であるはずだった。
世の中は、そうやって廻っているものであり、そういうものであるべきだった。
だが――。
今、目の前で乱痴気騒ぎに耽っている愚かな者たちの有様は、どうだ。
彼等に死んで行った者たちの思いを引き継ぐ気概があるか。
その資格はあるか。
言うまでもなく、答えは「否」であった。
そして、自分は今、そうした連中の一員に堕している。
内心の思いはどうあれ、少なくとも形の上では、彼等とともに酒を飲み、女を侍らせ、田楽舞に興じている。
いったい今の俺はなんだ。
ここで何をしているのだ。
言いようのない鬱屈が、この場から立ち去る気力さえも失わせていた。
目の前の現実から逃れるために、さらに杯を重ねていく。
だが、いくら飲んでも酔うことができない。
意識は冴え、押し寄せる悲しみや怒り、もどかしさといった感情を止める力を、この酒はまったく持っていなかった。
――どうにもうまくいかぬわ、金澤殿。
亡き朋友に心の内で語りかけて、ふと視線を上げる。
ほとんど見ている者もいなくなった中でも、田楽舞はつづいている。
まるで、どのような状況下にあっても動じず踊りつづけることが自分たちの矜持なのだといわんばかりの冷静さで、ただひたすら踊っている。
その一座の最後方に、ひとりの少女の姿を見止めた。
楚々とした雰囲気を持つ、可憐なその少女は、舞の途中、ちらちらと義貞のほうへ視線を送っているようだった。
――美しい女子だな。
義貞は感嘆したが、同時に、
――俺はあの女子を知っている。
という確信にも似た思いを抱いた。
――俺はたしかにどこかであの女子に会っている。だが、いったいどこで?
鎌倉にいた頃、当時の執権だった北条高時に一度か二度、大規模な宴席へ招かれて田楽舞を見たことはあった。だが、もともと舞曲に興味のない義貞は、あまり真剣に彼等の踊りを見ていなかった。だから、踊り子のひとりひとりまで覚えているはずはない。だが、今目の前にいる少女には、たしかな見覚えがあった。
不思議なのはしかし、それだけではなかった。
少女は時折、義貞に向かって小さく微笑みかけた。
その笑顔を見た時、義貞はなぜか無性に心が落ち着き、癒されるのを感じたのだ。
見覚えがあるといっても、明らかに知人ではない少女の、その笑顔は、義貞に何か懐かしさにも似たやすらぎを感じさせるのだった。
――そういえば。
義貞は、唐突に思い出していた。
――金澤殿、貴殿もたしか田楽舞はあまり好きではなかったな。ともに執権館に招かれていた時、いつも詰まらなそうな顔をしていた。
義貞は記憶を呼び起こしながらも、食い入るようにじっと彼女の顔を見詰めている。
なぜだろう。彼女を見ていると、亡き旧友の在りし日の面影が、次々と思い出されてくる。まるで彼女の存在が幽冥境を異にしたふたりを結び付けているかのように。
――貴殿が生きていれば、天下はいったいどうなっていたのだろうな。
ふと、そんなことを胸の内で語りかけてみる。
もし早い段階で貞将が執権の座に着き、長崎父子を放逐して幕政の立て直しに着手していたら……。
主上の二度目の蜂起は、なかったかもしれない。
あったとしても、貞将のもとでひとつにまとまった幕府は、それを跳ね返していただろう。いや、赤橋守時など一門の勇将が脇を固め、義貞や足利尊氏、それに佐々木道誉など諸国の武士が同じ方向を向いた新しい幕府は、朝廷とも融和的な関係を築きながら、今とはまったく違う、新しい世の中を生み出していたに違いなかった。
そこで見る田楽舞ならば、あるいはもっと楽しめたのではないか。
そんな夢想じみた考えを、義貞は苦笑交じりに打ち消した。
――逃げるのは、まだ早いか。
新政は始まったばかりなのだ。
新たな世を作るのは、これからだ。
――ここで投げ出しては貴殿に合わせる顔がないな、金澤殿。
武士も公家も民百姓も、目の前にいる田楽一座の少女たちも、みなが笑って暮らせる世を作る。それを果たせずして、なんのためのいくさであったか。なんのための犠牲であったか。
――やってやるさ。
先程まで彼の心を支配していた悲しみや怒り、もどかしさ――そんな鬱屈した感情が、急速に晴れていく。代わって、形容しがたい安らぎが彼の体内を支配していった。
その不思議な感覚に、彼は酔った。
この心地よい感覚に、いつまでも包まれていたい。
このまま時が止まってほしいとさえ、彼は思った。
安らぎは、やがて眠気を誘う。
宴は既に跳ねている。忠顕は未だ酒杯を離さず、時折、道誉の調子外れな高笑いが部屋中にこだましたが、そんな彼等を横目に見ながら、千種家の従僕たちは手際よくその場を片付け始めていた。
――今日も長い一日であった。
ふーっと大きく息を吐いて、義貞は目を閉じた。
微睡の中で、彼は夢を見た。
貞将と酒を酌み交わしながら、田楽舞を愉しんでいる。
その場に居並ぶ誰の笑顔にも、一点の曇りもない。
北条高時も、赤橋守時も、大仏貞直や足利尊氏も。
父貞顕も、弟貞冬も、そして長崎父子も――。
みなが屈託のない笑顔で相語らいながら、田楽舞を見ていた。
一座の中に、ひときわ目を引く美しい少女がいる。
少女が時折向けてくる可憐な微笑みに、貞将が手を振って応じる。
そのさまをからかうように、義貞は軽く小突いてみせる。
貞将は面映ゆげに笑いながら、義貞を小突き返す。
襖の隙間から差し込むやわらかな陽光が、そんなふたりを白く浮かび上がらせる。
それは義貞が強く願い、ついに叶うことのなかった、鎌倉の夢であった。
0
お気に入りに追加
11
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~
裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。
彼女は気ままに江戸を探索。
なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う?
