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堕ちる~愛を知らぬ故に~

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 粘質的な音が、クライヴの聴覚を犯す。
「はー……はー……」
 ぬちゅぬちゅと後孔に長い雄がゆっくりと蠢いていて、ナカを擦る感触が心地よくてたまらなかった。
 シーツを掴み、あられもない声を上げるのを必死に堪えながら、クライヴはセドリックに抱かれていた。

「クライヴ、教えて下さい。愛とはなんですか?」

 そう問いかけながら、自分を抱くセドリックをクライヴは見る。
 相変わらず無表情に近いが、何処か嬉しそうな表情をしていた。
 優越感ではなく、自分を抱くことを嬉しく思っているようだった。


 クライヴは自分の心がもう堕ちているのを理解していた。
 でなければ「抱いてもいいですか」という言葉を今まで拒否していたのに、「いい」と答えてしまった理由がわからない。

 愛を教えるはずなのに、教える事はできず。
 愛の真似事のような行為で、自分が堕とされる。

――何とも笑えない冗談だ――

 これでは負けたと自分から宣言しているようなものだ。


 どちゅと奥を刺激され、声を上げそうになったが、クライヴは何とか堪えた。
 体は完全に堕ちている、そして心も――
 この男からは逃れられない。


「お゛お゛?!」
 ぐりゅっとえぐられるように弱い場所を刺激され、堪らず声を上げてしまった。

「クライヴ、教えて下さい、愛とはなんですか?」

 セドリックの言葉に反応することはできなかった。
 ぶつりとそこで意識が途切れた。




 意識を飛ばしたクライヴからずるりと雄を抜いてから、抱きかかえて洗浄室に向かい、ともに体を洗浄する。
 そして体も乾かしてから、セドリックはクライヴを綺麗にしたベッドに寝かせた。

「どうして、教えてくれないのですか?」

 そう問いかけて、額にキスをする。
 クライヴが言った「愛」をセドリックは今も理解できない。

 けれども、クライヴが既に堕ちている事は何となく理解はできていた。
 それを自分から告げるのもいいかもしれないが、セドリックはそれをする気にはなれなかった。


 仮眠室に向かい一人、眠る。


 夢の中で「父」が笑っていた。

――何故?――

『ああ、お前はやはり私に似なくてよかったよ』

 その「父」の言葉を、セドリックは理解できなかった。


 目覚めたセドリックは何となくクライヴの所に向かった。
 クライヴは既に目を覚ましていた。
「……」
 こちらを見てから俯き、黙り込んでいるクライヴにセドリックは声をかけた。
「どうしてのですか?」
「――私の負け、だ。無理だ、お前無しで生きることなどできないし、お前に『愛を教える』などできない」
 予想外の言葉に、セドリックは少しだけ目を見開いたが、その後すぐ薄く笑った。
「では、貴方は私のものです、クライヴ」
「……分かっている」
 セドリックはクライヴの首筋を撫でた。
 するとそこには黒い薔薇の紋様が刻まれていた。
「貴方を手放さないという証です」
「……」
「では、部屋を変えましょう。此処は殺風景ですから」
 そう言ってセドリックはクライヴの手を握り、クライヴを立たせて部屋を後にした。




 クライヴに用意された部屋は窓などは無いが、綺麗な部屋だった。
 花が飾られていた、黒い薔薇が。
 モノトーン系の家具で統一されており、黒い薔薇に違和感がない部屋だった。
「ここを使うといいでしょう」
「……ダリルは?」
「今処遇を考えている途中です」
「……可能なら、売るなど考えないでくれないか?」
 クライヴは懇願するように言った。

――仮にも元仲間だ――
――売られるような事態は避けたい――

「分かりました、ではそのように」
 セドリックはそう言っていなくなってしまった。
 扉はなくなると、クライヴに不安がどっと押し寄せてきた。


 愛を教えることなど出来ず、クライヴ自身が相手の愛を欲して溺れる事態に陥っていたことがまず第一の失敗だった。

 愛を知らぬ、愛を知らぬはずなのに、愛を知っているような方法をとる異常性を持つ黒い薔薇がふさわしき美丈夫たるセドリックに嫌悪どころか惹かれていった。

 今まで見たことのない存在。
 善も悪もなく、無垢でもなければ空白だらけのヒトとしては異常、されども美しき存在に惹かれた。

 あの異常性と美しさに、それは花たちも愛されたがって咲き誇り、愛でられるのを望むだろう。

 彼が愛を理解する日が来ることを望む一方で、それが理由で自分を引き離すのではないかとクライヴ怖くなってきたのだ。

 いわゆる「正常」になることを望まず、今のまま「異常」であって欲しいと、クライヴはセドリックの精神構造や感情が変わらぬことを望んだ。




 セドリックはこれが「嬉しい」という感情かと思いながらその感情に浸った。
 欲しいと望んだ存在が手に入るというのがどれほど嬉しいものか、理解したのだ。

――決して彼を手放さない――

 セドリックはそう思いながら、一人思案する。

 ダリルの処遇についてだ。
 売らないなら、自分の元使う必要がある。

 もともと腕力もあるし、現状はセドリックに従順だ。
 調教時何かの時に使うのもいいかもしれない。

 ダリルの雄の部分を壊さなくて良かったとセドリックは思った。

 まだやるべき事は多くある。

 セドリックの事を裏切った依頼人たちの仲間を陥れる事などだ。

 その情報は多分、クライヴが持っているだろうと思った。

――後で、クライヴに聞くか――

 そんなことを思いながら仮眠室のベッドに横になる。

 目を閉じて眠りにおちた。


 夢の中の「父」は笑っていた。
 死ぬ間際のあの笑みで。

『セドリック、お前は私に似なくて良かったよ』

 その意味がセドリックにはやはり理解できなかった。






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