風の声 森の唄

古紫汐桜

文字の大きさ
上 下
29 / 32

それぞれの想い

しおりを挟む
(そんな風に無防備にされたら、余計好きになっちゃうじゃない!)
美咲が恭介から視線を落とすと、恭介が
「柳君?何処か具合でも悪いのか?」
と、声を掛けて来た。

いつだってそうだ。
冷たくされたかと思うと、こうやって優しくされて……。
だから、余計に諦められなくなる。

美咲はそう思いながら、息を吸って笑顔を作る。
「何がですか?元気ですよ。あ!教授。もしかして……『柳の憂い顔も可愛いな』とか思っちゃいました?だとしたら、ラッキ~!」
そう言って恭介の腕に触れようと伸ばした手を、美咲は思わずさ迷わせてしまう。
触れようと伸ばした恭介の手には、右手に風太の手が握られ、反対側には座敷童子が手を握っていた。

(遠いな……)

美咲は、そばに居るのに恭介が大学に居た頃より遠くに感じていた。
それは実質な距離というよりは、心の距離なのかもしれないと……美咲はそう思って俯いた。
その瞬間
「酷いよ!風太ちゃん!」
美咲の耳に修治の悲壮感ただよう声が聞こえて来て、ハッと我に返った。
声のした方に視線を向けると
「だってそうだろう? 恭介はハクシキ? でウヤマウ? けど、修治はただのバカだからな!」
って、風太に辛辣に言われていた。
ショックを受けている修治を可哀想に思ったのか
「こら、風太。そんな風に人を悪く言っちゃダメだろう」
と恭介が風太を嗜めていると、修治は慌てて恭介の背後に回り
「そうだぞ! お前らが知らないだけで、大学に戻ったら『きゃ~! 修治君、素敵!』って言われているんだからな!」
と反論している。
5歳児と本気で言い争っている修治だが、実は学校の成績は確かに良い。男女共に友達が多く、人気者ではあるが……。
しかし、「きゃ~!修治君、素敵」とは言われている所を見た事は無いなぁ~と美咲が考えていると、風太が哀れんだ目をして
「修治……。人はお前が思ってる程、お前の事をかっこいいなんて思ってないぞ。な!座敷童子」
と呟いのだ。
すると、普段はみんなに優しい座敷童子も思い切り頷いていて、美咲と恭介は思わず顔を見合わせてから爆笑してしまう。
「な!なんだよ!2人まで笑ったりして!」
修治がそう叫ぶと
「修治……察しろよ」
と、風太が残念そうな眼差しを修治に向けて呟くと、座敷童子も憐れんだ眼差しを向けて頷いている。
「ふ……風太ちゃん!……座敷童子ちゃんまで……」
ガックリと肩を落として修治が美咲に視線を向けると、お腹を抱えて爆笑している美咲を見て小さく微笑んだ。
 修治はここに来てから、美咲が辛い顔をしているのを幾つか見て決めていた事がある。
ひとつは、美咲の絶対的な味方でいる事。
そしてもうひとつは、美咲が笑顔になるなら、ピエロにでも何にでもなってやる事だった。たとえ自分の想いが、決して美咲に届かない想いだとしても……、修治は美咲を笑顔にしてあげたいと思っていた。
「あ! 恭介、流れ星だ!」
 美咲の笑顔を見つめていた修治は、風太の声に夜空を見上げた。
自分達が暮らす世界では、決して見る事の出来ない満点の星空に、修治は
(どうか、美咲が笑顔でいられますように……)
と、祈らずにはいられなかった。
しおりを挟む

処理中です...