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思い出~海の回顧録⑧

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 先生と再会した後、部活で忙しくてすれ違いが続いていた。
どうしたら会えるのか悩んで、次の家庭教師の授業後に自宅を突き止めてみようと考えたんだ。
今思えば、完全にストーカー。
ただの危ない奴だけど、あの頃はそんな事を考える余裕さえも無かった。
改札を抜けて、大通りを過ぎた細い路地に入る。すると、曲がり角を突然走って曲がってしまう。慌てて追い掛けると、先生の姿はもう無かった。
失敗したか……と諦めた時
「さっきから付け回しているのは、きみだったわけ?」
呆れた顔をした先生が背後に現れたのだ。
その瞳は俺を見つめていて、「渚の兄貴」という認識はしているようだった。
突然現れた先生に言葉が浮かばなくて
「あんたと……、2人で話がある」
そう絞り出した言葉に、先生は溜め息を吐くと
「じゃあ、うちそこだから入れば?」
と、二階建てのアパートを指差した。
さすがに上がり込むのは悪くて、玄関先で失礼しようと思っていた。
先生はポケットから鍵を出すと、一階の最奥の部屋のドアに鍵を差し込む。
隣に並ぶ先生は相変わらず細くて、鍵を差し込んで俯いた目元に長い睫毛が影を作る。
『ガチャリ』
と鍵の開く音が響き、先生がドアを開けて中に入った。俺も後に続いて中に入ると、先生は部屋の電気を点けながら部屋の奥へと入って行く。
入り口すぐ右手に小さなキッチンがあり、左手にドアが2つ並んでいる。
先生は目の前のドアを開けて
「入れば?」
と言って俺の顔を見た。
ドア越しに見えた先生の部屋は、窓際にベッドが置かれ、手前にテーブルが置かれているのが見えた。あまり物が無さそうな部屋に、足を踏み入れるのが躊躇われた。
「いや、玄関で結構です」
遠慮してそう言うと
「何? ゲイの部屋は、危なくて入れない?」
嫌味たっぷりに言われて、思わずカチンとしてしまう。
そんなんじゃないのに……。
先生はあくまで、俺が先生を否定していると思いたいんだ……と思った。
中に入り座卓がある場所へ座ると、先生は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して目の前に置いた。
座卓のある場所の前には、ノートパソコンとプリンタが置かれた机があり、その横には難しそうな本が並ぶ本棚がある。
ぼんやりと本棚を見つめていると、先生が開け放たれたドアの入り口に凭れて俺を見下ろし
「で、話ってなに?」
と、声を掛けた。
冷めた冷たい目線に、俺は正座している膝の上の手を握り締める。
(嫌われる覚悟で来たんだ……)
心の中で覚悟を決めて
「渚の家庭教師を辞めて下さい」
と、本心では無い言葉を吐き出す。
すると、やっぱりという顔をして
「渚君は続けて良いって言っていたけど?」
そう返事を返して来た。
その言葉に、あの日、渚が俺に文句を言って来た意味を知る。
成程、渚は信用出来て、俺は信用出来ない訳ね……。
そう思いながら
「あいつは世間知らずなんです」
と言って先生を見上げた。
 少しでも気を緩めたら、気持ちが溢れそうだった。
手を伸ばせば触れられる距離に、大好きな人が居る。その感情を悟られないように、必死に冷静さを装おっていると
「何? 僕が渚君に何かするって言いたいの?」
イライラした顔で俺を見下ろす。
「しないとは、言い切れないですよね?」
拳を握り締め、先生が傷付くであろう言葉を紡ぐ。すると先生は深い溜め息を吐いて
「じゃあ、なに? きみは女性なら、見境無く襲う訳?」
そう言って、俺を馬鹿にしたように笑う。
