水鏡

古紫汐桜

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楽しいひと時

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「なんだよ……その態度」
呆れた顔をして呟いた冬夜に、幸太は
「すみません……。僕、そういう趣味はありません」
そう言うと、ぺこりとお辞儀をした。
冬夜は一瞬、何を言っているのか分からないというポカンっとした顔をした後、意味を理解したらしく顔を真っ赤にして
「アホ! 俺もそんな趣味無いわ!」
と叫んだ。
動揺している冬夜が珍しくて、幸太は嬉しそうに
「良いんですよ……。冬夜さんがたくさんの女性と付き合っても、長続きしない理由が分かりました」
そう続けてからかっていると、冬夜はいつもの無表情に戻り、幸太の頭をゲンコツでグリグリとやりながら
「そうかもな! 俺、幸太がそういう意味で好きかもな!」
と、物凄い棒読みで言っている。
そんな二人の様子を、遥が呆れた顔をしながら見ていると
「痛い! 冬夜さん、悪ふざけが過ぎました! すみません!」
と言いながら、幸太がジタバタと逃げようとしている。
しかし、冬夜は面白がって幸太の首に腕を巻き付けて動けないようにして、プロレスの技をかけ始めた。
「冬夜さん、ギブ! ギブ!」
幸太が必死に冬夜の腕を叩いていると
「えー! 俺、幸太が大好きだから離したくないー」
と、冬夜は再び凄い棒読みでギャルの真似をしながら答えている。
遥がその様子を黙って見ているのに気付き
「遥せんぱ~い! 見てないで、助けて下さいよ~」
涙目で幸太が訴えて来た。
遥は苦笑いを浮かべ、
「はいはい、戯れるのはそこまで!」
と、「パン!」っと手を叩いて一喝する。
その合図に冬夜が幸太を離すと、幸太は慌てて遥の背中に隠れて、冬夜にあかんべをしている。
そんな幸太を、遥は苦笑いして見ていた。
 まだあどけなさの残る幸太。
遥にとって可愛いと思うし、とても大切な幼馴染みだと思ってはいる。
自分の良い部分も悪い部分も全部ひっくるめて、いつでも真っ直ぐな愛情を遥に向けてくれているのは本当に有難いと思っている。
だからこそ、何度、幸太の気持ちに応える事が出来たら良いと考えたのかわからない。
それでも遥の心が求めるのは、無表情で何を考えているのか分からない冬夜だけなのだ。
自分の気持ちなのに、何故、こんなにも思い通りに出来ないのかと、遥はいつも思っていた。
(恋愛とは……、厄介なものだな……)
遥は心の中で苦笑いをしながら、またじゃれ始めている2人から視線を外し、窓の外に視線を投げた。
眩しい光が降り注ぐ中、遥は嫌な胸騒ぎを打ち消すように溜め息を吐く。
「遥先輩? 大丈夫ですか?」
ぼんやり考えていた遥の瞳を、大きなあどけない幸太の瞳が見詰める。
「何がだ? ほら! そんな事より、本当に取材に行くなら、調べなくちゃならない事があるだろ。さっさと仕事する」
心配そうな幸太にそう言ってデコピンをすると、遥はデスクにあった書類へ手を伸ばした。
幸太は不満そうに口をへの字にすると
「ほら! 冬夜さんのせいで怒られた!」そう言いながら、自席へと歩き出す。
「はあ? 人のせいにすんな!」
冬夜もカメラを取り出しながら、まだ2人で言い争いをしている。
なんだかんだと仲の良い2人に、笑みがこぼれる。
微笑ましい光景に、遥は願わずには居られなかった。
どうかこの当たり前の日常が、ずっと続きますように……と。
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