真祖の花嫁~業火の魔女~

琴葉悠

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真祖の花嫁~業火の魔女~

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 あれほど皆の為に頑張ったのに。
 あれほど、皆に尽くしたのに。
 その報償がこれだなんて、神よ。
 私は貴方が憎くてたまらない。



 燃える。
 燃える。
 私の家が燃える。
 中には家族がいる。
 でも、誰も助けようとしない、水をかけてくれさえしない。
 寧ろ薪を放り投げてより燃やしている。
 松明を投げてより燃やしている。
「悪魔の一家だ! この一家は悪魔に魂を売ったのだ!」
 魂を売った?
「この一家は皆に尽くすことで皆から注目を得ることで悪魔から報償を得ていたのだ」
 隠れて聞いている私は神父様──いや、神父がでっち上げているのが分かった。
 そして皆がそれに同意したのも。

 嗚呼。
 嗚呼。

 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼

 神よ、こんな輩が貴方の信徒なのですか⁈
 ならば言おう、私は貴方が憎たらしい。
 憎くてたまらない!

 皆、私も焼け死んだと思っている。
 だから夜中に家中に火をつけて回った。
 出口は全て塞いで、焼け死ぬように。

「熱い熱い‼ 誰か、誰か助けて‼」
「私達が何をしたというのだ‼ おお、神よ、助けて下さい‼」

 皆口々に愚かなことを言う。
 何かしたからこうなったのだ。

 教会が燃える、燃え上がる。
「誰か、誰か助けてくれ‼」
神父様・・・
 あえて声をかけてやる。
「おお、神よ。貴方は私を見放していなか──」
「どうかそのまま燃えて死んでしまって下さいな、私の家族のように」
「まさか、そんなまさか──」
 青ざめるような声で言う。
「私、夜の森で散歩がするのが好きだったの、だから助かったの知らなかった?」
「悪魔の子め!」
「そうしたのは誰かしら。ああ、村人なら助けに来ないわよ。だってみんな焼け死んでるから」
「な……」
「だからどうか、安心して焼け死んで下さいな。そして地獄で私の家族にわびろ」
「いやだ! 謝る! お前の家族を焼き殺したのは謝るから──」
「謝って私の家族が戻ってくるとでも? そんなことないわ、だからどうか焼け死ね」
 そう言って教会から離れる。
 教会の方では五月蠅い声が聞こえたが無視した。

 村が燃えさかり、鎮火したのは翌日の夜だった。

 家を回って、みんなが焼け死んだのを確認する。
 神父も無残に焼け死んだ。

「はは、あははは、あははははははは‼」
 私は笑う。
「お父さん、お母さん、エリス。私やったよ、貴方達を殺した連中を殺してやったよ!」

「後は神の権威を落としてやれば良い、私達家族を見捨てた神なんか知るものか」
「そうとも神は無慈悲だ」
「⁈」
 振り返ると、巨躯で黒髪に黒いひげに、赤い目に青ざめた肌の男が立っていた。
「誰?」
「神の敵、真祖アビスと言えば分かるかな?」
 聞いた事がある、北の地に城を持ち、人なら入ることのできない領地を持ち、魔の物達を使役する、魔王であり、吸血鬼達の王だと。
「そんな方が私に何の用」
「我が領土へ来ないか、神への復讐を果たしたいのだろう」
「復讐をしたい、でも私のような力もない娘をつれてどうするの」
「力のない娘が一夜で村を壊滅させることなどできるものか」
「見ていたの?」
「お前が神への呪いの言葉を口にしたその時から」
 この真祖は見ていたのか、私が神を呪った時から、村を焼き焦がすその瞬間も全て。
 私の罪を見ていたのか、私の裁きを見ていたのか。
「お前に魔術を教えてやろう」
「……分かった、貴方に従おう」
「手を」
 真祖は手を差し出した。
 私は手を取った。

 一瞬で世界が変わる。

 焼け焦げた村から、豪奢な城の中。
「オネスト」
「は」
 銀髪に褐色の肌の男性が現れた。
「この娘の部屋を案内せよ、それから着替えさせて私の所に連れて来るように」
「畏まりました、アビス様」
 真祖はそう言うと姿を消した。
 残されたのは私とオネストという男性のみ。
「さぁ、こちらへ、同志よ」
「同志?」
「神を呪ったのでしょう? 貴方も」
「……ええ」
「ならば同志です」
 オネストの後についていく。
 彼も、私同様神を呪ったのだろうか、憎んだのだろうか。
 無表情に近いその表情からは分からないが、きっとそうなのだろう。
 宛がわれた部屋は、広い綺麗な部屋だった。
「服はこちらを」
 黒いローブとズボンだった。ローブは文様が入っており、何か魔術的な要素なのかと思ってしまう。
「着替え終わったら呼んでください」
 そう言って出て行ったので私は今まで来ていた服を脱ぎ、黒いローブとズボンに袖を通した。
 何故かぴったりだった。
「……着替え終わりました」
 ガチャリと扉が開き、オネストは言う。
「では、こちらへアビス様がお待ちです」
「はい」
 私は「真祖様」の所へ向かう。
 玉座に座っていた彼の王は、私の所へ近寄ってきた。
「其方には赤がよく似合う、燃える炎のような赤が」
 目が熱くなる、鏡のように映る床には青い目だった私が赤い目に変わっているのが見えた。
「私と同じ、黒と赤だな」
 そう「真祖様」は楽しげに言う。
「では魔術を授けよう、其方には業火の魔術を授けよう、あらゆる物を焼き焦がすが良い」
 周囲が炎で包まれ、その炎が私の胸の中に入っていく。
 熱い。
 けど、心地良い。

