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思い出~海の回顧録㉖

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 すぐに和哉さんのアパートへ行こうとして、今から行ったら門限までに帰宅出来ないと気付いて諦めた。
 帰宅してから何度連絡しても、和哉さんのスマホは電源が切られていて繋がらない。
翌日、学校に行くと、心配した悠斗が
「どうだった?」
と聞いて来た。
「最悪……。あいつにキスを迫られて、その現場を見られた」
俺の言葉に、悠斗が一瞬声を無くす。
「マジかよ。そんなタイミング悪く?」
顔が強張る悠斗に
「取り敢えず、学校終わったらアパートに行って来る。話を聞いてくれるか分からないけど、やるだけの事はやってみるよ」
そう言って、力無く笑った。
授業を受けても、不安で仕方なかった。
あの……哀しそうな、泣き出しそうな笑顔で
「バイバイ」
と言われた言葉が離れなかった。
目を閉じると、その時の情景が浮かぶ。
どうか話を聞いてくれますように……っと祈りながら授業を終えて、俺は走って和哉さんのアパートへと向かった。
いつもの部屋の鍵を開けて、俺は呆然と佇んだ。
そこはもう、もぬけの殻だった。
鞄がドサリと落ちる音が聞こえて、それが自分の持っていた鞄だったとわかるまで時間が掛かった。
(嘘だろう?……全部、全部無かった事にするのかよ!)
そう思った時、背後に人の気配がして慌てて振り向くと、小関弁護士が立っていた。
「まさかと思っていたが、良くもまぁ……来れたもんだな」
蔑んだ目をして俺を見ている小関弁護士は、俺に手を差し出した。
「?」
疑問の視線を投げると
「合鍵、返してくれ。それが無いと、この部屋の鍵を入れ替えないといけなくなるからな」
そう言われた。
「和哉さんは? 和哉さんに会わせて下さい!」
俺が懇願すると
「和哉をあんなボロボロにした奴に、会わせる訳が無いだろうが」
そう言われて
「違うんです! あれは、誤解です!」
必死に食い下がったけど
「誤解? そんなの知らねぇよ。これ以上あいつに付き纏うなら、警察に突き出すぞ」
そう言われてしまう。
でも、ここで引き下がったら、本当に終わってしまう。
「突き出されても構いません! 和哉さんの噂を流したのが、和哉さんの元カレだと聞きました。もしかしたら、まだ、和哉さんを狙っているかもしれません。だから……」
「だとしたらなんだ! あいつが今苦しんでいるのは、お前の裏切りだ! 何をしたのかなんか、聞きたくも無いし知りたくも無い。二度と和哉の前に顔を見せるな!」
吐き捨てるように叫ばれ
「鍵を返す気が無いなら、勝手にしろ」
と言い捨てると、小関弁護士は俺に背を向けて歩き出した。
「裏切ってなんかいません! 俺は……和哉さんを絶対に裏切ったりしません!」
いくら叫んでも、小関弁護士は振り返る事無く車に乗り込んで去ってしまった。
(あの人の所へ行ったのか……)
俺は茫然と車を見送り、キーケースから鍵を抜き取った。

あの日、俺の背中に乗って
『キーケース、開けてみ』
そう言われてキーケースを開くと、俺の背後に抱き着いたま
『これ、この部屋の鍵。毎日、玄関の前で待たれるの困るから、中に入って夕飯作って待ってて』
そう言ってくれた和哉さんの温もり。
「良いんですか?」
って聞いた俺に
『良いもなにも……。もう上げたんだから、返品不可な。それから、合鍵それ一個しかないから、無くすなよ!』
そう言ったのは……和哉さん、あなたじゃないですか。
「嘘吐き……」
ぽつりと呟いた。
この言葉を聞いたら、あなたは何て言うのかな?
『お前が僕を放っておいたからだろう!』
って言って、怒るのかな?
それとも又、俺は消された存在にされるのかな?
鍵をもらった時、嬉しくて抱き着いた俺に
『お前、うざいよ!』
って笑ってた笑顔はもう、此処には無い。
俺はキーケースから取り出した鍵を握り締め、空っぽの部屋をもう一度見つめてドアを閉めた。
部屋の鍵を閉めると、合鍵を郵便受けへと落とす。
和哉さん……本当にこれで終わりですか?
あなたにとって、俺はその程度の人間だったのですか?
心が死んだみたいだった。
世界は灰色で、全てがモノクロに見えた。
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