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片想い
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自分だけドキドキしていて、冬夜の規則正しい心音に絶望感が増すだけだった。
遙は冬夜の背中に腕を回して
「もう2度とこんな事言わない。明日からは友達に戻るから……、もう少しだけこのままで居させて欲しい……「」
そう必死に訴えた遙に、冬夜は大きな溜息を付くと
「分かった」
とだけ答えると、抱き締め返してくれずに本当にそのままの状態で冬夜は遥が納得するまで待っているようだった。
遥はそんな絶望的な状況に自分自身を納得させて、ゆっくりと冬夜から離れた。
その頃には、すっかり涙も枯れ果てていた。
そんな遙の顔を見ると、冬夜は「プッ」と吹き出して
「折角の美人が台無しだなぁ~」
そう言いながら、遥の涙を大きな手で拭ってくれた。
(冷たいなら、絶望的なままで居させてくれれば良いのに……)
何処か冷たくなり切れない冬夜をずるいと思いながらも、そんな冬夜のずるさに甘えている自分が遥は嫌いだった。
これが冬夜に触れられる最後のチャンスだと、遙は自分の涙を拭った冬夜の手に自分の手を当てて、頬から外すとそっと冬夜の手のひらにキスをした。
出会いは中学生の頃だった。
冬夜に出会ってから、誰も目に入らなくなった。好きで好きで大好きで……でも、決して手の届かない人。
ゆっくり遙が冬夜を見上げ
「ごめんね、ありがとう」
また込み上げて来た涙を我慢しながら、必死に笑顔を作ったその時、何故か誰よりも傷付いた顔で冬夜が自分を見つめているのに遥は気付いた。
そして悲しそうに揺れた瞳が近付いて来て、ゆっくりと触れたか触れないか分からないようなキスをされたのだ。
「えっ?」
驚いて見上げた遙に、冬夜は悲しそうに微笑むと
「ごめん」
とだけ呟くと、遥から視線を外してしまう。『ごめん』と謝った声は、どこか悲し気で……、どこか切ない声だった。
まるで、振られた自分より深く傷ついているかのような冬夜の声に、遥は自分の想いが決して冬夜には届かないのだと実感した日の事を思い出していた。
翌日、冬夜はいつも通りに出勤して来て、遥に対して変わらなく接してくれた。それでも……あれ以来、遙と2人きりにならないようにしているようではあるようだった。
「先輩?」
ぼんやりと冬夜との出来事を思い出していると、幸太が不思議そうに遙の顔を見つめていた。
「あ……ごめん、ごめん」
必死に笑顔を作ると、幸太がそっと遙の頬に触れて
「遙先輩。僕の前では、無理して笑わなくて良いんですよ。僕は、どんな遙先輩だって受け止めますから」
そう言うと、無邪気な笑顔を浮かべて幸太が呟いた。
「幸太……」
泣き出しそうになるのを誤魔化す為に、遥は幸太のオデコを軽くデコピンして
「幸太の分際で生意気!」
そう言って笑顔を浮かべた。
すると幸太は額を押さえてから口をへの字にすると
「もう! 遙先輩は、いつまで経っても僕を子供扱いするんだから!」
と叫ぶと、勢い良く席から立ち上がり
「遙先輩、これだけは忘れないで下さいね。僕は、遙先輩だけの騎士になるって決めたんです! だから、例え遙先輩がどんな姿になったって、世界中の人が遙先輩の敵になったとしても、僕だけは遙先輩の味方ですから」
そう言うと、幸太はガッツポーズをして自席へと戻って行った。
遥は、こんな自分にそこまでの気持ちを持ってくれている幸太の後姿を、温かい気持ちになりながら見送った。
しかし一方で、そんな幸太の気持ちに答えて上げられない自分に、悲しい気持ちにもなっていた。
いつの間にか、時刻は8:30になっていた。
「おはようございま~す」
事務職のリーダー、相田紀子がいつも通りに出勤して来た。
「おはよう」
笑顔で答える遙に、相田は鞄を下ろしながら
「あ、そう言えば日下部さん。会社の前にある公園で、猫にまみれてましたよ~」
とくすくすと笑って、出て行ったきり戻らないカメラマンの所在を伝えた。
「あの馬鹿~~~」
遙が机を叩くと
「幸太!」
と叫んだ時にはもう
「冬夜さんを猫から取り戻して来ます」
そう言いながら、幸太は冬夜を呼びに走り出していた。
