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マリヤと一匹の猫
しおりを挟むその日、マリヤは何とか勇気を振り絞って屋敷の周りを散歩していた。
散歩していると、がさがさと物音が聞こえ、飛び上がる。
恐怖で震える心から、勇気を振り絞って物音のする方へと向かうとそこには――薄汚れた、毛玉の生き物がいた。
毛玉の生き物――薄汚れた猫を持ち帰ると、浴室へと連れて行き熱すぎないお湯と動物用の石鹸で汚れを落としていく。
「うわぁ……汚れたくさん……でも、君本当は白い猫さんなんだね」
マリヤはそういうと、白くなっていく猫に話しかけながら洗っていく。
猫は嫌がるそぶりを全く見せず、マリヤに大人しく洗われていた。
「乾かしたらふわふわの毛になりそう……ふふ」
マリヤは楽しげに猫の長い毛を洗っていた。
洗い終わると、お湯で洗剤を綺麗にに落とし、塗れた猫をタオルでくるんで浴室を出た。
脱衣所にあるドライヤーで火傷しないように気をつけて乾かしていく。
乾かしていくと、塗れた猫の長い毛はふわふわに乾いていき、ふわふわの真っ白な長い毛の猫が姿を現した。
「わぁ……真っ白で綺麗!」
白い猫を抱き上げて、その猫の青い目を見つめる。
「かわいいね、君」
猫は満足したのか、ふみゃーと鳴いた。
「……ふふ、ちょっと変わった鳴き声、おもしろい」
「何がおもしろいんだ?」
「ふぎゃぁ?!」
突然後ろから声をかけられ、マリヤは猫を抱いたまま飛び上がった。
おそるおそる後ろを見れば、少し不機嫌そうな顔をしたブラッドがいた。
「散歩はするのはかまわんが、何を拾ってきてるんだ??」
「ね、猫です」
「そんなもの見ればわかる!!」
何故ブラッドが不機嫌なのか、マリヤはさっぱりわからず混乱したような顔をして猫を抱えてうろたえるだけだった。
「いい年した大人が猫に嫉妬すんなボケェ」
そんな空気をぶちこわすように、さらに背後からレアがブラッドを蹴り飛ばす。
「レア先生!」
「レア……貴様少しは上司は敬わんか!!」
「大人げない上司は敬う気になれない。 ……おや、随分大人しい猫だな、よしよし、いい子だ」
猫はマリヤの腕の中で大人しくしており、レアに呼ばれてようやくふみゃーと返事をした。
「……少し変な鳴き声だね」
「でしょう?」
マリヤはくすくすと笑って猫をなでる。
「しかし、ここまで大人しいと……人に飼われていたんじゃないかこいつは」
レアも一緒になって猫をなでた。
「え……飼われていたって……」
「迷子になったか、捨てられたかのどっちかだろう。私の方で捨て猫でこういう猫はいないか調べてみよう」
「……そっか、飼い主さんがいるならそっちがいいよね」
少し寂しげにいうマリヤを見て、レアがブラッドに肘鉄をして何かを促し、ブラッドは一瞬不機嫌そうになったが、むすっとした顔のまま猫をさわった。
「ブラッド様?」
「ちょっと黙っていろ」
「は、はい」
猫にさわって、その青い目をじっと見つめる。
しばらくじっと見つめてから、ブラッドははぁとため息をついてレアの方を見る。
「探しても無駄だ、こいつはとっくに捨てられている」
「え……?」
「で、捨てた理由は?」
驚くマリヤとは反対に冷静なレアは、ブラッドにその理由を問いかけた。
「貴様らがいった鳴き声。飼い主はお気に召さなかったようだ」
「そんな……」
「アホらしい。探す手間は省けたが、そんなバカに生き物を飼う資格はないというか生き物とともに生活する資格はない」
猫はごろごろと鳴き声をあげて、のんきにしていた。
「で、マリヤ。君はどうする?」
「え?」
「育てるか、それとも新しい飼い主を探すか」
「あ……」
うろたえるマリヤを見て、レアとブラッドは何かを察したのかため息をついた。
そして、レアはブラッドのほうを横目で見る。
