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苦悩
しおりを挟む私はたくさんの苦悩をすることになる。
これからのこと、これからの後の事、変わってしまった自分に。
葛葉が帰った家の中で、明里は深いため息をついた。
買い物袋から、買ってきたものを取り出して、何とも言えない息を再度吐き出す。
「……何でこんなことになっちゃったんだろう……」
噛まれた箇所を撫でるが、噛んだ痕は残っておらず、すべすべとした首筋の感触が指に伝わった。
「……はぁ……」
玄関に鍵をして、自室にとぼとぼと戻っていく。
ベッドに倒れ込むと、がりと腕を噛む。
鋭い牙が柔らかな皮膚を破って、血が流れる。
明里はその血を舐める、甘い味が口いっぱいに広がる。
「……はぁ……」
息を吐いて、血を必死に舐めあげる、甘い味に明里の口が僅かに弧を描く。
その自分の異常さに気づいたのか、すぐさま傷痕に絆創膏を貼って口を拭う。
「ああ、やっぱり吸血鬼なんだ私……」
明里はあきらめのような顔をすると、起きあがってため息をつく。
お守りを手にして、何度も自分に言い聞かせる。
「でも、人間として生きるって決めたんだ……頑張るんだ」
何度も自分に言い聞かせ、勇気を振り絞るが、昼間の惨劇が頭をよぎる。
真っ赤な血の匂い鼻に残っていた。
喉がひどく乾く感触に、思わず気分が悪くなった。
「先生に相談した方がいいかな……」
携帯電話に手を伸ばすと、黒い影が明里の手をつかむ。
明里は息をのみ、黒い影の方に視線をやる。
それは人の形をとり――アルフレートの姿になった。
「あ……あ……」
「明里、どうやらまがい物を退治できたようだね、それ位できて当然か」
アルフレートはにたりと笑い、明里を抱き寄せる。
「早く私の花嫁として大成して欲しいものだ」
明里は恐怖で声がでず、必死にアルフレートの腕の中から逃れようと、もがいたがアルフレートの力の強さに身動きが上手くとれずにいた。
『やはり貴様の仕業か』
聞き慣れた声に、明里の表情が和らぐ。
明里の影から黒い影が全く異なる形をなす。
「今回は直接こないのだね」
『いつでも直接これる訳ではないんだよ。貴様のしでかした事で教会に呼ばれてな。どうしてくれる』
「明里の成長のためだとも、被害は少なかっただろう」
『十分すぎる程だ、教会の奴らが本格的に動くと私らにも影響があるのは知ってるだろう』
「はてどうだったかね」
肩をすくめるアルフレートを見て、影は苛立ったような声をあげる。
『貴様、いい加減にしてもらおうか。また戦争を起こすつもりか』
「それはないとも、誓って言おう」
『貴様の誓いなんぞ信じられるか』
影は明里をアルフレートの腕の中から脱出させると、彼女を守るように身にまとわりついた。
「先生……」
『明里の身辺に警戒網張っていたが、それに引っかかってくれて幸いだぞ』
「随分過保護だねぇ」
『過保護で結構、貴様相手では過保護なのがちょうどいい』
「こんな過保護な保護者がいるのではまいるな、一端退散しよう」
アルフレートはそう言うと、明里の部屋から姿を消した。
明里の部屋から彼が姿を消すと、明里は息を吐いてその場に座り込んだむ。
影はそれを見ると、明里の影の中に姿を消した。
『明里、気をつけろ。奴は何を考えているか私達でも解らないからな……』
「はい……先生、いつも私を見てるというか監視してるんですか」
『分身だがな、あの阿呆がいつお前に接触するか解らないからな』
「はぁ……」
『私は教会との話し合いでしばらく忙しいからな、こういう形でしかお前に会えないが、学校では何とか時間をつくるから学校で私に接触するといい』
「……はい」
影は揺らめきながら会話を続けていたが、明里の気持ちが落ち着くと同時に揺らめきは消えて、普通の影に戻った。
「……そうだ、先生がちゃんと見てくれてるんだもの……頑張らないと」
明里はそう言って元気を取り戻し、明里は立ち上がり部屋の片づけを開始した。
日常に戻るために。
町外れの館――吸血鬼の館で、アルフレートは静かに佇んでいた。
「……私の花嫁――」
アルフレートはそう言うと、口元を弧の字に変形させる。
楽しげに、笑う。
「明里――早く私にふさわしくなっておくれ」
「随分――楽しそうにしてますね」
アルフレートの元にクォートが尋ねてきた。
アルフレートは嬉しそうに笑いながら、クォートを見る。
「やぁ、ワラキア公の御息子。こんなところに何のようだね」
「解ってるはずです、昼間の件ですよ。あんな場所であの紛い物を解放するなんて何を考えているんですか」
「彼女が私の眷属らしく生きるための試練だよ」
「ネメシスはそれに反対してるのをご存じなのですか?」
「勿論」
クォートはアルフレートの言葉に眉をひそめている。
不機嫌であることを隠さずにクォートは続ける。
「私も彼女を貴方の眷属に入れるのは反対だ。我らの道は彼女にはふさわしくない」
「そう思うかね?」
「彼女には支配欲がない、ただ穏やかに暮らしていたいという意識しかない」
「だからこそ、私は彼女を眷属にいれたいのだよ」
アルフレートの言葉に、クォートの眉がぴくりと動く。
「だからこそ」
「そうだとも、だからこそ、彼女を眷属に入れることにしたのだよ」
アルフレートはワインの変わりに血の入ったグラスを傾けながら、微笑む。
「早く私に相応しくなってもらいたいものだ」
楽しげに微笑む彼を見て、クォートは不機嫌な顔のままにらみをつけた。
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