この時はまだ、いつもと変わらない毎日が、この先もずっと続くものだと誰もが思っていた───。
遙は冬夜の背中に腕を回して
「もう2度とこんな事言わない。明日からは友達に戻るから……、もう少しだけこのままで居させて欲しい……「」
そう必死に訴えた遙に、冬夜は大きな溜息を付くと
「分かった」
とだけ答えると、抱き締め返してくれずに本当にそのままの状態で冬夜は遥が納得するまで待っているようだった。
遥はそんな絶望的な状況に自分自身を納得させて、ゆっくりと冬夜から離れた。
その頃には、すっかり涙も枯れ果てていた。
そんな遙の顔を見ると、冬夜は「プッ」と吹き出して
「折角の美人が台無しだなぁ~」
そう言いながら、遥の涙を大きな手で拭ってくれた。
(冷たいなら、絶望的なままで居させてくれれば良いのに……)
何処か冷たくなり切れない冬夜をずるいと思いながらも、そんな冬夜のずるさに甘えている自分が遥は嫌いだった。
これが冬夜に触れられる最後のチャンスだと、遙は自分の涙を拭った冬夜の手に自分の手を当てて、頬から外すとそっと冬夜の手のひらにキスをした。
出会いは中学生の頃だった。
冬夜に出会ってから、誰も目に入らなくなった。好きで好きで大好きで……でも、決して手の届かない人。
ゆっくり遙が冬夜を見上げ
「ごめんね、ありがとう」
また込み上げて来た涙を我慢しながら、必死に笑顔を作ったその時、何故か誰よりも傷付いた顔で冬夜が自分を見つめているのに遥は気付いた。
そして悲しそうに揺れた瞳が近付いて来て、ゆっくりと触れたか触れないか分からないようなキスをされたのだ。
「えっ?」
驚いて見上げた遙に、冬夜は悲しそうに微笑むと
「ごめん」
とだけ呟くと、遥から視線を外してしまう。『ごめん』と謝った声は、どこか悲し気で……、どこか切ない声だった。
まるで、振られた自分より深く傷ついているかのような冬夜の声に、遥は自分の想いが決して冬夜には届かないのだと実感した日の事を思い出していた。
翌日、冬夜はいつも通りに出勤して来て、遥に対して変わらなく接してくれた。それでも……あれ以来、遙と2人きりにならないようにしているようではあるようだった。
「先輩?」
ぼんやりと冬夜との出来事を思い出していると、幸太が不思議そうに遙の顔を見つめていた。
「あ……ごめん、ごめん」
必死に笑顔を作ると、幸太がそっと遙の頬に触れて
「遙先輩。僕の前では、無理して笑わなくて良いんですよ。僕は、どんな遙先輩だって受け止めますから」
そう言うと、無邪気な笑顔を浮かべて幸太が呟いた。
「幸太……」
泣き出しそうになるのを誤魔化す為に、遥は幸太のオデコを軽くデコピンして
「幸太の分際で生意気!」
そう言って笑顔を浮かべた。
すると幸太は額を押さえてから口をへの字にすると
「もう! 遙先輩は、いつまで経っても僕を子供扱いするんだから!」
と叫ぶと、勢い良く席から立ち上がり
「遙先輩、これだけは忘れないで下さいね。僕は、遙先輩だけの騎士になるって決めたんです! だから、例え遙先輩がどんな姿になったって、世界中の人が遙先輩の敵になったとしても、僕だけは遙先輩の味方ですから」
そう言うと、幸太はガッツポーズをして自席へと戻って行った。
遥は、こんな自分にそこまでの気持ちを持ってくれている幸太の後姿を、温かい気持ちになりながら見送った。
しかし一方で、そんな幸太の気持ちに答えて上げられない自分に、悲しい気持ちにもなっていた。
いつの間にか、時刻は8:30になっていた。
「おはようございま~す」
事務職のリーダー、相田紀子がいつも通りに出勤して来た。
「おはよう」
笑顔で答える遙に、相田は鞄を下ろしながら
「あ、そう言えば日下部さん。会社の前にある公園で、猫にまみれてましたよ~」
とくすくすと笑って、出て行ったきり戻らないカメラマンの所在を伝えた。
「あの馬鹿~~~」
遙が机を叩くと
「幸太!」
と叫んだ時にはもう
「冬夜さんを猫から取り戻して来ます」
そう言いながら、幸太は冬夜を呼びに走り出していた。
この時はまだ、いつもと変わらない毎日が、この先もずっと続くものだと誰もが思っていた───。
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