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眠り姫とともに~一緒に夢を見よう~
おやすみ ~幸せな夢を一緒に見続けよう~
しおりを挟むグリースはルリを誰も知らぬ場所の隠れ家に移すと、城においてあるルリの備品をアルジェントやヴァイスの目を盗んで全て隠れ家に持ち運んだ。
そしてルリが休んでいる間に、ルリのための部屋を作って配置した。
ほどなく城では、真祖の奥方の行方が誰も特定できないという状態に陥った。
真祖はルリと面識のあるアルジェントとヴィオレに命令を出し、各地を探しに行かせた。
だが、行方は決してつかめなかった。
ヴァイスの方も自身の能力を使ってグリースの後を追った、だがグリースは悉く妨害の術で痕跡を分かりづらくし、どこにいるのか探すのは困難だった。
人間の国と吸血鬼の国の状態も悪くなりかけた。
だが責任を問いたくても問いたい相手には両方の国ともに無理だったのだ。
ヴァイスの奥方であるルリを連れ去ったのはグリース、二千年まえの戦争を終わらせ、吸血鬼、人間両陣営を滅ぼしかけた、不死人。
攫ったグリースが危害を加えることはないだろう、だが、ルリに会えないという苦痛がヴァイスは酷かった。
各地を飛び回り、探しているアルジェントは焦っていた。
アルジェントは気づいていたのだ、ルリが身重に――妊娠していたことに。
主の子と、自分の子、両方を。
自分の子も喜ばしいが、主の子はさらに喜ばしい。
生まれれば国を挙げて祝わねばならない、そう思っていたのに、グリースが連れ去った。
そしてルリの部屋からルリの所有物は何一つなくなった。
残されたのはこちらで用意したものだけ。
気が狂いそうだった。
――早く見つけなければ――
主はルリには危害を加えないと言っていたが、グリースが何かしないとは言い切れなかった。
だから早く見つけて城に戻って欲しかった。
まるで、美しい人形のような状態になったとしても――
ルリとグリースの所在を掴めなくなって10年が経過した。
人間の国と吸血鬼の国は、人間の国が吸血鬼の国に従属するような関係に変わっていた。
だが、人間だからということで下に見るということではなかった。
人間の国が行っていた事柄があまりにも問題ばかりだったため、人間の国ではその問題を解決することができなくなり、吸血鬼の国に全て丸投げしたためそのような関係になった。
ヴァイスに取り入ろうとする者は吸血鬼だけでなく人間も増えてヴァイスの悩みの種になっていた。
奥方が居ないなら新しい奥方を、それが無理なら妾をと娘を、不死人の女を進めてくる輩が居たがヴァイスは一喝してそれを言い出した者を罰した。
ヴァイスは、愛は未だ居なくなったルリへ向けられていた。
10年経過したある日、ヴァイスがグリースの妨害の術全てを解読して、おそらく姿をひそめている場所を見つけた。
見つかるわけもなかった、この星にはいないのだから。
グリースが二千年の間、宇宙の開発を独自に進めているらしいと聞いていたが、其処を隠れ家にしているとは予想していなかったのだ。
そこまで開発が進んでいると思っていなかったからだ。
「……真祖様、何処へ」
「……グリースの所だ」
ある夜、ヴァイスは己の部屋から出ると、アルジェントが部屋の前にいた。
「どうか、お供をお許しください」
「……良かろう」
ヴァイスはそう言うと、アルジェントと共に転移術を使ってその場から姿を消した。
グリースの妨害壁を破壊し、転移を完了する。
見慣れた隠れ家と、畑など、古い時代の開拓者を思わせるような空間だ。
周囲はドーム状になっており、天井は元の星の時間帯によって空の色が変化するようになっているのが分かった。
この星の回転の影響を受けない空間となっている。
隠れ家の扉が開いた。
「……よぉ、どの面下げてきた?」
明らかにこちらに敵意と警戒心を向けているグリースが姿を現した。
不死人なので、容姿はまったく変わっていないように見えるが、白い髪が長くなっていた。
「……探したぞ、ルリはそこにいるのか?」
ヴァイスの問いに、グリースは答えない。
沈黙が空間を包む。
