風の声 森の唄

それぞれの想い②

「ふぁ～」
　まだ、陽も昇らない早朝。
美咲は、あくびをしながら台所へと向かって歩いていた。
昨夜は結局、みんなで恭介が教えてくれる星座の話を聞いて遅くなってしまった。
普段は空が朝食の用意をしてくれているが、大龍神の神殿に行っているので、美咲が朝食を用意しようと思って早起きをしたのだ。
眠い目を擦りながら台所に行くと
「おはようございます」
と、空の姿があった。
「空さん？神殿に行ってたんじゃ無いんですか？」
驚いた顔をすると、空は微笑んで
「朝食の準備をしたら、すぐに戻ります。まだ早いですから、美咲さんはまだ寝ていて下さい」
空はそう言うと、手際よく料理を作っている。
「あの……空さん」
「はい？」
「空さんは……」
そう言い掛けて、美咲は唇を噛み締める。
（聞いてどうするの？それで、空さんから教授が好きだと言われても、困るだけなのに…）
思わず俯いてしまうと
「安心して下さい」
ぽつりとそう言われて、美咲は顔を上げる。
「恭介様の事ですよね？私はなんとも思っていませんから」
「え？」
思わず驚いて空の顔を見ると
「人間と私達龍神が結ばれると、寿命を縮めてしまうのです」
空はそう言うと、お味噌汁の蓋を閉めて
「私は、風太が7歳になるまでは死ねないですから」
と呟いたのだ。
「それ……どう言う……｣
「それ、どういう意味だ？」
空の言葉に美咲が呟いた言葉を、いつの間にか美咲の背後に立っていた恭介の言葉がかき消した。
「恭介様！」
驚いた顔をする空に
「どうせ朝早くに来て、食事の支度を終えたら又、姿をくらますんだろうと思って早く起きてみれば……｣
吐き捨てるように言うと、恭介は空に足早に近付くと腕を掴み
「彼女の墓は何処にある？何故死んだ？そしてお前は一体……何者だ？」
矢継ぎ早に質問する恭介に、空が怯えた目を向ける。
美咲も、普段決して言葉を荒げない恭介の姿に呆然としてしまった。
「教えろ！何故、名前が思い出せない？」
ギリギリと手首を締め上げる恭介に、空が苦痛の色を顔に浮かべた。
「教授！止めて下さい！」
慌てて美咲が止めると
「邪魔をするな！こいつは、俺の妻で風太の母親の鍵を握っているんだ！」
そう叫んだ恭介に、美咲の動きが止まる。
「え？　教授の妻？　風太君が子供って……どういう事？」
驚いて空を見ると
「何の話をなさっていらっしゃるのか、全く分かりません」
空はそう答えて視線を逸らした。
「完全では無いけど、思い出したんだよ。俺は大龍神の愛娘と結婚して、風太という名前の子供を授かった。そう……あんたが育てている風太は、俺と彼女の子供だ」
唸るような低い声で言われ、空が視線を逸らしたまま何も答えずに居ると
「また、黙りか？　まぁ、良い。あんたがそうするなら、俺も好きにさせてもらう」
恭介はそう呟くと、掴んでいた空の手を離して歩き出した。
「どうなさるおつもりですか！」
「どうしようと、お前には関係ないだろう！風太は俺の子供だ！　お前ら龍神は、俺から記憶を奪っただけじゃなく、妻と子供まで奪ったんだ！　風太が俺の子供だと分かった以上、あんたに俺から風太を奪う資格は無いはずだ！」
「奪うだなんて……」
思わず呟いた空に
「何？　実際、奪ってるでしょう？妻を殺されて、子供を見知らぬ他人に育てられてた俺の気持ち……あんたに分かる？」
冷たい眼差しで見下ろした恭介がそう続けた。
その姿は、突き放しているように見えて、実は怒っているのだと美咲は思って見ていた。