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壊れた祝福者

それは連鎖的に

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 朝日が昇ってくるのが見えた。
 眠ることはできないまま、ただ私は自分の腕の中で眠るニュクスを抱きしめているだけだった。

 眠気がないのが良かった、多少眠れなくても壊れない体であることが良かったと思った。

 夢見が悪いのか、いつものような穏やかな表情で眠っていない、ニュクスを見つめる。
 最初不安になって、頬を撫でたが、より表情を怯えさせたので、抱きしめるだけにした。
 脂汗をかいているのを、拭ってやりたかったが、触れることで夢の中でより怯えられるのは嫌だった。
 いつもならゆっくり眠って欲しいと願うのだが、今は早く目を覚まして欲しいと思ってしまう。

 声をかけるのが良いことなのか分からない。

「う……あ……」
 口から声が零れた。
 長い黒いまつげを震わせながら君はゆっくりと目を開けた。
「……ゆ、め?」
 視線をさ迷わせて、絞り出すような声を口から発した。
「怖い夢、だったのかい?」
「……うん」
 ニュクスは私に抱き着いて胸元に顔をうずめながら小さく頷いた。

 夢の内容を聞くか迷ったが、ニュクスの方から小さな声で話してくれた。


 無数の手が自分を指さしてきた。
 そして自分を殺そうとしてきた。
 逃げて逃げて、何かが自分の手を引っ張った。
 気が付いたらベッドの上にいた。
 姿が見えない相手が服を破いて――


 其処まで話してニュクスは口を閉ざした。
 体が震えている。
 ニュクスが忘却するまでの事が「悪夢」の形となって出たのが分かった。
 最後に何をされたのも、言わなくても理解できた。

――夢の中で、君を犯したのは、私だ――

 そんな事、言えるわけもない。
 忘却する前の君を犯したなど、誰が言えるものか。

 裏切り行為を繰り返しているのも理解している。
 だが、全て自分の所為なのだ、壊れてたからなど、言い訳にならない。
 口にできない、それを言ったら、君は「縋る相手」を失うから、そして私は君に拒絶されることに耐えられないだろう。

 両方が壊れる未来が見える。

 だから、私は騙れない、君を傷つけに傷つけたことを、口にできない。
 私一人が破滅するなら、別に構わない。
 けれども君が壊れるのだけは耐えられない、今も壊れそうなのに。


 ニュクスが落ち着くまで抱きしめて、落ち着いたら君は「からだがべとべとする」と言って湯浴みへと向かった。
 その間他者が入らない様にしておく、それ位は今はできる。

 これは贖罪になどにはならない、でも、今君の為に、私はできることをしたい。

 湯浴みを終えて、体を拭いて、衣に身を包んだニュクスが私の傍に寄ってきて抱き着いてきた。
 目覚めた時の明るかったのが嘘のようだ。
 今はまるで幼子の様に何かに怯えている。
 とりあえず、食事を取らないといけない、扉を閉ざしている術を解く。

 その直後、扉が開いた。

 ニュクスは怯えたように私の胸元に顔をうずめて、体を丸めた。
「……ニュクス?」
 体が震えている。
「どうしたんだい?」
 口が動いているが、声が出ていない、聞こえない。
 ヒューヒューっという呼吸音が痛々しい。
 体を震わせて、怯えているニュクスを見て、私は口を開いた。
「――マイラ、悪いが今すぐ出て行ってくれ」
「……畏まりました」
 マイラはそう言って私達の朝食を置いて部屋を出て行った。
 マイラがいなくなると、ニュクスの呼吸が落ち着いていくのが分かった。

 今のニュクスは私以外の存在を酷く怖がっている。
 夢の影響がおそらく強いだろう。
 姿が分からない存在――私の事を思い出していなかったから、今私は対処できるのだ。
 もし、私に犯された事を思い出されたら――

 想像したくもない。
 全て私の所為だ、ニュクス、君は悪くない。

 君は何も悪くない、君は周囲を憎んでいい、私を憎んでいい。

 君には、その権利がある。
 もし、いつか全てを思い出しても君が壊れずにいたなら、私を憎んでくれ。
 いっそ殺してくれても構わない。
 私はそれほどの事を、君にしたのだから。