ブラッドはその視線に即座に気づき、不服そうな顔をしたが、マリヤの顔をみて、渋そうな顔をして考え込んで息を吐いた。
「ここで飼えばよかろう」
「え……いいんですか?」
「どうせお前のことだ、私達のことを気にして答えられなかったのだろう」
ブラッドは猫をなでながら、不服そうに言ってから邪悪に笑う。
「だが、猫が何かを壊したらお前に弁償させるからな!!」
「はい……えぇ?!」
マリヤが素っ頓狂な声を上げると、ようやく猫はマリヤの腕から抜け出し、広い脱衣所からでていった。
「あ、待って……」
ぱたぱたとマリヤが追いかけると、ブラッドは邪悪に笑ったままマリヤを追いかけ、レアはそんなブラッドをあきれ顔で見送ってから、何かを考え二人と一匹の後を追った。
猫は猫らしい機敏な動きで屋敷をぱたぱたと走り、テーブルに乗ろうとジャンプしたが、届くことなく床に着地した。
そしてマリヤの姿を目にすると、ふみゃーふみゃーと鳴いてから、再度ジャンプしてテーブルに乗ろうとしたが、乗ることはなくまた着地した。
心なしかしょんぼりしているようにも見える。
「……そいつ、猫の皮被った別生物じゃないのか? 椅子にのるレベルもジャンプできてなかったぞ」
「ね、猫にも色々あるんですよ」
あきれ顔のブラッドに、マリヤはそう反論すると猫を抱き抱えてテーブルに乗せる。
猫はフンスと満足そうな顔をしてから、テーブルの下を見て、降りることなくまたふみゃーふみゃーと鳴きだした。
「やっぱりそいつ猫の皮被った別の生物だろう!!」
「だ、誰にだって苦手分野はあるんです!!」
再度猫を抱き抱えると、猫は安心したように、ふみゃーと鳴いてごろごろとのどを鳴らしながらマリヤの腕の中で目を細めていた。
「運動能力が底辺レベルのようだな、その猫。よく今まで生きてきたな」
「あー……どおりで、色んな人から食べ物餌付けられているのが見えたわけだ、そりゃそうなるな」
「マリヤその猫見せろ」
「は、はい」
マリヤは猫をレアに渡した。
レアは猫を持つと、じっと見つめる。
「去勢済みの雄猫だな、こいつは。一応動物も診れるが、専門家がいいだろう、私が動物病院につれていこう、いいか?」
「は、はい!! お願いします!!」
レアの言葉にマリヤは大きく頷くと、レアはくすりと微笑み猫をつれたまま一度地下の基地に戻り、そしてペット用の移動バッグに猫を入れると戻ってきた。
「よし、では、いくか――その前に名前が必要だな、何にする?」
「え、えと……フミくんで」
「……もしかして鳴き声から?」
「だ、だめですか?」
レアの問いに、マリヤは困ったような顔をしてまたうろたえ始めた。
「貴様はさっきからうろたえ過ぎだ馬鹿者。そして名前が安直ではないか」
「だ、だって、わかりやすいほうがいいかなって……」
「――そうだな、わかりやすいのがいい。では行ってくる」
レアはそういうと屋敷を猫と一緒に出て行った。
猫が居なくなると、静かになった屋敷にブラッドとマリヤだけが残される。
マリヤは、少し不機嫌そうにしているブラッドの様子にまたうろたえはじめる。
その様子をみて、ブラッドは不機嫌そうな顔をしながら呆れのため息をついた。
「貴様、さっきからうろたえ過ぎだと言っただろうが」
「だ、だって……ブラッド様、不機嫌ですし……怖いですし……」
「何だと?!」
ブラッドはマリヤの言葉に不機嫌を隠すことなく、若干怒り混じりの声を上げる。
「ひっ……」
明らかに怯えの表情と声を上げるマリヤを見て、ブラッドは溜飲をさげたのか、やや不機嫌な顔のまま、何かを考えるような仕草をした。
そして、その仕草のまま口を開いた。
「……そうだな、大人げなかった、すまん……」
「え……」
ブラッドの予想外の台詞に、マリヤは目を丸くした。
そして、またうろたえた。
「だからうろたえ……まぁ、仕方ないか。この私が謝罪するなどめったにないからな」