「話をはぐらかさないで下さい!」
さっさと話を切り上げて、帰ろうと思った。
でも先生は、益々怒り出して
「はぁ? はぐらかしてないだろう? じゃあなに? 恋愛対象が男だと、僕は家庭教師をしちゃいけない訳?」
そう怒鳴って来た。
 こんなに感情を露わにする先生を見たのは初めてで、そんなに渚と離れたく無いんだと思った。
俺とはさっさと離れたくせに、渚には無条件に笑顔を向けて……。
そう考えたら、嫉妬心に火が着いた。
「そうとは言ってない! ただ、渚の家庭教師は辞めて欲しいと言ってるだけだ。俺にとって、目に入れても痛くないくらいに可愛い弟なんだ。あんたみたいな尻軽に、渚を近付けて汚したくないんだよ!」
思わず発した言葉に、先生がブチ切れた。
「はぁ? 誰が尻軽だよ! 汚すって何だよ!」
『憤慨』と書いてある先生の顔を見て、俺の心が冷えて行く。
「男と身体中キスマークだらけにして、ラブホから出てくる人間が、尻軽じゃなかったら何なんだよ! 汚らわしい!」
もう……終わりにしたくて、吐き捨てるように呟いた。きっと激怒して、部屋を叩き出されると思った。
……もう、限界だったんだ。
あの日の俺の事を覚えていないこの人は、きっと又、俺を忘れるのだろう。
可愛い渚の、ムカつく兄貴。
俺の位置は、そこから変わらない。
そう思った時
「ふぅ~ん。なんであの一瞬で、僕の身体中がキスマークだらけだなんて分かったんだよ」
と、確信を突かれた。
ギクリとして、もうここから逃げ出そうと
「とにかく、渚の家庭教師は辞めてもらいます!」
そう叫んで立ち上がった。
すると先生はニヤリと悪い笑顔を浮かべ、俺に足早に近付くと首に手を回し
「分かった。辞める代わりに、条件がある」
誘うような視線で俺を見上げた。
見つめてしまうと、抱き締めてしまいそうだった。
だから慌てて視線を逸らし、この状況から抜け出す事を必死に考えながら
「条件ってなんだよ」
と答えると、回された手から先生の体温が伝わって来て切なくなる。
きっと、この身体を抱き締めたら、なけなしの理性がぶっ飛ぶと感じた。
視線を逸らす俺の顔を見つめる先生の、艶かしい視線が毎晩見ている夢を思い出す。
『海……』
俺を呼ぶ甘い吐息と、俺に縋り着く細い腕。
(本人が目の前に居るのに……思い出すな!)
先生の身体を引き剥がそうと、先生の肩に手を置こうとしたその時、首筋に柔らかい感触が触れた。
(え?)
驚いて固まっていると、首のラインをなぞるように先生の舌が俺の首筋を辿る。
真っ赤な顔をして先生を見下ろすと
「僕とセックスして、快かったら辞めてあげる」
にっこりと妖艶な笑みを浮かべ、甘えるように胸元にしなだれかかって来ると、上目遣いで俺の顔を見上げた。
それは夢で見た俺の妄想なんかを遥かに上回る程に色っぽくて、かき集めた理性が音を立てて木っ端微塵に砕け散った。
すると先生は目を据わらせて俺を見上げる
その視線にいたたまれず、俺は視線を逸らした。

「………」
「………おい」

先生はそう言うと、ズボンの上から反応してしまっている部分をやわやわと握り
「これ、なんだよ」
と、楽しそうに笑いながら聞いて来た。
本音を言えば、先生を突き飛ばして逃げ出したい。でも身体は正直で、慣れた手付きで刺激を与える先生の手に、応えるように硬くなる。
これ以上されたら、我慢が出来なくなる。
先生が怒って手を放す言葉を探し
「お……お前が、物欲しそうにするからだろうが! 気持ち悪い手を離せよ!」
必死に叫んだ。
すると先生は刺激する手を止めずに、目を据わらせて
「ふぅ~ん…」
と呟くと、ゆっくりと俺から身体を離した。
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