鎌倉最後の日

もず りょう

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「いったい、どうなっているのだッ!」
 珍しく我を失って、長崎高資が叫んだ。
「主上が隠岐を抜け出されただと。どういうことだ」
「はっ。されば――」
 その剣幕に怯えて声を震わせながら、早馬の使者は告げる。
「風雨に紛れて密かに仮御所を抜け出し、小舟にて伯耆へ渡られたるよし。手引きせしは名和長年と申す土豪にて、もとより幕府に遺恨を抱きし者とのこと」
「小癪な」
 高資は憎々しげに吐き捨てる。
「あれだけ痛い目を見ていながら、まだ諦めきれぬのか。島流しでは足らぬと申されるのならば、いっそ今度は――」
 さすがに、その言葉のつづきは呑み込んだ。
「いかがいたす」
 弱々しい声を発したのは、僧形の北条高時である。往時の発言力はいくらか影を潜めていたが、そこはやはり絶対的な地位を誇る得宗の身である。その口から発せられた言葉は、たとえ執権といえども無視することはできない。
「と、申されますと」
 律義な守時が問いかける。
「上方からの報せによれば、息を吹き返した楠木なる悪党がなかなかしぶとく、手こずっておるという。その様子を見て、密かに朝廷方と誼を通じる輩も出てきておるそうな。早いうちに芽を摘んでおかねば、取り返しのつかぬことにもなりかねぬ」
 凡愚といわれた高時だったが、しばらく世俗から離れ、書見に明け暮れていたせいか、以前とは別人のように穏やかで、理路整然とした語り口になっている。
「むろん、言われるまでもござらぬ」
 ムキになって言い返す高資のほうが、むしろ平静を欠いているように見えた。
「早速にも軍勢を京へ送り込みましょうぞ」
「誰に総大将を命じる」
「ここは、やはり源氏の棟梁のお出ましでござろう」
 どこか揶揄するような口調で、高資が言う。
「足利殿にふたたび出陣を促しまする。よろしいな、太守」
「ううむ……、やむをえぬか」
「待たれよ」
 貞将が鋭い声を発する。
「足利殿は先のいくさに赴かれたばかりでござる。将兵等の疲労も未だ取れてはおりますまい」
「さよう、そもそも先の出陣はお父上貞氏殿の喪も明けぬうちに無理矢理お願いしたもの。それから一年も経たぬ今、ふたたび京へ行けとは、あまりにも酷であろう」
 守時が同調する。
 高資はしかし、フンと鼻先であしらうように笑って、
「かわいい妹の婿殿を守りたいお気持ちはようわかりまするが、誰か代わりを務められる者がおりますかな。よもや執権殿おんみずから出向かれるわけにもまいりますまい」
 挑むような口調で言った。
「儂は、行ってもかまわぬぞ」
「それは、ならぬ」
 高時の叱声が飛んだ。
「現職の執権がこの鎌倉を離れるなど、あってはならぬこと。承久の乱の折も、かの元寇の折でさえも、執権は鎌倉を守りつづけた」
「お言葉ですが、太守。此度のいくさは承久の乱にも元寇にも勝る一大事にござりまする。これを鎮められなければ幕府は滅亡いたしましょう。現職の執権とて手を拱いておってよい情勢ではござりませぬ」
「いや、たしかに太守の仰せられるとおりでござりましょう」
 興奮する守時を落ち着かせるように、貞将がやんわりと制した。
「今が未曽有の難局であることに、それがしとて異存はござりませぬ。それゆえにこそ執権殿には、この鎌倉にしかと腰を据え、睨みを利かせていていただきたい。混乱に乗じて悪事を企てる不心得者が現れぬともかぎりませぬゆえ」
 そう言って、横目でちらりと高資のほうを見遣る。
 高資は、聞こえぬぐらいの小さな舌打ちを、ひとつした。
「しかし、金澤殿。やはり足利殿に出陣を強いるのは、いかがなものか」
「それがしがまいりましょう」
 強い口調で貞将は言い切った。