しばらく沈黙を続け、アルジェントがしびれを切らす前に、グリースが何かに気づいたのか慌てて隠れ家の扉を押さえつけ始めた。
「ああ、クソ!! 誰に似たんだこの魔術構造の把握と解呪能力!!」
扉がガタガタと動き始めるが、グリースは必死にそれを抑える。
「だから、今『お父さん』の用事邪魔せず家の中にいなさいって!! え?! ママは僕らが守る!? いやそんなの良いから!! ああもう!! ソラもゲンも『お父さん』の言うこと聞きなさい!! 反抗期かお前たち!? ルリ止めてくれ!! おいこら、ラン、お兄ちゃんたちに交じるんじゃありません!!」
グリースの言葉に、ヴァイスとアルジェントは動けずにいた。
扉が勢いよく開かれた。
「どわ?!」
グリースが尻もちを突く。
十歳前後の灰色の髪に空色の目の少年と、黒っぽい髪に、赤い目の少年が飛び出してきた。
その後を追うように五歳前後の白い髪に瑠璃色の目の幼女がぱたぱたと二人の少年の後をついて回っていた。
そして――
「みんな、グリースの邪魔したらダメじゃない」
短めの黒髪が伸びて、結わえており、顔も母性が強く感じられるものになっていたが、ヴァイスもアルジェントも見間違えるはずがなかった。
「――ルリ」
「……ルリ、様」
女性は――ルリは二人を見て首を傾げた。
「あの、どちら様でしょうか? グリースに何か用でも? 二千年まえに色々やらかしたグリースに何の用ですか?」
ルリの言葉に耳を疑った。
――どちら様、でしょうか、だと?――
「グリース! おい貴様、ルリ様に何をしたのだ!!」
「……みんな家に入りなさい」
「やだ! ママを守るんだい!!」
「母さんをいじめる人から守るの!!」
「ままをまもるの」
「グリース」
「……家に入りなさい、そして鍵を閉めなさい」
「やだー!」
「いいから!!」
グリースが怒鳴り声を上げると、子ども達は普段グリースの怒鳴る声を聴いたことがないかのように狼狽え始めた。
一番小さな子はびっくりして泣き始めている。
ルリが小さな娘らしき子を抱きしめて家に入り、外にいた二人の子どもにも来るように言うと子どもらは大人しく従って家に入り、鍵を閉めた。
再度術が家全体に張られ、ヴァイスとアルジェントは家に入ることも、部分的に破壊して侵入することもできない。
グリースは出てきてほしくない全員が家に入ったのを確認して安堵の息をついた。
「……グリース、お前がルリを連れ出した10年前、何があった?」
ヴァイスの言葉に、グリースは髪をかきあげて、扉から離れながら口を開く。
「……ルリちゃんが『自分の言葉』じゃなく『他人の望む言葉』ばかり言う状態になって、明らかに不味いと思った俺は、ルリちゃんを連れ出した。ルリちゃんに必死に声をなんどもかけて、ようやくルリちゃんは言ったんだ『グリースたすけて』とな」
グリースはヴァイスとアルジェントを睨みつけながら続ける。
「しばらく俺はルリちゃんの言葉を聞いていた、嫌だった、怖かった、そんなのもひっくるめてな、そして話を聞いてた時、ルリちゃんが突然吐いた、何の予兆もなくな、俺はあることが起きてるのを危惧してルリちゃんに質問をしてから、ルリちゃんの胎内を『診た』」
グリースは指をかじり、血をにじませた。
「妊娠してたんだよ、お前らの子どもを。その上成長が普通の胎児より早かった、だから初期症状が出たんだ、一週間しかたってないのに」
グリースは指をかじるのをやめてヴァイス達を見る。
「それを言ったら、ルリちゃんは精神的にまいったのか気を失った、そして目が覚めた時――お前らの事とか全部消えてたんだよ、子どもも俺との子どもって認識になっていた。彼女の認識はこうだった、不死人の研究施設から保護して、ここでずっと過ごしていた――つまり城の事は全て書き換えられてなかったことになったんだ、自分は真祖の花嫁になったってことも、されたことも、全部な!!」
「貴様がやったのではないのか?!」
アルジェントが噛みつくように言ってきたので、グリースはぎろりと睨んだ。
