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壊れた王子様
王子リアンの「傷」
しおりを挟む王様が何とか王子様を落ち着かせてから一回部屋を出て行って、王様が着替えと、温かい濡れた上質でふわふわな布を持ってきてくれたので俺は上半身を拭いてから、替えの服に袖を通した。
上質というか俺が着ていたような服とは肌触りやら軽さとかも異なる。
着替えている間じっと王子様が俺を見ているのが分かる程視線を感じた。
ヤダ、この王子様コワイ。
「……本当に、発狂とかしたりすんの?」
「……そこまで言うなら仕方あるまい少し待て」
王様はそう言って部屋を出て行った。
俺はベッドの上にいる王子様から距離を取るように、椅子に腰を掛けた。
王子様は俺をじっと見ている。
本当、この王子様なんか精神病んでるの?
いや、確かに言葉らしい言葉は喋ってない、それはおかしいが。
昨日の行動といい、今日の明らかに俺の貞操を奪うような行動に関しては非常に疑問だ。
だが、父親の王様のいうことは聞いている。
俺は色々と思考しているが、王子様の視線は感じていた。
ちらりと視線をやれば、ベッドの上に座り込んだ格好で俺のことをじっと見つめている。
まぁ、普通の年ごろの女の子……いや男子も見惚れる、もしくは見られたら恥じ入ってしまうような美貌の持ち主だが、残念俺は色々あって他の奴と色々違う上恋もロクにできない身の上だったのでそういう感覚が微妙なんだよ。
その上、目覚めたら貞操の危機と言わんばかりの状態になっていたのもあって、王子様の視線は何か微妙に怖かった。
ガチャリと扉が開く音がする、声が聞こえる。
「あの、リアン様の御部屋に入っても大丈夫なのでしょうか?」
「……見なければ分からぬらしい、今回だけだ」
「は、はい」
女性らしき声と王様の声、かなり小さい声で話しているのか扉に近い俺はなんとか聞けた。
王子様は扉と俺を交互に見ている。
俺は扉の方を見た。
王様が入ってきた、その後ろを若い女性、貴族の家の召使いとかが着るような服を着た女性が手押し車に料理らしきもの押しながら入ってきた。
手押し車には、まぁ手づかみで食べれそうな食べ物だけが乗っている。
なんだ、別に何も起きないじゃないか、と思ったその途端。
「~~~~!!」
何か声にならない声っぽいのが聞こえた、王子様の声なのは分かった。
血相を変え、怯えた表情になりベッドから転げ落ちるように逃げ出して部屋の隅に隠れて頭を抱えてガタガタ震え出した。
王子様の声に耳を澄ませる。
「ゆるし、てくだ、さい、ああ、いやだ、ごめんなさい、やめて、もう、むり、ああああああああ……」
怯えて、誰かに許しこうような言葉。
俺がはっとして王様を見れば、王様は何も言わず悲しそうな顔をして手押し車をその場に残した状態で、女性を下がらせた。
扉が閉じる音がする。
が、王子様は先ほどと変わらずガタガタと部屋の隅で縮こまって震えている。
王様が近づき、屈んで話しかけ、抱きしめ始めた。
しばらくそれを見ていて、王様が立ち上がり、俺の方へやってきた。
「おかしい」
「……何が?」
「いつもなら私が対応すれば戻るのだ、だが今日は全く戻らぬ」
「は?」
王様は酷く困惑した表情で言っている、俺もよく分からない。
「……ニュクス、すまぬが其方がやってはくれぬか?」
「え、えー?」
「頼む」
「んぐ……で、出来なくても文句言うなよ」
「言わぬ……何となくだが、其方でなければ今後あの子の対応は厳しいものとなると思うのだ」
「そうやって圧かけるの止めてくれよ……」
俺はげんなりしながら部屋の隅でガタガタ縮こまっている王子様に近づきしゃがむ。
「王子さ……――リアン」
王子様って言っても反応しないような気がしたので、頭のすみっこで記憶していた王子様の名前を呼ぶ。
震えが止まる、相変わらず縮こまっているが。
頭を撫でてから抱きしめる。
「よしよし、いないよ。お前を傷つけようとしたりする奴は誰もいない、だから大丈夫、な?」
抱きしめながら、背中をさすり様子を見る。
王子様は小さく頷いていた。
しばらくして王子様は落ち着きを取り戻した。
王様がここ数日食事を取ってないから取らせて欲しいと要望してきたので、手を握ってテーブルの所に連れてくる。
テーブルの上には調理されていない、それでも生で食べれる系統の物が皿の上にのせられていた。
まぁ、全部俺とは縁がないような食べ物だ、そういう食べ物は基本高級品だからだ。
たいていは塩漬けや砂糖漬け、火を通す等の加工が入るが、皿の上の物はそれらの手が加えられていない。
「……あのさ、何で全部調理とかされてないんだ?」
「……調理したものは全て吐くのだ」
「……悪い」
調理した物が食べれないというのは結構不味い気がする、食べられる物が減るし栄養的な問題もある。
俺は息を吐いて、皮が向かれていて、中から丸いオレンジ色の身が詰まっている果実に手を伸ばす。
試しに、隣に座って俺をじっとみている王子様の口に持っていくが、王子様は口を開こうともしない。
駄目かと思いながら勿体ないので、自分の口の中に放り込む、甘酸っぱくさわやかな味が口の中に広がる。
