38 / 45
忘却故の悲劇
救えない、守れない
しおりを挟むあの一回で、ニュクスを傷つける行為が起きなくなればと思ったのだが、私の体はそうなってくれなかった。
あの日から、今までようやく抑え込めるようになった、と思っていたあのおぞましい行為で変貌した私の体は、盛りのついた獣のように発情を繰り返す羽目になった。
発情を起こすきっかけはただ一つ――ニュクスと父以外の存在と会う事。
父は今諸事情でここに来ることは余程の事が無い限り、来ることはない。
故に、どうあがいても、朝と昼、そして夜、三回の食事の時はどうあがいても他者と会うのはどうにもできなかった。
そして言える訳もない。
人を一切接触しないようにさせてくれとも言えばどうなるか分からない。
それよりも、衰弱し精神的にまいっているニュクスの診察がある。
他者がいる間は何とか抑え込める、だがいなくなれば、ニュクスと二人っきりになれば、一気に体が肉欲に苛まれる。
それを我慢できない自分が忌々しい。
肉欲に体が支配されると、私はそれを幾度も抑え込もうとする、が時間と共に悪化するだけ、治まる事が無いソレに私は苦しめられる。
そして、ニュクスはそんな私に体を差し出すのだ。
熱が治まるまで、その体に欲を吐き出し続ける。
それが今の君を苦しめる行為でしかないのに。
「っ……」
何度目かの射精で、漸く硬さを失った私の雄を、ニュクスの膣内からずるりと抜いた。
ニュクスの顔は涙や鼻水、唾液でぐちゃぐちゃになっていた。
目は虚ろで、私を見ていないように見える。
「……すまない」
意味のない謝罪の言葉。
「……? ……だい、じょぶ……りあんが、らくに……なったなら……」
ニュクスは少しだけ手を動かし、私の手にそっと触れる。
「……」
――大丈夫じゃないはずなのに――
君は私を責める事はしない、拒むことだってできるのに、それをしない。
ただ、私の欲を受け止めて、体を震わせて、怯えたような喘ぎ声を上げる。
何故、私は苦しめることしかできないのだろう。
幼い君の表情を思い出した。
苦しい、辛い、心に抱えていた物を吐き出して、泣いて、私にしがみつき、少し落ち着いたら申し訳なさそうな顔をするから頭を撫でると、作り笑いではない笑みを浮かべた時の事を思い出す。
その思い出を、自分の欲で汚している。
薄汚い欲で汚している。
最近は「声」が聞こえない、見放されたように思える。
それもそうだ、依存して、追いつめて、苦しめて、傷つける私に「ニュクス」は諦めたのだろう。
『リアンにとって、俺はその程度なんだな』
そうだ、そう感じたのだろう「ニュクス」は。
だから、声が聞こえなくなった。
言わなくなったのだろう、何を言っても無駄だと。
全部、私の、愚かしい行為が原因だ。
まぐわいで疲弊したニュクスは歩くこともできなくなった。
最初の頃はふらつきながらも歩いて浴室に向かい、湯浴みができたが、私の歪な「欲」が日に日に悪化し、ニュクスへの負担を増加させた結果、ニュクスを抱きかかえて私は湯浴みをする浴室へと向かう。
お湯の中でぐったりと私にもたれかかっているニュクスの頬を撫でる。
「ん……」
虚ろな目をこちらへ向ける。
それに少し安堵する。
君が死んでしまうんじゃないかと、怖くてたまらない。
目を離した時、二度と呼吸をしなくなり、心臓が動かなくなるんじゃないかと怖くて仕方ない。
温もりが、失われるのが怖い。
君を喪うのが、怖い。
なのに、私は君の命を削るような事しかできない。
君の心にヒビを入れるような事しかできない。
湯浴みを終えて、体を拭き、服を着せベッドに寝かせる。
「……り、あん……そばにいて……」
いつも、君を傷つける行為ばかりしているのに、君は私に傍にいて欲しいと言う。
「……大丈夫、傍にいるとも」
手を握り返す、湯あみを終えたばかりだというのに、体温は酷く低い。
その低さが怖くて、抱きしめる。
私の体温も決して高くはない、けれど、それでも、少しでも温かくなるよう抱きしめる。
抱きしめてしばらくすると、静かな寝息が聞こえた。
ニュクスを寝かせる。
眠ったニュクスは穏やかな表情で眠っている。
私はそれを見ている、眠ることはしない、休めることはしない。
ニュクスが眠るように死ぬことが怖いから、ずっと見ている。
頬を撫でると、少しだけ体温が上がったように感じた。
唇も血色の良い色になっている。
穏やかに眠ってる時、君の死が恐ろしい一方で、君が何にも怯えずに眠れる事に安堵する。
うなされるよりもいい。
ニュクスの心に数少ない平穏が訪れ、傷つくこともなく、穏やかでいられるのだから。
ニュクスはうなされる事が多い。
穏やかに眠れることは稀だ。
うなされている時、ニュクスは起きると怯えて私にしがみついてくる。
夢の内容はいつも同じ。
忘却する前のニュクスを「傷つけ、壊し、歪ませた」内容。
そして最後まで語らない。
語らなくても分かる、私が君を無理やり犯して、終わるんだ。
姿が分からない人が、と言うが真実かどうかは分からない。
本当は私に犯されているのではないかと不安になる。
でも、君は姿が分からないとしか言わない。
だから、うなされているのが分かると、起こしてしまいたくなる。
それが良くない事だと理解した。
声をかければ夢の中でより恐怖に襲われ、揺すれば捕まった感触を感じてその痕が体に浮かび上がり、場合によってはまるで切られた様な傷ができる。
起きてくれればいい、でも決してニュクスは自分から目を覚ますまで、起きることは無い、どんな事をしても。
だから、起こすことができなくなった。
だから、今穏やかに眠っているニュクスの表情に安心する。
夢を見ていないのか、それとも怯えることの無い幸せな夢に浸っているのか、どちらでも構わなかった。
君の心が安らげる一時があるなら、それでよかった。
穏やかな眠りから目覚めると、ニュクスは滅多に見せない淡い笑みを口元に浮かべる。
「……りあん、おはよ」
「……おはよう、ニュクス」
頬を撫でると、幸せそうに目を閉じながら、手に頬を摺り寄せる。
一時の幸せを感じる時間だ。
穏やかな眠りから目覚めた時のニュクスはしばらくの間、心穏やかに過ごすことができる。
幼子のように、無邪気に甘えてくれる君が見れる。
何も怯えないで、怖がらないで、私と喋ってくれる君が見れる。
幸せな一時。
けれど、終わりが必ず訪れる。
ガチャリという音に、ニュクスの表情は強張り、私に縋り付き、怯えたように震える。
誰かが来ると、この時間は終わる。
必ず終わりが訪れるのだ。
それに苛立ちを覚えるが、向こうには悪気はない。
悪意で来ているなら二度と来るなと怒り、父に言うことができるが、そうではないから言うことができない。
「リアン様、ニュクス様、お食事をお持ちいたしました」
「……分かった、置いて出ていってくれ」
「畏まりました」
出ていく音、扉の閉まる音に、私は息を吐く。
私の腕の中のニュクスは、私に縋り付くように服を掴み、顔を隠し、ガタガタと体を震わせている。
ニュクスの他者への恐怖心は日に日に悪化している。
この間は診察すると聞いた途端、暴れ出し、僅かにセイアが触れた途端気を失ったほどだ。
今のニュクスには私しか縋る相手がいない。
私以外の存在は皆恐怖対象だ。
『おれは、まのこだから、ころせって、みんなが、いうんだ』
一部を除いて、悪夢は鮮明になっているらしく、それがニュクスが他者への恐怖心を助長させている、そしてその「魔の子」の理由も夢で思い出した、自分の性だと。
だから、殺されるのではないかと、怖がっている。
あれほど死にたがっていた君は、今は殺される恐怖に怯えている。
怯えるニュクスを抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫……」
背中をさすり声をかける。
けれども「守る」とか「助ける」という言葉は言えなかった。
どの口が言えるだろう、散々傷つけておいて、苦しめた。
その上今も傷つけている私に、その言葉を言う資格など私にはない。
今の私にできるのは、怯えるニュクスが、落ち着くまで抱きしめるだけ。
何とか言うことのできる言葉を言うだけ。
君を救う方法が、分からない。
君の恐怖を取り除く方法が、分からない。
自分の無力さに、無能さに、嫌気がさす――
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説