 何とか食事を終えて、少し怖いが食器類を片付けて、部屋の外で待っていたマイラに渡して、扉を閉じる。

 私も、部屋の外に出るのが怖い。

 薄汚い手が、性器が、道具が体を犯す感触が体からまだ消えてくれない。
 口の中に薄汚い液体を飲まされたような感触と、鼻にその忌々しい臭いを感じる。
 実際そんな物はない、どこにもない。

――ああ、失敗した――

 犯された、凌辱された、調教された体が、久しぶりに発情し始めた。
 気持ち悪い感触でありながら、幾度も覚えさせられた体は勝手に雄を雌を悦ばせようと反応をし始める。
 立っていられず、蹲ってしまう。

――我慢しろ、落ち着くはずだ、でないと、ニュクスを傷つけることになる、それだけはもう、嫌だ――

「……りあん?」
「……ニュクス、お願いだ、少しの間、近づかないでくれ、君を、傷つけてしまいかねない」
 明確な理由を避けて、ニュクスに近づかないように、声を絞り出して告げる。

 壊れている時は、ほとんどこの状態だった。
 その所為で私はニュクスを傷つけた、もう傷つけたくなかった。


 最悪な事に、体の熱は一向に収まる気配がない。
 自分で慰めたところで発散できないのは知っている、他者がいないと無理なことも。
 否、ニュクスでないとこの熱は治まってくれないのが分かっているからどうしようもなかった。

 だが、今のニュクスにそんな事をしたら、傷つくどころじゃすまない事位、私は理解している。

 今の私がニュクスに助けを求めるなどしてはいけない、それはニュクスに負担になる。
 今のニュクスを支えなければいけないのに、私がこれでどうすると、必死に耐える。
 だが、耐えたところで熱は鎮まらない。
 苦しさだけが増していく。

――耐えろ、耐えろ、傷つける気か、ニュクスを――
――誰も信じることができない状態に追い込む気か――

 体を傷つけてそれで紛らわすことは無駄だ、今の状態の私は「痛み」でより悪化する。
 そのようにされたからだ。
 あのおぞましい行為が私の体に刻んだものは未だ消えてくれない。

 だが、それで再びニュクスを傷つけることなど、私はしたくなかった。

――お願いだ、近づかないでくれ――

 そう祈り蹲り、耐えるしか私にはできない。
 けれども、苦しさから逃れる方法が分からない。

 時間の経過が酷く長く感じる。
 どれほど時間が経ったのだろうか、それを見る事すらままならない。
 忌々しく汚らわしい「熱」は私を苛み続ける。
 呼吸も抑えるのができず、酷い熱と欲の混じった呼吸をしてしまう。
 体もじっとりと汗ばみ、不快感がでてきた。
 動くことができない。

――耐えろ、耐えろ、耐えろ――

 か細い体の感触に、熱が悪化するのと血の気が引くという状態が同時に起きた。
「……お願いだ、離れて、くれ」

――君を傷つけたくない、もう君を苦しめたくない――

「……りあん、ひどいことされて、そのせいで……だれかで、はっさんしないと……くるしいん……だよな……」
 ニュクスの言葉に、耳を疑った。
 その話は、忘却した君には、していない。

――おぼえて、いた?――

「……おれ、じゃない、と……だめ、なんだよな」

――何故だ、何故それを覚えていたんだ、忘れていて欲しかった、じゃないと君を私はまた――

 する……と、ニュクスが身につけている衣服が脱げ床に落ちる音がした。

「……いいよ。へんなからだだけど、りあんが、らくになるなら……うん、いいよ……」

――振り向くな、振り向くな――

 抱きしめられる感触に、体の熱が悪化する。

「いいよ、りあんなら」

――私は、君を傷つける事しか、できないのか――

 絶望の色と、欲情の色が混じり合って、頭の中が滅茶苦茶になった。




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