「それがしならば執権でも連署でもありませぬ。とはいえ歴とした北条一門。憚りながら前執権金澤貞顕の息子でござれば、格としては申し分ござりますまい。加えて、それがしには六波羅探題を務めた経験がござる。京の地理にも通じ、懇意にしていた公家衆もいくらかはおりますれば、此度のお役目をいただくのには相応しいかと」
「しかし……」
 戸惑いを見せる守時の言葉に覆い被せるようにして、
「おお、それは願ってもなきこと」
 高資の大きな声が部屋中に響き渡った。
「金澤殿ならば総大将として申し分ござりませぬな。太守、いかがでござりましょう」
 執権の守時は一顧だにせず、あえて一度は隠退した身である高時に先にそう問いかけるのは、それだけ得宗の持つ力が強いことの現れである。このやり取りに誰ひとり違和感を覚えぬところに北条権力の構造の歪さがあったともいえる。
「ううむ……」
 高時は腕組みをして考え込む。
「何を悩まれまする、太守。金澤殿が鎌倉から精鋭を率いて駆けつければ、京で苦戦いたしておる味方の兵も勇気百倍いたしましょう。さすれば我等の勝利は疑いなしでござりまするぞ」
「わかっておる。貞将ならば間違いなく我等の期待に応える働きを示してくれよう。しかし――」
「しかし、なんでござりまする」
「少し考えさせてくれぬか」
「考える? 何をでござりまする」
 険のある口調で問い詰めようとする高資を制するように、
「事は重大ぞ。一晩ゆるりと考えさせてくれ」
 高時はそう言い捨てて、席を立った。
 高資はその背中を見送りながら、
「やれやれ、太守の優柔不断には困ったものだ。京へは予定どおり足利高氏を向かわせまするぞ。それでよろしいな」
 聞えよがしに大きな溜息を吐いた。

 その夜――。
 貞将は突然、高時から呼び出しを受けた。
 今すぐ屋敷へ来て欲しいという。
 ――何事であろうか。
 貞将は訝しんだ。
 高時との関係は決して良好ではない。特に高時のほうは、貞将に寄せられる人々の信望を快く思っておらず、かつては対立に近いような間柄だったこともある。そんな高時から呼び出しを受けるのは、思い返せば田楽舞の後、桔梗を助けた時以来のことだった。
 今となっては繰り言に過ぎないが、思えば、あの頃ならばまだ幕府を立て直す術はあったのかもしれない。あの時点で長崎父子を誅し、朝廷との関係をきちんと築き直すことができていれば、主上とて二度にわたる蜂起には及ばれなかったのではないか。
 そのためにできることが、自分にはあったのではないか。
 衆望を集めていることは、わかっていた。だが、おのれの自信がそれに追いついていなかった。世人が自分を過大評価し、時に幻想さえ抱いていることを重荷に感じるあまり、知らず知らず逃げの姿勢を取っていた自分が、今さらながら不甲斐なく思われる。
 失敗してもよかったではないか。
 あの時、衆望を後ろ盾として自分が幕府の立て直しに立ち上がるべきだったのだ。
 もしかしたら長崎父子の手で潰されていたかもしれない。だとしても、
 ――金澤貞将も、期待したほどの人物ではなかったということか。
 と、嘆かれればよかっただけの話なのだ。あるいは、おのれはそうなることを恐れていただけではないのか。
 せっかく集まった衆望が離れていくのが怖かっただけではないのか。
 そう考えると、叫びたくなるような衝動に襲われた。
 恥ずかしさと、やるせなさ、後悔の念――。
 胸の奥底から湧き上がるさまざまな感情が、咽喉を破り、叫び声となった噴き出してきそうだった。
 ――はたして、まだ間に合うのか。
 自問する貞将。
 しかし、
 ――ええい、私はまた同じ過ちを繰り返すつもりなのか。
 すぐにそれを頭の中で打ち消した。
 間に合うかどうかを今、考えていても仕方ない。間に合えばそれでよし、間に合わなければ、その責めをおのれ自身が負うまでだ。その覚悟があるかどうか――肝心なことは、ただそれだけだ。
 ――よし。
 確固たる決意を胸に秘めて、貞将は立ち上がった。

「おお、よく来てくれた」
