水鏡

古紫汐桜

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冬夜の思い

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おずおずと移動する幸太に
「幸太、あんたが嫌ってる冬夜だけどさ、実はあいつが社内で1番、幸太を買っているんだよ」
そう呟いた遙に
「嘘だ! 冬夜さん、いつも僕に雑用ばっかりやらせて……。僕の事も、いつもいつも『僕ちゃん』って呼ぶんですよ!」
と、幸太が反論する。
遙は深い溜息を吐いてから
「口止めされていたんだけどね……」
そう言うと、1枚の書類を机の引き出しから取り出して幸太に見せた。
内容は、今回の取材に関して幸太の同行許可申請書だった。
「これ……」
遙に幸太が笑顔を向けると
「喜ぶ前に、申請者の名前を見て」
と、遙がピシャリと言う。
幸太が疑問に思いながら視線を落とすと、そこには『申請者:日下部冬夜』と書かれていた。

 今、幸太が働いている編集社『透陽社』は、遙が社長の小さな出版社だ。
元々、大学時代のサークルが発端の編集社で、都市伝説の検証を記事にしていた。
バカ売れする事は無いが、一部のマニアには受けていて、安定した売れ行きのある雑誌で現在に至る。
 幸太は遙とは違う大学に通っていたにも関わらず、遙のサークルに入り浸り、就職活動もせずに遙の編集社に無理矢理バイトとして置いて貰っている。
遥自身、幸太の父親は幾つかの会社を経営していることから、幸太が遊び半分でここに来ているのだろうと考えていて、社員にはしていないのだ。
 この秀陽社は、遥達が大学のサークルから立ち上げた編集社だった。
なので、事務職はサークル時代からの仲間3人で回していて、幸太はPCオタクな事から、PC関連の事を扱っているのみだった。
そんな秀陽社を会社組織にした時に、遙がフリーカメラマンだった冬夜を社員として連れて来たのが3年前。
冬夜のカメラの腕は確かで、個別にグラビア等の写真撮影の仕事も来ている。
少ない売上でも赤字にならないのは、冬夜のお陰であるのを幸太も分かっていた。
ただ、頭と心がイコールにはならない現実がある。
 そして幸太が冬夜を何より気に入らないのは、事務職の人が居るのに、資料探しや写真の整理。機材の管理を全て幸太に押し付けるのだ。
そんな事もあり、幸太はつい冬夜に当たってしまうのだ。
「あのさ……」
ぼんやり考えていた幸太に、遙がゆっくりと話始めた。
「冬夜はさ……多分、社内で1番幸太を買っているんだよ。あいつの機材だけど、私には絶対に触らせない。それだけじゃないよ。写真だって資料探しだって、あいつが頼めば他の事務さんは喜んでやってくれると思う。でもね、冬夜は幸太にしか頼まないんだ。何でか分かる?」
遙の言葉に、幸太は重い口を開けて
「馬鹿にしてるからでしょう」
そう呟いた。
遥は幸太の答えに深い溜息を吐くと、悲しそうな笑顔を浮かべて首を横に振った。
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