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悲しいおとぎ話のように
二人だけの歪な楽園
しおりを挟む我が子の声に反応して部屋を訪れてみれば、怯える伴侶を抱きしめ続けている我が子がいた。
他の者のような精神的な治療が効果がない我が子とその伴侶。
共依存という言葉以上に悪い状態。
互いが互いに依存の度合いを強め、精神を歪めていく。
二人きりという閉鎖空間故にそれは起こる。
だが、二人きりという状態で無くしてしまえば、より酷くなる。
リアンは伴侶(ニュクス)が居るからまだ己を保てる。
ニュクスはリアン以外の全てに怯えている。
「……父上……私は、どうすればよいのでしょうか……」
苦しそうな我が子の言葉。
だが、私はその我が子の問いかけに答える事ができない。
引き離すことができない、傷を埋める事もできない、記憶を全て消すことすらできない。
我が子でもできなかったのだ、へスペリアの御子であるニュクスにできる訳がない。
壊れてしまっている二人を、救える方法など、私等に思いつくはずもない。
「リアン」
「……なんで、しょうか……」
「お前の伴侶と話がしたい、できるか確認をしてもらえぬか?」
今の我が子の伴侶――ニュクスとは私は殆ど接触していない。
ニュクスと会話をしたのは、ニュクスが自分の名前や殆どの事を忘却した時のみ。
その後我が子を任せるという話をして以来、会話と接触はほとんどしていない。
接触したとしても、ニュクスの意識がない状態だ。
我が子は己の伴侶に話しかけている。
ニュクスは小さく頷いたのを見て、私は床に膝をつく。
視線を合わせるというのはあまりできないが、立っている状態よりは良いと思った。
ニュクスはこちらを向き、視線をそらしながら口を開いた。
「……おう、さま、なん、です、か……」
「其方に聞きたいことがあってな。ニュクス、其方はどうしたい?」
「あの……どういう、いみ、です、か……」
「――私はリアンの父親だ。其方は……忘れているかもしれないが、へスペリアの御子と知ってリアンの世話を頼んだ、故に其方の体の事は知っている」
「!!」
「父上……!!」
ニュクスの表情が青ざめる、リアンがニュクスを抱きしめ、私を咎めようとする。
「知っている、だが其方を殺すつもりなどない。私は我が子の愛している存在を、神の御子を殺すような事はできぬ」
「……お……れ、おと、こでも、おんな、でも、ない……」
「だがどちらでもある。知っている。それを異常だと私は思わぬ、リアン同様」
「……なん、で……」
「体は両方の性を持ち、けれども心はどちらでもない。其方はそういう存在だと私は思っている」
ニュクスが恐る恐る視線をこちらに向けた。
ニュクスを必要以上に怯えさせないように気を使いつつ言葉をかける。
「ニュクス、其方の体と心は他の者と違う、だが忌むべきものではない。其方はそう言う心と体を持っている、それだけの事。両方の性を持って生まれた、どちらにもつかない状態心を持っている、それだけだ」
「……でも、おれの、せい、で」
「――ならば私は言おう、異常なのは其方ではない、其方を排斥してきた者達が異常なのだ。其方は異常でもない。そして悪くなどない、産まれてきた事自体が罰なのではない、其方は確かに『愛された』、其方が謝罪し、恐れている『家族』に『愛されていた』否、愛されている」
リアンと私は違う、故にニュクスに何処まで言葉が届くか分からない。
「其方に会うたびに、其方が抱え込んでいた傷に歪みに、自分達は其方を『守れなかった』という事を知り、そしてそれらが自分達では治せず、それどころか悪化させるからこそ其方に会うのを控えている。会いたくないのではない、会いたくとも会えないのだ」
「で……も……」
「――あの時其方の母は其方を抱きしめようとした、だが其方は『殺される』と思い恐怖して離れ、許しを請うていた。だから其方の母は、家族は触れられなかった。だがそれは其方が悪い訳ではない、其方を追い詰め続けた愚者が悪いのだ」
「……おれ、は、わるく、ない?」
ニュクスは問いかけてきた。
「我が子も――リアンも言っているだろう。ニュクス、其方は何一つ悪くないのだ」
何度も言い聞かせる。
効果があるとは思わない、リアンが何度もしてきたことだから。
ただ、違うのは、リアンが隠していたことも踏まえて告げる、それだけだった。
「ニュクス、其方は悪くない、産まれてきた事は罪にあらず、生きてることもまた同じく。其方は良いとされ、愛されている。だから、其方に皆触れようとせぬ、其方に自分達が負担になることを良しとしない故に」
私ははっきりと告げる事にした。
「其方を悪と断じた者達の処刑が決まった。ニュクス、其方は本当の悪共を見るか? 恩情を与えるか? このまま見ることなく処刑して欲しいか?」
その言葉にニュクスの目が見開かれる。
ニュクスしばらく狼狽える様に考え込んで、そして口にした。
「しょけい、して、ください、おれは、みたく、ない。かあさん、たちを、くるしめた、やつらなんか、みたく、ない」
絞り出すような声。
「分かった、では本当の悪を断罪してこよう。リアン其方はニュクスの傍にいよ、片時も離れるな」
「はい……父上」