 貞将の来訪を迎えたのは、高時ひとりではなかった。
「突然、このような形でお呼び立ていたし、申し訳ござらぬ」
 いつもながら誠実な口調で頭を下げたのは、執権赤橋守時だった。
「これはこれは、赤橋殿」
 貞将にとっては、意外な組み合わせであった。何しろ高時と守時のふたりも、これまで決してうまくやっているというわけではない。守時の人柄ゆえに表立って険悪な空気こそ生まれていないが、高時が守時のことを貞将と同様、快く思っていないのは明白だった。
「まあ、座るがよい」
 そんなふたりを招いた当の高時は、至って愛想よく笑顔を振りまいている。何かこそばゆいような感覚さえおぼえながら、勧められるままに腰を下ろした。
「こうしてそなたたちを呼んだのは他でもない。昼間の評定のことだ」
 高時が切り出す。
「そなた、鎌倉の軍勢を率いて京へまいると申したな」
「申しました」
「どうするつもりなのだ」
「えっ」
「京へ向かうのではあるまい」
 高時の鋭い眼差しが、貞将を捉えた。
「何を仰せらせます、太守さま。それがしは京へ上り、謀叛人どもを退治してまいる所存でござりまする」
「金澤殿」
 横合いから守時が言葉を挟んだ。
「貴殿は、その兵力をもって君側の奸を――長崎高資を討とうとなされているのではないか」
「なんと」
「今日の貴殿は、これまでとは様子がまるで違っていた。何か悲壮な決意を胸に秘めているように、それがしには感じられたのだ」
「ですから、それは京へ上って謀叛人どもを倒すという――」
「貞将よ」
 高時の声が、強張っている。
「そなたは高資を討った後、この儂をも討ち取る所存であるのか」
「滅相もない。誰がそのような僻事を――」
 貞将は身を乗り出すようにして、
「たしかに、お二方が仰せのとおり、今の幕府がなさねばならぬことは何を措いても奸臣の排除でござりまする。奸臣とはすなわち長崎高資がこと。殺しはせぬまでも彼の者を捉えて何処かへ幽閉し、まつりごとの場から立ち去らせられればと、考えなかったと申し上げれば嘘になりまする。しかしながら、太守さまにまで危害を加えようなどとは、断じて……」
「そうか」
 高時は肩を落として、
「高資を排除できれば、儂ごときはいてもいなくても同じというわけだな」
 皮肉げに笑ってみせる。
「太守さま!」
「わかっておる」
 高時は大きな声で制して、
「少し困らせてやりたくなっただけだ。そなたの心根がどのようなものかは、よく知っておる」
 今度はやわらかく微笑んでみせた。
「のう、守時。やはり儂の言ったとおりであったろう」
 傍らの守時を見遣りながら、
「今の鎌倉を束ねる執権には、この貞将こそ相応しい」
「いかにも、そのとおりにござる」
「し、しばし……、しばしお待ちを!」
 貞将は慌てて手を振り、
「お二方とも、何を仰せか。それがしごとき若輩者に、そのような大役が務まるはずがござりますまい。執権は赤橋殿、貴殿こそが適任と存じまする」
「なんの。儂とておのれの才覚がいかほどのものかは、ようわかっておる」
 守時は寂しげに笑いながら、
「この鎌倉を守りたいと思う気持ちは、誰よりも強けれど、儂は所詮、一介の武辺。御家人たちを束ねて天下のまつりごとを行うような器ではない」
 そう呟いた。
「儂とて同じぞ」
 高時がそれにつづく。
「いや、同じと申すは些かおこがましいかもしれぬな。守時には武人としての器量があるが、儂にはそれすらもない。為政者としても武人としても、もっといえばひとりの人間としても、儂はまるで駄目だ。人の上にも人の下にも立つことのできぬ、木偶の坊よ」
「さようなことは――」
 打ち消そうとした貞将を、高時の鋭い眼差しが射抜いた。
「忖度は要らぬ。今は危急存亡の時ぞ」
 貞将は口を噤む。
 高時の語調には、これまでこの人物から一度として感じたことのないような力強さがあった。何か別人に生まれ変わったかのような、そんな感覚さえ覚えるほどだった。
