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祝福者の傷
壊して封じてた感情が治り、噴き出す
しおりを挟む「……にゅ……くす……」
俺の耳に聞いた覚えのあるような、ない様な声が聞こえてきた。
王様の声ではない、王様の声はもっと低いしどんな時でも威厳……なのかな多分それを感じさせるような声だ。
これは若い男の声だ。
本を閉じて部屋を見ると、王子様の姿がベッドから消えていた。
服を引っ張られる感触に、俺は下を見る。
「にゅくす……」
王子様が口を動かしている、俺と王子様以外部屋には誰もいない、つまり――
王子様の声が今俺は「聞こえている」という事だ。
俺はテーブルに置いてある板を取り、文字を見せる。
『何か用か?』
王子様に問いかけると、王子様は絨毯の敷かれた床にぺたんと座り込んだ状態で、服の裾を掴んで、うつむいて、ただ俺の名前を呼ぶのを繰り返す。
今までなら気にならなかった、と思う。
でも、あの存在が何かした結果、俺の中に、異変が起きているのは分かった。
今まで久しく忘れていた「苛立ち」という感覚が出てきたのだ。
今まで、何も感じなかったのに。
王子様の「声」に苛立っているのか、それとも王子様の「存在」に苛立っているのか、さすがに其処までは分からない。
ただ久しく忘れていた「苛立つ」という感覚が、別の感情、感覚も一気にまるで連鎖反応的に思い出させてきた。
苛立つ、むかつく、鬱陶しい……俗にいう負の感情、感覚とも呼ばれるのが一気に戻ってきたのだ。
俺は額をおさえ、ため息をつく。
ぶっ壊れたままの方がマシだったと思ってしまった。
「にゅくす……」
うるせぇ。
「にゅくす……」
うるせぇ、黙れ。
「にゅくす……」
黙れ、用がないなら呼ぶな。
「にゅくす……」
「――黙れ、用がないなら話すな、鬱陶しい」
声が、出た。
我ながら酷い台詞だと他人事のように思った、久しぶりに出た言葉が労わりの言葉でも、愛の言葉でも、なんでもなく、こんな言葉だとは。
王子様はそう、なんというか多分怯えた、そんな感じの、あと傷ついた、とかそんな風な顔をして俺を見ていた。
王子様の目に映ってる俺の表情は、なんともまぁ、無機質な表情基――あの日からだいたいこんな感じだった。
どうやら表情の方はまだあまり変化してくれないようだ。
王子様はうつむいて俺何も黙り込んだ。
俺は静かになったからまた読書を再開する。
王子様が「可哀そう」とか「申し訳ない」という感情や、感覚はない、酷い感情と感覚ばかり戻ったなと我ながら思う。
王様がやって来た、俺は声が出る様になった事と、王子様の声が聞こえるようになった事と伝え――俺を世話役から解任するよう頼み込んだ。
うん、良心の感覚はないが、分かる。
今の俺は王子様を「大事」にできない。
王子様に寄り添えない。
でも、多分家族に会うのはできないだろう。
家族に対しての気持ちは「会いたくない」というものが強かったからだ。
僅かな家族に対する「愛情」からだと思う、今の俺はきっと酷い言葉しか出せない。
『なんでとっとと俺を捨てなかった』
『いっそ殺してくれればよかったのに』
『なんで産んだんだ』
そんな感情がぐるぐるとしていて、気分が悪い。
なので、俺は何処か肉体労働でもできる場所にでも入れてくれないかと頼んだ。
王様は俺の提案を却下した。
王様は王子様が大切じゃないからじゃない、もう縋る手段が「俺」しかないから俺の提案を却下せざる得ないのだ。
他に大丈夫な奴がいたら、きっとソイツに任せた方がいい、でも――
そんな奴はいない。
だから王様は俺の提案を却下した、それくらい分かるだけ頭は少し働くようになったのはわかった。
変な治り方をして、一般的な連中が治って欲しい箇所は治ってない俺を置くのはそれでも不味いと、俺は思う。
王様には特にいら立ちとかそういう感情は湧いてこないからまぁ「普通」なのかわからないが、そういう対応は取れるが、王子様を見ているとまぁあんまり「良くない」感情が沸き上がる、それを止めれる人物は多分王様位だろうけど――王様はそこまで暇ではないのは分かる。
ちょっと話をしたが、この国と敵対関係にある国が――何かやらかそうとしているらしいので、かなり忙しい合間をぬってきているのだ。
アルゴスの奴は、と言ったが、王様は代わりにはならないと言って否定した。
後、俺は今までやってたような食事や薬を飲ませるのも、今の俺にはできないということも言った、何かそんな気がするのだ。
我ながら、酷い「存在」になったものだなと感じた。
比較したくはないが実父と同じくらい「人でなし」に近い状態だろう、今の俺は。
王様の言葉に、根負けしたというか、他に対応できる奴がいないので、俺の状態がこのまま治らず、代わりの者が見つかったらその者と交代する、ということになった。
王様的には治って欲しいようだが、俺的には代わりがさっさと見つかって欲しかった。
生きてるのが非常に面倒だ、正直言って死にたい、この立場じゃなかったら自殺していると思う。
ああ、戻ってきた「負の感情」の中には俺がずっと「心の中に押し込めていた」感情も一緒に混ざって噴き出したというか戻ってきたというか、出てきたというか、そんな感じの為か、俺は死にたくてしょうがなかった。
王様は王子様の食事を持ってきて、部屋から姿を消した。
「……」
俺は王子様の方に視線を向ける。
王子様はうつむいたまま、俺の服から手を離さない。
「……食いたきゃ食え、俺は知らん」
俺は無理やり王子様の手を叩いて、椅子から立ち上がって王子様から距離を取る。
王子様はそれでも俺に縋り付こうとしてきた。
ああ、鬱陶しい、忌々しい!!
「寄るな!! ……ああ、今の俺はアンタの事をまともに世話なんてできやしねぇ、傷つきたくねぇならくるな、触るな」
離れて、壁に寄りかかる。
鬱陶しいとか、忌々しいとか、そういうのは今まで殺し屋や追跡者や、実父連中にしか向けてこなかった。
もうその時からとっくに壊れていたから、本当は違うと今ならわかる。
俺は「何もかもが鬱陶しくて、忌々しくて、憎くて、たまらなかった」んだと。
優しくしてくれた義父や、産んで慈しんでくれた母、大事な弟や妹、それらさえも、憎くて、忌々しくて、たまらなかったのだと。
会わないから僅かに残った「家族愛」で、それをぶつけようとするのを抑えられている、だが会ってしまえば――
今まで、ずっとため込んでいた感情をぶつけてしまうだろうと。
額をおさえる。
苦しい。
苦しい。
忌々しい。
辛い。
悲しい。
憎い。
疎ましい。
無意識に自分で壊して、抑圧していた感情。
それだけが治ってしまって、「抑圧」できなくなった感情。
――ジブンナンテキエテシマエ――
気が付けば、俺は血まみれになっていた。
風呂場に唯一「体を傷つけられそうな道具」である剃刀を手にして自分の体をずたずたにしていた。
切ったら死にそうな所はうっすらと傷跡が残る程度にまで治ってた、他の所は傷は残って血を流しているというのに。
なんだよ、死ぬこともさせてくれねぇのか。
俺は遠い目をしながら、それでも自分を傷つけるのを止められなかった。
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