「誰がそんな事するか!! お前らが、ルリちゃんの状態が悪いのを分かってた癖に、自分の望む言葉を言ってくれるからって理由で彼女に無理強いしたからこうなったんだろうが!! 全部お前らの所為だ畜生!! それともっと早くに連れ出さなかった俺も同罪だよ!!」
グリースは血反吐を吐き出すように二人に言った。
グリースははぁはぁと肩で息をする。
「……分かったら二度と来るな、俺らは静かにここで暮らす」
「――子どもらはどうする、大人になれば似てないことが枷になる」
ヴァイスの言葉に、グリースは背中を向けた。
「……俺が知りたいわ」
グリースはそう言って家の中に戻った、もう二人に話すことなど何もなかった。
「……アルジェント戻るぞ」
「しかし……」
「――よいのだ、それに、いつか私に罰が来る、愛する者を傷つけた罰がな」
「……」
ヴァイスはそう言うと、アルジェントと共にその場から姿を消し、十年以上経過するまで、足を踏み入れることは無かった。
十数年後、人間の国と吸血鬼の国を強大な力を持つ不死人と吸血鬼の血を引く不死人が破壊して回った。
灰色の髪のアルジェントに似た青年と、黒い髪のヴァイスに似た青年が強力な力で破壊して回った。
二人は破壊して回ると最後にアルジェントとヴァイスの命を奪おうとしたが、グリースの出現で二人は押さえつけられた。
二人は何故邪魔をするのかと「父」であるグリースを責めた、だがグリースは言った。
「思い出したお前たちの母親に、我が子が実の父親を殺す姿を見せたいのか?」
二人の「息子」はその言葉に、項垂れた。
「……思い出すのを止められなかった俺と、こいつらは永遠に罰を受け続けるんだ、だからもういい、お前たちも、他の知らなかった連中や従ってるだけの連中に八つ当たりするのはやめろ」
そういうと、二人の「息子」は「父」であるグリースに付き従うように姿を消した。
「お母さん、ほら、綺麗な花が咲いてるでしょう?」
「……」
ルリは虚ろな表情でロッキングチェアに座ったままだ、娘が声をかけても返事をしない。
「……たす、けて、ぐり、す」
時折グリースへの救いの言葉を繰り返すだけだった。
「……お母さん、どうして、どうして……」
ルリの顔をみて、嘆くように語り掛けるが、返事はない。
「……た、す、け、て……ぐ、りー……す」
「ラン、お母さんの様子はどうだ?」
グリースがやってきて娘に声をかける。
娘は首を振る。
グリースは娘を安心させるように微笑んで、彼女の頭を撫でる。
「大丈夫、時間をかければ良くなる、後はお父さんに任せなさい」
「うん」
娘が部屋から出ていくと、グリースは虚ろな表情のルリの手を握った。
「ルリちゃん、どうした?」
グリースは、昔のようにルリに語り掛ける。
「……たす、けて、ぐりー、す」
ルリはグリースを見て、涙を流し始めた。
グリースはルリを抱きかかえてソファーに座り、ルリを抱きしめて頭を撫でる。
「大丈夫だよ……大丈夫……」
ルリもグリースにしがみつき、涙を流し続けた。
しばらくすると、娘が慌てて部屋に入ってきた。
「お父さん!」
「……ラン、どうした?」
「……その……ゲン兄さんと、ソラ兄さんの……多分『父親』……昔来た人達が……!!」
「……ラン、お前は家にいなさい」
「え、お父さんとお母さんは?」
「……あいつら、現実直視しないとだめみたいだ」
そう言ってグリースはルリを抱きかかえたまま、部屋を後にした。
「……ルリちゃん、ごめんよ」
グリースが家の外に出ると、ヴァイスとアルジェントが少し離れて立っていた。
グリース以外に無反応だったルリがヴァイスとアルジェントの方を見た。
瑠璃色の虚ろな目が、一瞬で恐怖と怯えに染まった。
ルリは悲鳴を上げてグリースにしがみついた。
体をガタガタと震えさせている。
「……分かるだろうが、ルリが記憶取り戻したきっかけは息子たちがお前らに似てきたからだよ」
グリースは静かに言った。
ルリはグリースに何度も「たすけて」「こわい」「くるしい」「ひどいことをされる」と縋っていた。
一度見た二人の方を決して見ない。
ヴァイスがゆっくりと近づいてきた。
そしてルリの前で膝をついて、口を開いた。
「ルリ……すまなかった……子が私を憎むのも当然だ、許さないでくれ……」
アルジェントも近づいてきて、膝をつき頭を垂れた。
