水鏡

古紫汐桜

文字の大きさ
上 下
4 / 16

冬夜の思い

しおりを挟む
 無抵抗に体を差し出したバフォールにアランが持つブラッディソードが腹部を貫いた。ドクドクと剣が血を吸い取っていることを感じるほど剣が脈打つ。

「契約者の死は我の自由……。さあ、あいつが来る前に我を求めよ――――」

 耳元でバフォールが囁くがアランは目を閉じ、剣がソルブの血を飲み込んでいくのをただ感じていた。全てを吸いつくすとバフォールの力が抜け、アランの胸からずり落ちるように倒れた。

「お前は簡単に契約者を捨てるんだな」

 干からびたバフォールに向かってアランは吐き捨てるように言う。汚いものを見るかのようにバフォールを睨んでいるとモワっと黒い煙が上がる。アランは思わず後ずさり、剣を構えてその様子を注意深く見つめた。

 煙は影となり、大きな二つの角、山羊のような耳、背中には大きなコウモリのような翼があるような形を形成していった。しかしその姿もまた苦しそうに立っている。

「それがお前の本来の姿か……哀れだな」

 "……あのままいても本体と共に朽ちていた……お前の体をよこせ……さすればここから逃げることもできよう……さあ、望みを言え……手に入れたいものがあるのだろう……?"

「俺はお前と契約などしない」

 アランははっきりとバフォールを拒絶をし、目の前の大きな黒い塊に剣を横から切り込んだ。しかし、影が散りじりとなるだけで当たることはなかった。

 "くっくっく……お前はまだその剣を使いこなせてはいないようだ……"

 身体の無くなったバフォールは、しつこくアランを誘う。黒い影がアランにまとわりついてくる。

 "素直になるがいい。お前の心は何を求めている……? 本当は――――"

「いい加減にしろ!」
「アラン!」

 アランが声を張り上げたその時、セイン王子が背後から走ってくる。

 "一番知られたくはないやつが来たな……俺があいつに教えてやろうか? くっくっく……その体を差し出せば秘密を守ろう……"

 アランの耳元で小さく囁く。アランの剣を持つ手が震える。手の中のブラッディソードが相変わらず禍々しい色で鈍い光を放っていた。

「アラン、退いて!」

 セイン王子は影となったバフォールに光の剣を両手で振り上げ、飛び掛かる。しかしバフォールはアランの背後へ素早く移動をしたため、アランはセイン王子の振るう剣を受け止めた。後ろからバフォールの声が囁く。

 "セイン王子よ……お前はこの者の想いを知らない……これ程までに苦しんでいる原因は――――"

「いい加減黙れ! 根拠がない!」

 アランは怒鳴り声をあげ、セイン王子の剣を弾いた後、背後のバフォールに斬りかかる。バフォールはセイン王子に何かを伝えようとしているようだった。アランの苛立ちがセイン王子に伝わり、二人を交互に見る。

 俺たちの仲を引き裂こうとしているのか?

「アラン! こんなやつの言葉に耳を傾けちゃダメだ!」
「分かってる! お前は、真実ではないことを言って俺たちの動揺を誘っているだけだ!」

 しかし、アランは実際には動揺をしていた。ただ、たとえセイン王子にバフォールの言う真実というものが知られたとしても魂を売るつもりはなかった。アランには信念がある。


――アトラスを守る!


 アランは再度剣を振るう。肉体のないバフォールは、今までと同様に剣で切り裂こうとしてもすぐにすり抜けてしまった。しかし今回は、すり抜けた瞬間にアランの持つ剣がドクンと脈打つ。剣を見ると、すり抜けたはずの剣から赤い無数の蜘蛛の糸ようなものがバフォールにまとわりついていた。その糸は蛇のようにうねうねと這い回る。
 これなら煙のように散り散りにならない。

 "っ! これがお前が引き出した力か……!"

「レイ! 早く!」
「言われなくても! バフォール、人の気持ちを弄ぶのも大概にしろ!」

 バフォールの背後にまわったセイン王子は、すべての魔力を剣に注ぎ込む。今まで囲っていた光の壁までをも吸収していく。
 その光が全て剣に集まると、セイン王子は勢いをつけるために剣を後ろに引いた。

 赤い糸が張り巡らされた身動きの取れないバフォールもまた最後の足掻きをする。

 "この者はおまえの―――"

「もう煩いんだよっ!!!!」

 セイン王子が力を込めて背中の翼と翼の間に剣を突き刺す。

 "ぐ、ぐはぁあああああっっ!!"

 手ごたえはある。刺し込んだ手元、バフォールの内側から光が次々と侵食していく。

「俺とアランの間にもし何かあったとしても俺はアランを信じる! 俺たちの仲を裂こうとしたって無駄だ!」

 さらに剣に魔力を込めるとバフォールの体全体が輝き、一気に弾け飛んだ。光の雨が降り注ぎ、その場にいた全員が息をするのも忘れて見入った。何が起きたのか頭の整理が出来ていなかったのだろう。誰もが声を発しなかった。



「終わった……?」

 最初にその沈黙を破ったのはセイン王子だった。

「……」
「終わったの?」
「……ああ、終わったみたいだな……」

 もう一度問いかける。目の前に立つアランも放心状態だった。お互いの目が合うと、じわじわと実感が込み上げてくる。


 二人は片手を上げ、思いっきり手を振り、高い音を響かせた。


 そんな二人の顔には笑顔が浮かんでいた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~

椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。 あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。 特異な力を持った人間の娘を必要としていた。 彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。 『これは、あやかしの嫁取り戦』 身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ―― ※二章までで、いったん完結します。

処理中です...