うろたえるマリヤを見て、ブラッドは自分を納得させるかのように言い聞かせた。
「……猫を飼うのに、もう一つ条件追加だ。あまり私をほうって置くな。いいな」
ブラッドはそういうと、そのまま姿を消した。
「え……ちょ、ブラッド様……」
条件の意図がつかめず困惑するマリヤは、姿を突然消したブラッドに再度うろたえたような声をあげた。
「あ――!! くそ!! 大人げない!! その通りだ!! なんであの猫一匹にあそこまで嫉妬するんだ私は!! しっかりしろブラッド・クライム!! それでも世界征服組織の長か!!」
自室で、ブラッドは自分の行動を恥じるように、壁に頭をぶつけた。
「自覚できたなら誉めてやる」
「!! ……レアか、急に入ってくるな!!」
「帰ってきてからマリヤが『ブラッド様が急にいなくなった』と慌てててな。貴様の機嫌を損ねたんじゃないかとか色々想像して落ち着きがなかったぞ」
「私の……?」
「そうだ」
レアからの報告を聞くと、いらだったような表情が邪悪な笑みへと変貌する。
「フン、やはり彼奴は私がいないとだめだな!!」
「……お前本当に昔よりわかりやすくなったな」
「ほうっておけ」
ニヤニヤと笑ったまま、ブラッドはそういって姿を消した。
「やれやれ、面倒な奴に好かれたな、私の患者も」
レアは一人ため息をついて、部屋を後にした。
「フミちゃん、今日からここで寝るんだよー」
レアからもらった猫用のベッドなどを設置しながら、マリヤは猫に話しかけた。
猫は――フミはふみゃーと鳴いて体をマリヤにこすりつけていた。
「ふふ、フミちゃんは甘えん坊だね……」
設置が終わると、フミを抱っこしてマリヤは微笑みながらなでる。
「ブラッド様、もう怒ってないといいな……ブラッド様怒ることめったにないから……あの時とても怖かったんだ」
フミののどをなでながら、マリヤは続ける。
「私ね、どこの企業でもいらないって言われて鬱になったんだ。でね、親戚のおじさんの知り合いがやってる工場で働いてたんだ、鬱だけど、みんなよくしてくれたし、それなりにやってた時にブラッド様が私をスカウトしてくれてね、私とてもうれしかったんだ」
懐かしむようにいいながら、マリヤは言う。
「だから、怖いんだ。いらないって言われるの……また、何もできなくなるのは怖いんだ……」
フミを抱き締めて少し怯えたように言うと、フミはふみゃーと鳴いてマリヤに頭をこすりつけた。
「ふふ、元気づけてくれるの? ありがとうね、フミ」
「――全く、そういう事で悩んでいたのか貴様」
「ふぎゃ?!」
また予期せぬ後ろからの声に、マリヤは飛び上がった。
そして後ろを見れば、先ほどと同様ブラッドがいた。
ブラッドはマリヤの頭を鷲掴むようになでると、にんまりと邪悪に笑う。
「安心しろ、貴様がいやだといっても解雇してやらんからな」
「は、はひ!!」
マリヤはうわずった声を上げて、フミを抱いたまま頭を下げた。
「――ドクター・マリヤ。命令だ顔をあげろ」
「は、はい!!」
マリヤが、顔をあげるとブラッドはマリヤの唇と、顎に手で触れた。
「ぶ、ブラッド様?」
「よい顔だ、貴様はそうやっててんやわんやしているのが面白い。そのままでいろ」
「は、はい……」
「猫は今日はそこにおいていけ。明日からの仕事について話がある、ついてこい」
「え、あ、はい!! フミ、ちょっと待ってね」
猫の餌と水を確認するとフミを置き、マリヤは先をいこうとするブラッドの後ろをあわてて追った。
「明日からまた忙しくなるぞ」
「は、はい!! ブラッド様!!」
二人そろって、基地のある地下へと姿を消した。
猫は誰もいなくなった部屋で、ふみゃーとないてからベッドで丸くなり、眠りはじめた――
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