野花のような君へ

古紫汐桜

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嫉妬

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その日の診察をなんとか終え、自室に戻るとはじめがワクワクした顔で待っていた。
こんな時は、はじめに犬の耳としっぽが見える。
「あ、今、丁度、出来上がりました」
と、満面の笑みで言われて皿に綺麗に盛り付けされたオムライスを見下ろす。
ふわふわの美味しそうなオムライスに、昼間見た光景が過ぎる。
「これ、お前が?」
そう聞くと、大きな尻尾をパタパタと振って
「とろっとろに出来たんで、食べてみて下さい!」
って言うから、無言でオムライスを口に運んだ。
口に入れて、口の中で香るバターの香りや、酸味が抑えられたトマトソースの味。全てが洗練されていて、明らかにはじめの素朴な味じゃない。
昼間の「ハルさん」とやらの顔が脳裏に過ぎり、思わずスプーンを投げていた。
「え?」
僕の行動に驚いたはじめに
「これ…お前が作ったんじゃないだろう?」
と思わず語尾を荒らげて言うと
「上の卵は俺です!」
って、反論して来た。
はいはい。2人の共同作業をわざわざ僕に食べさせたいわけか……。
そう考えたら腹が立ち、オムライスの皿を掴んでゴミ箱へ棄てようとした。
するとはじめは慌てて僕から皿を奪い、見た事の無い形相で僕を睨んだ。
「僕はお前が作ったご飯が食べたいと言ったのに、何故、他人の作った飯を食わされなくちゃならないんだ?」
腸が煮えくり返る思いを飲み込み呟くと
「それでも……、上の卵は俺が作ったし!それに……折角、ハルさんが作ってくれたのに……」
と、はじめの口から『ハルさん』という言葉が出て来て、(あぁ、やっぱりか…)とガッカリした気持ちになる。
僕はいつだって、性的対象に見られたとしても、恋人には選ばれない。
そう思って俯いていると
「酷いです……」
と、はじめがぽつりと呟いた。
(酷い?僕が?)
その言葉にジワジワと怒りが込み上げて来た。自分の恋人の飯を僕に食べさせて、「酷い」だと?
どっちがだよ!!
「ハルさん?あぁ、あの商店街にある喫茶店の美人さんか。何?お前、今度はあっちに鞍替えしたの?」
でも、口から出た言葉は怒りより嫌味になっていた。
信じていた……。
はじめは、はじめだけは他の奴らと違うんじゃないかって……。
でも、はじめは怒りに身体を震わせて
「……そんなんじゃないです」
と、短く答えた。
はじめの態度に、まるで僕が意地悪しているような気分になって苛立ち
「お前みたいな野獣は、お優しそうなああいうタイプに騙されるんだよな」
って、怒鳴りつけてた。
するとはじめは本気で怒ったらしく、僕を睨んで来た。
「何?その態度。お前、僕の下僕って分かってる?」
僕の言葉に、はじめが両手を握り締めた。
でも、反論もせずに黙ってオムライスをタッパーに詰めると、食器を洗って帰ろうとした。
あぁ、これで終わりなんだと思い
「……なんだよ。楽しそうに、買い物なんかしやがって!野獣の癖に生意気なんだよ!僕がダメなら、あの美人に抱いてもらうのか?色気だだ漏れの、お手軽そうな奴だもんな!」
って、吐き捨てるように叫んだ瞬間だった。
『ガン!』
という鈍い音が響き、壁がミシッと音が鳴った。
初めて見た、はじめの激怒した顔に思わず震え上がる。
「俺の事は何とでも言えば良い!でも、ハルさんを馬鹿にするのは許さない!」
地の底から這い上がるようなはじめの声に、(あぁ……、そんなに好きなんだ)
って、思い知らされた。
僕の知ってるはじめは、お店でどんな客に絡まれても、何を言われても怒った事なんか一度も無かった。
そんなはじめが、あんなに激怒する程に好きな相手なんだ……。
人は、あまりにも悲しいと笑うらしい。
思わず小さく笑った僕を、はじめは驚いたように目を見開いて見つめ返した。
「……け」
もう、限界だった。
でも、泣き顔だけは見せたくなかった。
だから最後の力を振り絞って
「出て行け!二度とお前の顔なんか見たくない!」
そう叫んだ。
はじめは何も言わず、怒ったように家を飛び出して行った。
(終わったんだ……)
って思った。
涙が込み上げて来て、僕はその場に崩れ落ちるように泣いた。
初めて、心から好きになった人だった。
こんな事になるなら、挨拶を交わすだけの関係で居れば良かったと後悔した。
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