「愛」知らぬ調教師は「愛」を知る

琴葉悠

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堕ちゆく男と契約違反

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 クライヴは悩んでいた。
 日に日に、自分の心がセドリックに傾きつつあることに。
 同時に、調教されているであろうダリルの様子が気になって仕方なかった。

 けれども、セドリックはダリルの事は教えてくれない。

 部屋から出る事も出来ないまま、時間だけが過ぎセドリックの存在が自分の心を侵食するような感触に困惑するだけだった。

 最初の頃の様な調教行為はしない、まるで愛し合う者同士がするような行為を平然と行うセドリックが理解できなかった。


 ただ、セドリックも少しずつ変わっているのが分かった。

 今まで作り笑いだったものが、少しずつ自然な笑みを浮かべるようになっていた。

 本人は気づいていないようだが、まるで人形のような存在から少しずつヒトらしくなりつつあった。

 だからこそ――


 クライヴはより、セドリックに抗えなくなっていた。

 言葉や行動一つ一つの意味の重さが増していき、そして愛し合う行為に似た行為をする。

 それが本当に愛し合っているような行為に感じられて――セドリックに抗いづらくなっていった。
 慈しむ行為を模倣した行為は本当に慈しむ行為に。
 愛し合う行為を模倣したものは本物のように錯覚して感じられた。

 それでも、セドリックは「愛」を理解することはない。

 このままでは、自分の負けが確定するのがクライヴには目に見えていた。

 なんとかしなければならないとは思いはするが、良い案が思いつかないのが現状だった。


「クライヴ……」
 耳元でささやかれる感触。
 吐息に背筋に何とも言えない感触が走る。
 心臓が五月蠅くてたまらなかった。
 自分の手とは違い、華奢で細い手が、指が自分の手を握る感触。
 最初は嫌悪感があったが、今では違う感触が走るようになった。

 認めたくないが嫉妬の感情が沸き上がる事があった。

 仕事としてどれだけの相手をその手で触れてきたのだろうか、とか考えてしまう。
 でも、聞くのは自分がセドリックに興味や関心を抱いた――堕ちたことに繋がりそうで聞くことはできなかった。

「クライヴ、貴方は愛を教えてくれると言ったのに、何も教えてくれないですね、どうしてですか?」

 ここ最近セドリックに毎回のようにたずねられるが、答える事はクライヴにはできなかった。

 教えることは、自分が終わるような気がしてできなかった。
 負けることを認めるような気がしてできなかった。

「実は、ダリルの受け渡し日が決まりましてね」
「!!」

 今まで言わなかった事に、クライヴは衝撃を受けるとともに焦った。
 いくらダリルとはいえ、そのような扱いをされるのは耐えがたかったからだ。

「ダリルを……その……」
「本来ならそうするはずでした、ですが止めです。私は調教した存在が大事に扱われない環境にあるのは耐えがたい、故に私を裏切った行為をする輩にはどうなるか骨の髄まで味合わせてやることにしました」
 セドリックの言っている意味は大体わかるようでわからなかったが、ダリルが引き渡されるのがなくなっただけ良しと納得するが、別の誰かに引き渡される可能性は消えていないと脳内で安堵の意識を振り払った。




 ダリルの受け渡しの日、セドリックは一人黒薔薇の装飾がされた大きい箱を横に置きながら、指定された場所にいた。
「――やったのか?」
 依頼人達が姿を現した。
「視ますか?」
「あ、ああ」
 予想通りの言葉に、箱からダリルを出す。
 口枷と手枷を、首輪をつけられたダリルは静かに箱の中から出る。

 彼を知っている者なら驚くだろう、目を閉じ、静かにたたずんでいるのだから。

「よし、では引き渡し相手に連れて――」
「私の、ブラックリストに入っている相手に?」
「いや、彼も改心――」
「私以外の同業者から買った奴隷を壊して殺しているのに?」
 言葉に詰まる依頼人たちを見据えて、セドリックは静かに「嗤って」、ナイフを持ち出す。

「私の仕事誇りを穢すのは許さない」

「死を持って償え」

 セドリックがナイフをスーッと振ると、隠れていた依頼人の護衛の者達の首が飛んだ。

「ひ、ひぃいい!!」
「た、たすけてくれ……!!」

 命乞いをする様がみっともなくて、セドリックを苛立たせた。
「ダリル、殺せ」
 セドリックが指を鳴らすとダリルの手枷が外れた、ダリルは静かに目を開くと、虚ろな目で依頼人を見てゆっくりと近づいた。

 ごきゃり
 ぼきり

 骨が粉砕される音と聞くに堪えない断末魔が耳に届いた。
 血みどろになったダリルを拭くと、セドリックはダリルを抱きしめた。
「よくやりました」
 ダリルはこくりと頷いた。
 セドリックは再度手枷をして、ダリルを箱に入らせると、箱ごとその場から姿を消した。


 セドリックはダリルをどうしようかと悩んだ。
 見目は狂暴性を持っているが、今は従順だしその差で売り出すのも手だが、しばらくはクライヴの事もあり手元に置いておくことに決めた。

 以前の自分ならしないことだが、セドリックは驚くことも何もしなかった。
 ただ、少し変わっただけ、それだけの事だった。


「ん……う゛……」
 調教部屋に戻ると、ダリルは口での奉仕を望み、セドリックはそれをさせる。
 仕込んだ通りに、セドリックの雄を舐め、吸い、口淫するダリルの様に満足するとともに、頭の悪い依頼人たちの事を少し考えた。

――ブラックリストに載ってない輩などいくらでもいるだろうに――

 奴隷を表に出さない、類の愛でる専門の収集家もセドリックの客には多い。
 それに任せていれば、今頃死なずに済んだのにと思った。

 口内の奉仕で、セドリックは射精すると、ダリルは精液を味わうように飲みこんでいった。
「よくできたものです、他に褒美は?」
 その言葉に、ダリルは淫靡に笑ってセドリックに手を伸ばした。
「――いいでしょう」
 セドリックはダリルを抱きかかえて、ベッドに向かい、ローションでダリルの後孔をほぐすと、ゆっくりと雄を挿入していった。

 以前とは違い、淫らにあえぐダリルは商品としてかなり良い物だと思った。

 が、まだ売る気にはならない。

 クライヴの件があるからだ。
 彼は自分に「愛を教える」と言ったが、いつまでたっても教えてくれない。

 それどころか、自分との行為に堕ちてきているのが分かった。

 何故そんな行動を彼が取るのか分からなかったがそれでも――
 一日も早くクライヴを堕としたくて、セドリックは仕方なかった。

 けれども同時に彼が言う「愛」とは何かも知りたくて仕方なかった。


 以前の自分とは違う、その変化を楽しむなどありえなかったが――


 セドリックはそれもまた良いと思いながらみだれるダリルを抱いた。





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