野花のような君へ

古紫汐桜

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回り出す運命

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美鈴が結婚して2ヶ月が経過した頃、美鈴に家に遊びに来るように連絡をもらう。
何だろう?と思いながら、僕は美鈴と蔦田尚寿の新居へと伺った。
繁華街より少しずれた場所にある駅近くのマンションに暮らしていた。
部屋はファミリータイプで、完全オートロック。
そばに公園があり、穏やかな空気の流れる良い物件だった。
「呼び出してごめんね」
少しお腹が大きくなった美鈴に、僕は笑顔で首を横に振る。
僕に飲み物を出すと、美鈴は僕の前に座り
「創、一緒に此処で暮らさない?」
と言い出したのだ。
「え?」
驚く僕に
「尚寿さんがね、創が虐待を受けているんじゃないかって心配しているの」
ぽつりと言われて、僕は思わず美鈴の顔を見た。すると美鈴は悲しそうに微笑んで
「やっぱりそうなんだ」
と呟き
「もっと早くに気付いてあげられなくて、ごめんね」
そう続けた。
僕が何も言い返せないでいると
「ねぇ、此処で一緒に暮らさない?尚寿さんなら創のご家族の職業とは関係無い仕事をしているから、創が此処に来ても何の問題も無いと思うの」
そう話す美鈴に、素直に「うん」とは言えなかった。
そもそも、パーティーで何回かしか会った事の無い、自分の好きな相手を奪った男の世話になる気にはなれなかった。
「美鈴、僕は大丈夫だよ」
笑顔でそう言うと、美鈴は悲しそうな笑顔を浮かべて
「創…私はね、創の事を本当の弟のように思っているの。だから、遠慮なんてしないで……」
と言われて
「弟なんかじゃない!」
僕はそう叫んでいた。
ずっと大好きだった人に「弟」だと突き付けらて、その上一緒に暮らすなんて無理だった。
「話はそれだけ?それなら僕は、失礼させてもらうから」
立ち上がって玄関へ歩き出した僕に
「創!待ってるから!辛くなったら、いつでも此処に駆け込んで!!」
美鈴の言葉を断ち切るように、僕はそのマンションから逃げ出した。
変わらずに僕に差し出してくれた手を、僕は自ら拒否をした。
そしてこれが、僕が美鈴と会った最後の日になってしまった。

  美鈴と喧嘩分かれのような形になってから、1ヶ月が過ぎた頃、美鈴が肺炎を拗らせて亡くなったと連絡が入る。
あの日以来に会った美鈴は、もう二度と目を開ける事は無かった。
お通夜の席で久しぶりに再会した蔦田尚寿は、やっぱりパーティーで会った時と同じように冷たい横顔だった。
何を考えているのか分からない蔦田に、僕は食ってかかった。
「なんで美鈴を死なせた!お前が幸せにするんじゃ無かったのかよ!」
胸ぐらを掴んで叫んだ僕に、蔦田尚寿は冷たい瞳のまま僕を見て
「殴りたければ殴れ」
そう呟いたあいつに、俺は振り翳した拳を下ろし
「僕はお前を一生許さない!」
と吐き捨てて通夜会場を後にした。
  今にして思えば、一番辛かったのは彼だったのだろう。妻と子供をいっぺんに亡くしたのだから……。
でも、あの頃の僕は、彼の気持ちを理解してあげられる程大人では無かった。
美鈴という光を失い、僕の世界は一瞬にしてモノクロになってしまった。
もう、心が動くことなど無いと思ってた。
大学に入り、医学部に進学。
地域医療がしたくて一通りの勉強をしたのだが、全て兄達の手によって邪魔をされ
「お前はうちの病院に来て、俺達に黙って抱かれていれば良いんだよ!」
夜毎、繰り返された言葉。
あの夜から繰り返される自分への性的虐待に耐えきれず、何度も1人暮らしをしようとしても、結局、不動産屋に圧力を掛けて全て潰され、もう、生きている事自体が辛かった。
元々、高杉家が代々経営している高杉総合病院には無い心療内科医に方向転換し、必死に勉強して自宅から少し離れた総合病院に就職が決まった。
心療内科医に夜勤は無いが、理由を付けて病院に寝泊まりしていたりしていると、勤務していた病院に勝兄さんがやって来た。
「創、お前なんで帰らないわけ?」
そう言われて、嫌がる僕を強引に連れ戻してはめちゃくちゃに犯された後、数日間部屋に監禁された。
もう……逃げ場は無いんだと諦めた頃、高杉総合病院に心療内科を作るから働けと言われて目の前が真っ暗になった。家で繰り返される行為を、病院でも受けなくてはならなくなるんだと……。
まさに籠の鳥にされるのだと、僕は絶望的な状況に身動きが出来なくなっていた。
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