弱々しいが、それでもはっきりとした言葉でリアンは言った。
私はその場から姿を消し、処刑場へと転移する。
「罪人共、貴様らの処遇が決定した。このまま死刑だ」
神の言葉を都合よく解釈し、本当の神の言葉を聞けなくなった罪人共に私はそう言った。
「ふ、ふざけるな!!」
「私達を殺してただですむと思っているの‼」
「嫌だ!! 助けてくれ、なんでもするから!!」
目に余る命乞い。
「見せしめもかねて一人ずつ行え」
一人ずつ紐が着られ刃が落ちて首が落とされていく。
最後の一人「聖王」などと嘯く大罪人の首を落とす紐を処刑人が切ろうとした時、一人が前に出た。
「カオス陛下、その男の紐を私に切らせてください」
ニュクスの養父パリスだった。
「――良かろう、我が子の伴侶の養父よ。好きにせよ」
私は処刑人から剣をもらい、渡すと、パリスは紐の前に立ち剣を掲げた。
「反逆者め!! 貴様がいなければこのようなことは……!!」
「黙れ!!」
大罪人を、パリスは怒鳴りつけた。
「貴様の所為でニュクスがどれだけ苦しんだことか、これは私がするべきことだ。何も守れなかった私なりの贖罪の一つにすぎない。へスペリアの裁きを死後受け続けるがいい!! 愚王レオン!!」
パリスは剣を振り落とした。
紐は切れ、刃が落ち、大罪人の首が切り落とされた。
「パリス」
肩で息をして、今にも自害しかねない彼の者から剣を取り上げる。
「私も……死ぬべきだったのだ……あの子を……ニュクスの苦しみを救えなかった私も……罪人だ……」
顔を俯け涙を流すパリスの肩を私はそっと触る。
「否、其方が、其方たちがいたこそニュクスは生き続けた。だからどうか生き続けてくれ」
「……はい」
処刑執行が終わり、部屋に戻ると、ニュクスを抱きしめて何度も「大丈夫」と囁く我が子がいた。
「リアン、ニュクスは?」
「……外が怖いと、怯えています……」
「左様か……良い、ニュクス。其方の心の傷が癒えるまで、ここにいるがよい」
私がそう告げると、ニュクスは泣きはらした目をこちらに向けて唇を震えさせながら言った。
「いい、の……? おれ、ここにいて、いい……の?」
「勿論だ」
「うっ……うあああ……」
リアンの腕の中で泣き続けるニュクスを私は見つめる事しかできなかった。
ニュクスが我が子の元に来て、10度目の春が訪れた。
幼かった彼の者の弟と妹も、成長したが――姿変わらぬニュクスは二人とも──家族とも会おうとしなかった。
リアンの為の箱庭で、リアンの為の籠の中で、あの部屋でリアンと共に過ごしている。
二人で抱き合い、体を貪って、互いだけが救いであるかのように抱きしめ合って眠る。
救いがあるのか、はたまた救いがないのか分からない日々を送っている。
そしてニュクスは身ごもる事もない。
自分の意志で、身ごもる事を恐れているから、決して赤子を宿すことはない。
リアンもそれでいいとしている。
年を取らず、寿命を持たぬ私故に、次の王などを考える必要はないことが救いだった。
病んだ二人だけの小さな楽園。
外に出ることは決してない。
二人にとって不幸せで、幸せ。
救いであり、救われない。
それが、私には悲しかった、悔しくてたまらなかった。
「へスペリアよ、あの二人に救いはないのでしょうか――」
その呟きに答えはなかった。
無いと知りながらも、聞かざる得なかった――
「りあん……」
ニュクスと共に過ごす10度目の春が過ぎた。
私の腕の中にいるニュクスは、幼子のようだった。
「りあん、だきしめて、はなさないで」
「分かっているよ、離さない、決して」
少しだけ強く抱きしめて、額に口づけをする。
「りあん、そとがこわいよ。みんながおれをころそうとするんだよ」
ニュクスの外への恐怖心は悪化していた。
幻聴まで聞こえる程に。
誰もかれもが自分を殺そうとすると、怯えているのだ。
部屋に入れるごく一部の存在だけが、ニュクスを怯えさせずに済む。
父も数少ないその一人だ。
だが――
ニュクスの家族はそうではなかった。
ニュクスは家族が自分を憎んでいると言うのだ。
幻聴が聞こえているのだ、自分を恨む言葉が聞こえているのだ。
薬での治療もあまり効果がない。
だが、続けている。
いつか、ニュクスの幻聴が消える日を願って。
今の私は、神には祈らない。
私があの日、救いを求めたから――
私は、最愛のニュクスを壊したのだ、私が壊したのだ。
神に救いを求めたから。
すべては私が悪いのだ。
「りあん……」
「どうしたのだ? ニュクス」
「くちづけをちょうだい、あいしているっていって……こわいんだよ」
「……わかった」
私はニュクスに口づけをした。
「愛しているよ、ニュクス。君を誰よりも、何よりも」
「うれしい、おれも、あい、してる」
そう言ってやつれた表情でニュクスは笑い、私に腕を伸ばし抱き着いてきた。
「あいしてる、りあん」
「私もだ、ニュクス」
昔、魔王と呼ばれた王様の国に、小さな箱庭がありました。
その箱庭で、傷ついた王子様とその伴侶が暮らしておりました。
二人はずっと互いから離れず、いつまでも、その箱庭で暮らしております。
いつまでも、いつまでも――
---- End
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