「ルリ様……申し訳ございませぬ……私が愚かだったのです……身の程知らずだったのです、身勝手だったのです……貴方の苦しさから出た偽りの愛の言葉に舞い上がって貴方を傷つけ、そして今再び貴方を苦しめ続けることになった……申し訳ございません……」
グリースは謝罪の言葉をする二人を冷たい目つきで見下ろした。
グリースは「息子」二人が破壊しまわった二つの国を修復するため、ルリを連れて最初の隠れ家で家族で暮らすことにした。
アルジェントとヴァイスが度々訪れては、ルリに謝罪を繰り返していた。
ルリは二人を見ると怯えて悲鳴を上げ続けていたが、しばらくすると何も反応しなくなり「もういい、もういいの……」と二人が来ると繰り返すようになった。
二人の「息子」については、二人を見ると悲鳴を上げて倒れることを繰り返していたが、グリースと娘が献身的に支え続け、昔通りとはいかないがぎこちないが二人と接することができるようになった時「息子」二人は涙を流した。
グリースは「息子」二人を連れて、アルジェントやヴァイスとともに、人間の国、吸血鬼の国の復興と発展と、二つの国の良き繋がりのために尽力を尽くした。
不死人の数は少ないが、普通の人間や吸血鬼と変わらぬような扱いになり、また人間の国で隔離されていた魔術の一族も開放され、自由になり、身分も保証されるようになった。
人間と吸血鬼の二千年続いたわだかまりは少しずつ解消されていった。
「……ルリちゃん」
ソファーに腰をかけたまま、虚ろな目をしているルリの隣にグリースは座り、彼女の髪を撫でる。
「……どうしたい? 今ならルリちゃんはもう自由だ、好きなところに連れてって上げるよ?」
グリースはそう言ってルリに語り掛ける。
「……ぐ、りーす」
「……なんだい」
ルリは涙をこぼし、久しぶりに表情を作った。
笑っていた、悲しそうに、苦しそうに。
「……ぐりー、す、あい、し、て、る。だ、から、ねむ、ら、せて」
「……分かった」
グリースは頷き、ルリを抱きかかえて、転移した。
転移した先は美しい桜が咲き誇る場所だった。
「永久桜って言ってね、ずっと花を咲かせる桜がある場所なんだよ」
「……き、れい」
「ここで、一緒に眠ろう、俺も疲れたよ」
グリースはルリを抱きかかえたまま桜の木が周囲に咲き誇って空間が開いている場所の真ん中に立つと、ルリを地面に立たせた。
「ルリちゃん、愛してるよ。嘘でも愛してるっていってくれて、ありがとう」
「……ご、めん、な、さい、ぐりーす……」
グリースは優しくルリの頭を撫でた。
「さあ、笑って、幸せな夢を見よう、泣いたままじゃ辛い夢を見ちゃうかもしれない」
グリースがそういうと、ルリは涙をぬぐって笑った。
「素敵な笑顔だね」
グリースはそう言ってルリを抱きしめた、ルリも笑顔でグリースを抱きしめ返した。
異変を察知したアルジェントとヴァイスと「息子」達が永久桜の咲き誇る場所にやってきた。
急いで居なくなったグリースとルリを探して回る。
アルジェントは少しひらけた場所を探して、そして視界に入ってきた物に目を疑った。
アルジェントは急いで近づく。
それは――
巨大な透明な結晶の中で幸せそうに抱きしめ合う、グリースとルリが居たのだ。
アルジェントは急いで解呪を行おうとしたが、術は拒否された。
「そんな……ルリ、様。ルリ様……あああああああああああ!!」
その場に蹲りアルジェントは絶叫した。
もう二度と、触れられない、届かない、声も聞けない、許しを請うことも、許されない。
他の三人もやってきて、結晶の中のグリースとルリを見てみな愕然とし、その場に膝をついた。
お母さんがいる、兄さんがいる、おばあちゃんがいる、友達もみんないる。
ああ、久しぶり、みんな会いたかった、これからはずっと一緒よ。
それと紹介したいの私のことを大事にしてくれた人を――ね、いいでしょう?
結晶の中でルリは幸せな夢を見続ける、ずっと、ずっと、優しく愛してくれた、大事にしてくれた人に抱きしめられながら、幸せな夢を見続ける。
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