「わが北条家は代々この鎌倉より天下のまつりごとを司り、世に平穏をもたらしてきた。そのためには時に身内で血を流し、多くの悲劇を生み出してもきた。しかし、それもみな武家の世を永続せしめんがための、やむにやまれぬ痛みであった。我等一族の血と汗と涙の上に築き上げられた、この武家の世が今、揺るがされようとしている。揺るがさんとする張本人は言うまでもなく京におわす主上だが、その震源は京にあらず。この鎌倉にある。儂にはようやくそのことがよくわかった」
 守時も貞将も静かに聞き入っている。
「鎌倉にある震源――それは言うまでもなく長崎父子だ」
 高時の口から、驚くべき言葉が飛び出した。
「儂は円喜を信じていた。彼奴は権力欲の権化のような男だが、それに見合うだけの才覚は持っている。儂が傀儡に甘んじることで彼奴が思うままにまつりごとを動かすことができれば、それはそれなりのことをやるであろうと思った。彼奴の欲望を満たしておいて、儂は儂で好きな田楽舞や闘犬にかまけておればよい。これほど楽なことはないと、あえておのれを殺した」
「……」
「息子の高資は、円喜に比べれば数段劣る俗物だ。そのこともわかっていた。だが、一度堕落した暮らしを元に戻すことは難しかった。俗物ながら小才の利く高資に、いつしか儂はまたしてもすべてを丸投げするようになった。その結果が今の有様だ。幕府は人の和を失い、武士たちの信頼を失い、主上の謀叛に屋台骨を揺さぶられた。そんな中――円喜はこの儂を亡き者にせんと企みおった」
「なんと」
「わが屋敷で催した田楽舞の宴に刺客が入り込んだであろう。あれは円喜の差し金よ」
「まさか、そのような」
「あの折、刺客は太守さまだけでなく高資をも狙うておりました。円喜が放ったのであれば、よもや高資を襲いはいたしますまい」
 守時も慌てた様子で口を挟む。
「なんの、円喜の奴、儂と高資をもろともに葬り去ろうとしおったのよ」
 高時はそう言って、凄絶な笑みを浮かべてみせた。
「まったく羅刹の如き男よ、あの長崎円喜という奴は」
「信じられませぬ。わが子を犠牲にしてまで権勢を欲するとは」
 怒りを露わにした守時に向かって、
「さにあらず」
 高時は首を振った。
「円喜が欲したのは、権勢などではない」
「では、何を――」
「鎌倉の将来よ」
「鎌倉の将来?」
「円喜はな、この鎌倉を立て直し、ふたたび天下を平らかにするためには、この儂が生きていてはならぬということに気付いたのだ。儂のような愚物が上にいては、幕府はまとまらぬ――そう思い、儂を消すことにしたのであろう」
「それでは、高資はいかがあいなります」
「高資に器量がないことぐらい、円喜とてわかっていよう。儂もろとも消し去ることで、幕府を刷新するつもりだったのではないか」
「刷新――しかし、その上は結局のところ、おのれが実権を握る肚積もりだったのでは」
「さあな。そこのところはなんとも言えぬ。だが、儂は違うのではないかと思っている」
 高時は、ふたりの顔を交互に見遣って、
「あるいは円喜はこの鎌倉をおぬしらに託そうとしているのではないか」
 言葉とは裏腹に、確信に満ちた口調で言った。
「特に貞将、円喜はかねてよりそなたを認めていた。いや、恐れていたといったほうがよいかもしれぬ。かつて権勢を恣にしていた頃は、彼奴にとってそなたは脅威だったであろう。しかし、彼奴が権勢よりも鎌倉の将来を考えるに至った今、そなたの存在は希望に変わった。儂がいなくなれば守時は躊躇うことなくそなたを重用できよう。そして、いずれはそなたが執権の職務を引き継ぐ。御家人たちの信望がことのほか篤いおぬしらふたりが幕府の頂点に立てば、まだ巻き返す機会はある――円喜はそう睨んだのに違いない」
「信じられませぬ。あの円喜が、そのような……」
