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調教師は困惑する
しおりを挟むただ、自分の仕事をして入ればいい。
花は愛で、慈しみ、手入れをし、そして売る。
人は苦痛と快楽を与え、躾け、そして堕とし、引き渡す。
ただ、それだけで私の終わりの見えない生が続くものだと思っていた。
「――ご注文の、花です。こちらで宜しいでしょうか?」
静かな町にある花屋「ブラックローズ」にて、少女が花が生けられている籠を受け取っていた。
「わぁ!! 有難うございます!! 母がここのお花が好きで……いつもありがとうございます!!」
「いえ、ご注文ありがとうございます」
店主らしき黒い髪の男は静かにそう言うと、少女は会計を済ませて頭を下げて店を後にした。
男はそれを見送ると、一人になった店内で、花を見て回りはじめた。
しばらくして、静かな町に似つかわしくない風体の男とそれを護衛するような男達が店に入って来た。
「……いらっしゃいませ」
「『黒い薔薇を装飾し、私の為にあつらえて欲しい』」
男がそう言うと、店主である男の眼付が変わる。
何処か、静かだが穏やかに見える目から、酷く冷たい目になる。
「……」
店主は店を閉め、鍵をかける。
「奥で依頼を聞こう」
店主はそう言って、奥の部屋に男達を案内した。
「――調教師、ノーワン。貴方に依頼がある」
窓のない、密閉され、高い防音加工、盗聴妨害等、会話が外に漏れない部屋で、男は椅子に座ると、店主にそう言った。
男は店主に資料と依頼内容が書かれた紙を見せた。
「――トリニティ側ならともかく、ラムダ側の上層部である貴殿が、自身の方の戦士――隊長クラスを調教しろというのが気になる。そこまで書かれていない、理由を」
花屋の店主――否、調教師はそう言って男に説明を求めた。
「……この男は――ダリル・ブラッドフォードは確かに強い。だが味方への被害が多すぎる、命令違反もだ、だが敵では殺せないだろうし、こちらの暗殺部隊を何度か送ったが全て失敗した」
「……調教終了後は引き取る気はあるのか?」
「無論だ、見目を気に入っている者がいる、その者に渡す約束をしている……だが相手の都合で今はその者の名前などは明かすことはできない、目途がついたら明かすので良いだろうか?」
「――分かった、他に資料があるなら渡せ、後今後行う作戦の情報も私に渡せ、そして何があっても、終わるまで私に意見するな、要望は構わん、以上だ」
「構わない」
「では、依頼を受けよう――」
「……」
ノーワンは一人モニターの前でターゲットの男に関する資料を見ていた。
「……」
『貴様は部下たちの命等どうでもいいと思っているようだな?!』
ダリルではない男の声に、ノーワン動きが、視線が止まる。
映像を止めた。
ノーワンはモニターの中に映っている、ダリルにつかみかかっている男に視線を向けていた。
青い髪にエメラルドグリーンの目、少し日に焼けだ肌の凛々しい姿の男だ。
「……」
ノーワンはダリルの情報ではなく、それにつかみかかる美丈夫の事を調べ始めた。
今まで、この男がこのような行動をとった事は、一度もなかった。
ノーワンが初めて「興味」を抱いた男の名前はクライヴ・フィルグス。
ダリルと同じく隊長であり、ダリルとは大きく異なる考えの持ち主。
戦果を高みを、強さを追い求めるが故に味方であるはずの部下たちをも巻き込み甚大な被害を出すダリルに対し、クライヴは勝利以上に部下を一人でも多く生きて返す事を心情としている。
「……」
ノーワンはぎしりと、椅子に背中を預ける。
「……」
人にこのような興味を抱いた事はノーワンは一度もなかった。
先代に拾われ、そして調教師として育てられた。
先代の「きまぐれ」で見せてもらった庭園の植物達を美しいと思い、その中でも「黒い薔薇」にノーワンは心を奪われた。
先代はノーワンが「表の職業として花屋をしたい」と言った時、ノーワン同様鉄面皮だった先代は初めて笑った。
『そうか、ならそれが良いだろう』
先代は否定しなかった。
何故、先代がそう笑ったのかノーワンは未だに理解ができなかった。
先代が死んでからどれ程年月が経過したのか分からない。
ただ、その間に多くの者達を調教してきた。
様々な意味で。
依頼主の要望通りに、仕上げた。
調教するべき相手に特に感情を抱いたことはない。
調教された者に特に感情を抱いた事はない。
ただただ、義務的に、時に感情が「ある」ように接して依頼主の要望通りになるよう仕上げていった。
だから、何故、ノーワンはクライヴが「欲しい」と思ったのか分からなかった。
初めて黒い薔薇を見た時よりずっと、目を奪われた理由がノーワンには理解できなかった。
植物は美しかった。
生きる為に、あるいは人の手によって姿を変えたが、どれも等しく美しい。
その美しさは己の種を残すためのもの。
その恐ろしさは、己を守るためのもの。
動物を美しくないとは言わない。
動物も植物同様美しい、姿変わらぬもの、姿を変えていくもの、変えられたもの。
皆美しい。
その美しさは己が種を残す為に使われる。
その強さは己の種を残す為。
だが、ヒトは?
美しいと思えなかった。
何も思えない。
醜いとすら思えない。
花屋の時はただの客。
花の美しさに、それのぬくもりを愛する客の想いに答えればいい。
客の態度に相応しい対応をすればいい。
調教師の時は、客と同時に商品。
ただ、依頼の通りに仕事をこなすだけ。
余計な感情は邪魔。
内容に応じた態度を作りものの「感情」を見せればいい。
執着するなど、思い込みを入れるなど、情を抱くなど余計なことだ。
そう、思っていた。
どうして、私は「欲しい」と思ったのだろう。
黒い薔薇を見た時よりも「欲しい」などと。
どの植物も好きだが、私は黒い薔薇が一番好きなはずだ。
黒い薔薇を美しいと思っている。
なのに、どうして。
黒い薔薇よりも、美しいと手に入れたいと、思ったのだろう。
ただの、ヒトの男のはずなのに。
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