 炎が全て私の中に入った。
 私は笑みを浮かべる。
「真祖様、私は誰を、燃やせば良いですか?」
 真祖様は笑った。
「好きなように燃やすがいい、神を崇める愚か者達を」
 その言葉に私は笑みを深めいた。




 さぁ、燃やそう。
 一切合切燃やし尽くそう。
 神の信徒は全て灰に。
 奇跡など起きない。
 この結果が地獄に落ちることだったとしても、後悔など一つもない。




「炎の魔女だあああ!」
「逃げろ、燃やされ──」
 教会のある場所をいくつか燃やしていったらそう呼ばれるようになった。
 誰も彼も燃やしていく。
 燃やさないのは、教会から虐げられている人だけ。
 それ以外は全て燃やす。
 偶像があったらそれを燃やす。
 無くても燃やす。

 全て灰になれ。




「美しい程憎悪が映える娘ではないか」
 先日魔女として仕立て上げた娘が業火で燃やし尽くす様を見てアビスは楽しげに言う。
「良い娘だ、そのまま業火で燃やし尽くすといい、捕まったら救ってやるとも」
「捕まることはないでしょう、彼女の業火は近づくだけで一瞬で灰になるほどの炎です」
 オネストは静かに告げる。
「ああ、この憎悪──」

「私の花嫁にふさわしいな」

 アビスは手を伸ばして言った。




 もうどれだけ焼いたか分からない。
 五十以上は焼いたのだけは確か。
 兵士達や騎士団も焼いた、国の王も焼いた、国も焼いた。

 むなしさなんてない、そこには憎悪だけがあった。
 あんな連中をのさばらせておいた王など焼け死ねば良い。
 あんな連中をのさばらせる神も焼け死ねば良い。

 憎悪が募っていく。
 心が叫ぶ、もっと焼け焦がせと。

「アビス様がお呼びです」
「オネスト、分かったわ」

 オネストに呼ばれ我に返り、彼の手を掴んだ。
 風景が一瞬で変わる。

「良く燃やし尽くしたアリス」
「私の欲のまま燃やしただけでございます」
「そう謙遜するな」
「事実ですので、所で何かご用ですか?」
「うむ、アリス。余の妻にならぬか?」
「私が?」
「そうだ。余は其方が気に入った」

 私はしばし考える。
 魔王の妻になる。
 世界の敵の妻となる。
 神をあだなす者の妻となる、ああそれはなんて。
 魅力的だ。

 私は笑う。
「私で良ければ、貴方様の妻となりましょう」
「おお、そうかそれは有り難い。ではこちらへ」
 アビス様のところに近づくと、アビス様は指から血を流した。
「口にせよ」
 私はためらう事無く、血を口にした。
 心臓がどくんと鳴る、体が燃えるように熱くなったが、すぐに冷めた。
「誓いだ、其方と私の」
「分かりました」
「さぁ、我が妻よ。また好きなように燃やすがいい。私は咎めぬ、寧ろそれを望もう」
「では、どうか共に」
「良かろう、オネスト。しばし任せる」
「畏まりました」
「ところで貴方、日光は平気なの?」
「日光などで灰になる程やわでない、嫌いなだけだ」
「そう」




「魔王と業火の魔女だあああああ!」
「逃げろ逃げろおおおおお!」
「神様、助けて、助けて!」

 燃える燃える、世界が燃えていく。
 ほとんどの国は燃やし尽くした。
 残るはこの国一つだけ。

 兵士達も全て灰に、残るは国王と教皇だけ。
「悪魔め……!」
「誰かおらんのか、奴らを殺す勇者は!」
「そんなものいないわよ」
 私は笑って国王と教皇を燃やした。
 炎で踊り狂うように転がる様は見て楽しい。
 やがて黒焦げの死体ができあがる。




「燃やし尽くしてしまった」
「まだ足りぬか?」
「いいえ、燃やし尽くした今、漸く気分が落ち着きました」
「それはいい」
 アビス様は私に口づけをした。
「余を燃やされてはかなわぬからな」
「貴方様を燃やすことなどしません」
 アビス様はくすくすと笑う。
「では帰ろうか」
「はい」


 私は神を信仰し、その名の下に正義を下す連中を全て燃やし尽くした。
 男も女も、老いも若きも関係なく。

 神を信仰し、何かが起きると誰かの所為にして排除する連中を全て燃やし尽くした。
 男も女も、老いも若きも関係なく。


 燃やして、燃やして、燃やし尽くして。
 残ったのは私達だけ。


 神よ、いるなら裁きを──




 けれども、裁きはいつまでたっても訪れない。
 私がアビス様との間の子を産んで、その子が大きくなり、私が吸血鬼になってからも訪れない。
 いつまでも、いつまで経っても訪れない。


 ああ、そうか。
 神様は最初から何もしてくれないんだ。
 気づいた私は涙を一筋だけ流した。

 神様を信じ、村に尽くして焼かれた私の家族を救わなかったように、世界も救わなかったからだ。




 私はアビス様と待っている。
 終わりが来る日を。
 終わりが来たとき、何が起きるのかを──


 ずっと、ずっと、待っている──






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