すると王子様が薄紅色の唇を開いた、まるで小さなヒナが親鳥に餌をねだるように。
俺は再び果実に手を伸ばし、オレンジ色の実を指で摘まんで王子様の口に近づける。
かぷりと王子様は俺の指ごと、実を食べた。
指から実が無くなったので引き抜くと、王子様は軽く咀嚼してそれを飲み込んだ。
俺が食べ物の一部を食べると、王子様はその食べ物を口にする――俺が食べさせないといけないが、自分から手を伸ばそうとする気配はなかった。
そこそこあった食べ物がもう無くなっていた。
王子様はうとうとした表情を浮かべる。
くいくいと俺の服を引っ張る、俺はため息をついて王子様の手を引っ張ろうとしたが王子様、椅子の上から動きやしねぇ。
王子様は手を伸ばす、この仕草、覚えがあるぞ、うちのちびすけ基レイアが俺に抱っこねだる仕草と一緒だ。
俺は頭が痛くなったが、諦めて王子様を抱きかかえてベッドに連れていく。
王子様をベッドの上に寝かせると、王子様はほどなく眠りはじめた。
今回は俺が添い寝する必要はなさそうだった。
「リアンはどうだ?」
「眠ったよ、添い寝はいらなそうだ……そして一ついいか?」
「――なんだ?」
俺の言葉に、王様が少し身構える、大したことではないが重要なことだ。
「……俺全然食えてないから腹減ってるんだ、頼む普通の飯くれ、じゃないと俺が餓死する……」
俺が食ったのは一切れとかそれをちょびっとで後全部王子様の腹の中、つまり俺はほとんど食えてない、つまり俺は腹が減ったまま。
さすがにここで餓死とか栄養失調は勘弁だ!
「ああ、すまぬ。そうだな、分かった今すぐ其方の食事を持ってこよう」
王様は皮とか食えない箇所のみが残された皿を手押し車に乗せて、部屋を出て行った。
「しかし……母さん達の方はどうなってるんだ? 無事か?」
俺一人を連れてくるのは一瞬だが、母さん達家族の住居やら、荷物を運ばせるには相当時間がかかる気がした。
早く母さん達に会いたい、俺はそう思いつつも嫌な予感がまとわりついて離れなかった。
あの言葉を語った人物の言う通りなら、母さん達を俺の実父である聖王レオン達が殺そうとするはずだ。
移動などに手間取れば母さん達の命が危ないが、俺にはどうすることもできない。
俺を連れてきたこの国の王様の言葉を信じ、任せるしかないのだ。
ほどなくして、知らない人物が入ってきた。
貴族の側近的な使いの者が着るような黒い服を着た、赤い髪に青い目、白い肌の男が手押し車を押しながら入って来た。
あれ、王子様の部屋入って大丈夫なのか?
王子様目を覚ましたら発狂とかそういうヤバイ状態になるんじゃねぇの?
と思ったら、男が会釈した。
「ニュクス様、私はアルゴス。私はリアン様が生まれた時からお仕えしていた為か、部屋に入る事が許されております、リアン様も私を見て心に乱すことはありません。リアン様の御世話などはあまりできませんが……」
最後あたり何処か重いというか憂鬱そうな声をしていた。
「えーと王様は?」
「陛下はニュクス様のご家族の移住の方を進めている為、私が来ることになりました」
「ああ、やってくれてるのね……どれくらいかかる? 一か月?」
「明後日には終わります」
男――アルゴスの言葉に俺はぽかんとした。
地図というかそういうの若干うろ覚えだが、俺の住んでいた場所からこの国、距離は決して近くない。
その上俺が会いに行ける範囲、となるとかなり限定される可能性は高いし、家にある家具とかそういう類はどうするんだとか色々考えることがある。
「ニュクス様、ご安心を、陛下は約束を違えることはございません。誠実なお方です」
まぁ、俺の実父とかそれとつるんでる連中と比べれば、はるかに信用はできるのはわかるが、なんとも言えない。
ちなみに俺はアルゴスという男から離れたくて仕方なかった。
何故かって?
何と言うか……いや、何とも言えないが、俺の第六感的な何かが言うのだ此奴ヤバイと。
何がヤバイかは分からないが、うん、その……いや、考えるのやめよう。
俺は考えるのを止めてテーブルの上に並べられた食事を見る。
明らかに俺が今まで作って食べてた様なものとはランクが違う物なのが分かった。
真っ白なパンを手に取りちぎる、ほんのりと甘みのする柔らかなパンだ。
今まで食ってたパンとは比べ物にならない。
スープも野菜や肉様々な食べ物を長時間煮込んだ物なのか透き通っているのに複雑な味わいのするものだった。
肉なんか柔らかい、何この柔らかさと言わんばかりのもの。
「お口に合いましたでしょうか?」
「ん、ああ、美味しい、食べたことない位」
「それは良かったです」
食事を済ませると、俺は歯を磨きたくなった。
だが、ここに水場らしきものはない。
「なぁ、歯磨きしたいんだけどできる場所まで――」
俺が最後まで言う前に、アルゴスが指を鳴らす、同時に部屋の壁の空いてる場所に布で鏡を覆われた洗面台らしきものが現れた。
「ニュクス様はご家族にお会いになる時以外は外出をお控え下さい」
アルゴスの言葉に俺は引きつった。
つまりそれは、俺はこの部屋で王子様と一緒に軟禁生活を送れ、ということだ。
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