「円喜の時勢を見る目はたしかぞ。実際、あの折に儂と高資が命を落とし、おぬしらによる新しい幕府が生まれていれば、たとえ主上が隠岐を脱出なされたとしても、此度ほどの大事には至っていなかったかもしれぬ。諸国の武士たちが新たな幕府の姿に期待を示し、これを支えようとする思いが芽生えていたならば、潮流が変わっていた可能性は大いにある。だが、現実には――」
 高時は苦渋に満ちた表情で、
「儂も高資もこうして生き残ってしまった。円喜は希望を失ったのか、あれ以来、体の具合が優れぬというて表にあまり出てこなくなり、高資の専横はいよいよ強まるばかりだ。先程、京への派遣を命じられた足利高氏の憤懣に満ちた様子が、儂には忘れられぬ」
 たしかに、評定が終わってすぐに高資からふたたび京への出陣を命じられた高氏は、前回とは打って変わって、あからさまに不服そうな顔をしていた。いつもながら居丈高に命を下す高資を睨みつける眼差しには、憤怒の色が明らかに浮かんでいた。
「いつかこの鎌倉は内側から崩れてしまう――儂はこのところ日夜、悪夢にうなされている。儂がこうして生きていることが、この鎌倉に災いをもたらしてしまうとすれば……、儂は父祖に対して、どのように申し開きをすればよいのか」
 高時の声が震え、その双眸から涙が零れ落ちる。まだ三十四歳だというのに、その肌は乾き、皺も増えて、さながら老爺の如き様相を呈し始めていた。
 かつてあれほど乱倫をきわめた精気も今は見る影もない。だが、それゆえにこそ、
 ――この人は生まれ変わることができたのではないか。
 貞将には、そう感じられた。
 おそらく高時は、根っからの庸人でも悪人でもないのだろう。若くして亡くなった彼の父貞時は傑出した人物として今なお御家人たちから畏敬の念を抱かれており、高時はそんな父を持ったことに引け目を感じ、性格を歪めていった。いってみれば、そうした不幸な劣等感こそが高時を暗君たらしめていたのだ。
 その高時が、唯一無二の味方と盲信していた長崎円喜に裏切られたことで、逆に憑き物が落ちたような邪気のない表情を垣間見せたことは、貞将の胸にかすかな希望の火を灯させた。
「太守さま!」
 背筋を伸ばした貞将が、ひときわ声を張り上げる。
「まだ間に合いまする。私たちの手で鎌倉を甦らせましょう」
「おお、そうだ。よくぞ申された、金澤殿」
 守時も声を上ずらせて応じた。
「太守さま、お気を強う持たれませ。この鎌倉には多くの御家人衆がおりまする。幕府を――武家の世を守るために戦う、頼もしき武者どもでござりまする。われら北条一門は、その武者どもの上に立つべき存在。今こそ我等がひとつになって天下にその力を示す時でござりまするぞ」
「ううむ」
 高時は苦しげに俯いている。
「太守さま」
「わかっておる。わかっておるが、円喜が……、円喜がなんと申すか」
「この期に及んで、まだ円喜に気兼ねなされるか」
「彼の者は、儂の父親代わりなのだ。おぬしらは嗤うかもしれぬが、儂はやはり円喜が怖い」
「わかりました」
 貞将が強い口調で言った。
「それがしが円喜と話をつけてまいりましょう。これより我等がなそうとすることに、いっさいの口出しは無用であると」
「そ、そのようなこと、円喜が許すはずは――」
 慌てて腰を浮かせようとする高時を、守時が穏やかに制した。そして、
「金澤殿、見込みはござるのか」
 やわらかく問いかける。
「わかりませぬ」
 貞将は即座にそう切り返した。
「わかりませぬが、手を拱いている暇はありますまい。今はただ誠を尽くして話し合うのみでございましょう」
 勢いよく立ち上がり、足早に歩き出す。
 その後ろ姿に向かって、
「頼む、貞将!」
 高時が叫んだ。
「鎌倉を救えるのは、もはやそなたしかおらぬ。もし円喜が儂の命を望むならば、喜んで差し出そう。それでこの鎌倉がかつての力を取り戻せるならば、安いものだ」
 貞将はその言葉をしっかりと背中で受け止めた。
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