将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。
忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。
いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。
※※
将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。
その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。
日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。
面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。
天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に?
周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決?
次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。
くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。
そんなお話です。
一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。
エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。
ミステリー成分は薄めにしております。
作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
白雉の微睡
葛西秋
歴史・時代
中大兄皇子と中臣鎌足による古代律令制度への政治改革、大化の改新。乙巳の変前夜から近江大津宮遷都までを辿る古代飛鳥の物語。
――馬が足りない。兵が足りない。なにもかも、戦のためのものが全て足りない。
飛鳥の宮廷で中臣鎌子が受け取った葛城王の木簡にはただそれだけが書かれていた。唐と新羅の連合軍によって滅亡が目前に迫る百済。その百済からの援軍要請を満たすための数千騎が揃わない。百済が完全に滅亡すれば唐は一気に倭国に攻めてくるだろう。だがその唐の軍勢を迎え撃つだけの戦力を倭国は未だ備えていなかった。古代に起きた国家存亡の危機がどのように回避されたのか、中大兄皇子と中臣鎌足の視点から描く古代飛鳥の歴史物語。
主要な登場人物:
葛城王(かつらぎおう)……中大兄皇子。のちの天智天皇、中臣鎌子(なかとみ かまこ)……中臣鎌足。藤原氏の始祖。王族の祭祀を司る中臣連を出自とする
鄧禹
橘誠治
歴史・時代
再掲になります。
約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。
だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。
挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。
歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。
上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。
ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。
そんな風に思いながら書いています。
魔斬
夢酔藤山
歴史・時代
深淵なる江戸の闇には、怨霊や妖魔の類が巣食い、昼と対なす穢土があった。
その魔を斬り払う闇の稼業、魔斬。
坊主や神主の手に負えぬ退魔を金銭で請け負う江戸の元締は関東長吏頭・浅草弾左衛門。忌むべき身分を統べる弾左衛門が最後に頼るのが、武家で唯一の魔斬人・山田浅右衛門である。昼は罪人の首を斬り、夜は怨霊を斬る因果の男。
幕末。
深い闇の奥に、今日もあやかしを斬る男がいる。
2023年オール讀物中間発表止まりの作品。その先の連作を含めて、いよいよ御開帳。
射干玉秘伝
NA
歴史・時代
時は鎌倉、越後国。
鎌倉幕府の侵攻を受けて、敗色濃厚な戦場を、白馬に乗った姫武者が駆け抜ける。
神がかりの強弓速射を誇る彼女の名は、板額御前。
これは、巴御前と並び日本史に名を残す女性武者が、舞台を降りてからの物語。
吉宗のさくら ~八代将軍へと至る道~
裏耕記
歴史・時代
破天荒な将軍 吉宗。民を導く将軍となれるのか
―――
将軍?捨て子?
貴公子として生まれ、捨て子として道に捨てられた。
その暮らしは長く続かない。兄の不審死。
呼び戻された吉宗は陰謀に巻き込まれ将軍位争いの旗頭に担ぎ上げられていく。
次第に明らかになる不審死の謎。
運命に導かれるようになりあがる吉宗。
将軍となった吉宗が隅田川にさくらを植えたのはなぜだろうか。
※※
暴れん坊将軍として有名な徳川吉宗。
低迷していた徳川幕府に再び力を持たせた。
民の味方とも呼ばれ人気を博した将軍でもある。
徳川家の序列でいくと、徳川宗家、尾張家、紀州家と三番目の家柄で四男坊。
本来ならば将軍どころか実家の家督も継げないはずの人生。
数奇な運命に付きまとわれ将軍になってしまった吉宗は何を思う。
本人の意思とはかけ離れた人生、権力の頂点に立つのは幸運か不運なのか……
突拍子もない政策や独創的な人事制度。かの有名なお庭番衆も彼が作った役職だ。
そして御三家を模倣した御三卿を作る。
決して旧来の物を破壊するだけではなかった。その効用を充分理解して変化させるのだ。
彼は前例主義に凝り固まった重臣や役人たちを相手取り、旧来の慣習を打ち破った。
そして独自の政策や改革を断行した。
いきなり有能な人間にはなれない。彼は失敗も多く完全無欠ではなかったのは歴史が証明している。
破天荒でありながら有能な将軍である徳川吉宗が、どうしてそのような将軍になったのか。
おそらく将軍に至るまでの若き日々の経験が彼を育てたのだろう。
その辺りを深堀して、将軍になる前の半生にスポットを当てたのがこの作品です。
本作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。
投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
時代劇大賞のエントリーに相応しい作品ですね。会話が現代口調ではないところに共感を持てます。私は新田義貞のファンですが…それに滅ぼされるのでしょうか…別の展開があるのでしょうかねぇ…頑張って下さい。
ありがとうございます。
新田義貞は僕もとても好きな武将の1人です。権謀術数渦巻く時代に数少ない好漢。同じ匂いを持つ本作の主人公の親友にするなら彼しかない!と思いました。
ここから物語はいよいよ破滅に向かって突き進みます。今後の展開にもご期待いただければ幸いです。
よろしくお願いします。