兄は、追放された弟が復讐に戻ってくるのを待ち望む
田尾風香
ファンタジー
10歳の魔法の属性検査で、フランルークの弟、グレンは属性なしの忌み子と判断され、深淵の地へと追放された。
落ち込むフランルークだが、ある時読んだ英雄の小説とグレンの境遇が似ていて、弟に会いたい、復讐するためでいいから成長した姿を見せてくれ、と願うようになる。
15歳。魔法学校での入学試験で、フランルークは、グレンと再会する。再び心を通わせた兄弟は、入学後の模擬戦で対戦することになる。
忌み子と呼ばれながらも、力をつけて戻ってきたグレンは、かつての家族から戻ってくることを強要される。そして、そんな自らの家族の横暴さに振り回される兄の手を、グレンは強引に取ることを決める。
襲ってきた父親たちをあっさり返り討ちにして、平穏に過ごす彼らに、魔獣が襲いかかった。
これは、英雄になる少年と、英雄を支え続けた少年の物語の、始まりのエピソードである。
※BLは念のため。弟の兄好きが暴走している感じです。五話くらいから暴走を始めます。
※これは、小説家になろうでも掲載しています。

聖獣王~アダムは甘い果実~
南方まいこ
BL
日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。
アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。
竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。
※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

オレに触らないでくれ
mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。
見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。
宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。
『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる