63 / 96
偽りの忘却
思い出したい! ~君の記憶~
しおりを挟むルリは色々と頭がぐちゃぐちゃだった。
知らない間に処女でなくなったというのもショックだった、記憶がない間何があったんだろうと思うが、考えないことにした。
『おもいだすな!』
声が響くのだ。
思い出すのはきっとよくないことなのだろう、自分にとって、でも――
このままでいいのかとも思ってしまうのだ。
グリースは毛布にくるまったままのルリが顔を出したので頭を撫でた。
「……あのさ、発情した時がはじめてだったの?」
「……知らない方がいい」
「知りたい、教えて」
「……」
「……声が聞こえるの『おもいだすな』って声が、でもこのままでいいとは思わないの、答えられる範囲でいいから教えて」
「……分かった、じゃあ教える、違う。ルリちゃんが発情した時にはもうセックスの経験があった、それが原因で記憶を失う前の君はセックスに関連する事柄全てが恐怖対象になったんだ」
「そう、なの」
ルリは困惑したような、納得したような表情をしていた。
「まぁ、俺が説教したのと色々あったのが原因でルリちゃんに無理やりセックスとか性的行為やらかそうとする奴はいなくなったけどな」
「色々?」
「色々あったんだよ」
「……グリースは私の初めての相手ではない?」
「ではない」
「初めては、誰?」
「……答えられない」
「無理やりだったから」
「ある意味そう、君は嫌がっていたのに相手は君に性行為を及んだからね」
「……その相手はもう私には無理やりしようと考えてない」
「それは答えられる、考えてない。後悔してるからな」
「……他に、私に嫌がってるのに無理やりした人とかは、いた?」
「……いた」
「……その人達は?」
「……反省してる奴と、反省してない奴と、犯罪行為だったんで処刑された奴らがいる」
ルリが少し怯えた表情をした。
「反省してる奴は二度としない、反省してない奴は近づくのを禁じられている、処刑された奴らはこの世からいなくなった」
「なんで、処刑されたの?」
「……少しだけ答えられる、吸血鬼の連中が君に暴力をふるって心に傷を負わせたから」
「……城の?」
「いいや、ある日君は城にいるのが辛くて城の外へと出てしまった、其処で悪い吸血鬼に捕まって暴行されたんだ、血も吸われた」
「……」
「だからルリちゃん、俺は君に記憶を取り戻してほしいとは言わない、だって今いった内容も全部思い出すことになる、そうしたらまた君は辛い思いを抱えて過ごすことになる」
「……でも、思い出さないといけないと思う、辛くても苦しくても……」
「ルリちゃん、忘却を忘れたら生きるのがしんどくなるだけだ、記憶喪失になって、心の中にいる誰かが『おもいだすな』とまで言ってるんだ、無理に思い出す必要はない」
グリースはルリの頬を撫でながら言う。
「……ルリちゃん、ヴァイスに俺たち三人の事をどう思ってるか聞かれたよね?」
「う、うん」
「……俺はともかく、アルジェントとヴァイス、この二人関してはルリちゃんはこの二人の望む感情を持っていない」
「……どういう、こと?」
「その感情が何かは言えない、だけどその感情を二人が求めたのも記憶を失うルリちゃんが苦しんでいたことの一つなんだ、それでも思い出したい?」
「……うん」
「――わかった、君がそれを望んだ。なら俺はその手伝いをしよう」
「ほんとう?」
「ただし」
「ただし?」
「そうなると暗示を解くことになる、君が抱えている違和感や、強く思い出そうとする感情を取り戻すことになるつまり――」
「……頭痛?」
「そう、君は頭痛に苦しめられることになる、それでも、いいかい?」
「……うん」
「――分かった、俺の目を見て」
ルリはグリースの目を見た。
瑠璃色の目と炎のように赤い目が見つめ合う。
ルリは頭の中でパキンと何か壊れた音が聞こえた。
「――暗示は解いたよ、でも辛くなったらいつでも言ってくれ、俺は君の味方だ」
「……うん」
グリースはルリの頬を両手で包むようにしながら、額に口づけた。
「今日はもう遅い、また明日」
「うん、また明日」
「おやすみ、ルリちゃん、いい夢を」
「うん、お休みグリース」
グリースは淡く微笑みを浮かべて姿を消した。
一人になった部屋で、ルリは何から手を付けるべきか分からず、とりあえず寝ることにした。
暗い場所だ、でも今回ははっきり見えた。
花畑だ、自分は花畑にいる。
そして隔てるような鉄の柵らしいぶったいがある、向こうには女の子と自分とよく似た女性が横たわっている。
「ねぇ!! 貴方は記憶喪失になる前の私なんでしょう?!」
ルリは横たわっている女性に柵越しに声をかけた。
女性は起き上がった。
『……思い出さない方がいい……記憶喪失になったんでしょう、なら今度は幸せになれるかもしれない……』
「要らない!! そんな作られたみたいな幸せは要らない!!」
『我儘言わないで!!』
女性の怒鳴り声に、ルリはたじろいだ。
『お願いだから忘れたままでいて……お願い……』
女性の泣く声に、ルリはその場に立ち尽くすしかなかった。
ルリは目を覚ました。
窓からは日が差し込んでいる。
「……ふぁ……あ、そうだ薬」
ルリはベッドから下りて冷蔵庫からボトルを取り出し、机の上の袋から薬を一錠取り出した、白い色の薬だ。
それを口に入れ、ボトルの水で流し込む。
「……効果あるのかな?」
ルリは首を傾げつつ、とりあえず、服とスポーツブラ、靴下をタンスから取り出し、着替えた。
ネグリジェはベッドの上にたたんで置いておく。
「うーん、夢の中のあの女性は確実に記憶喪失になる前の私だ、話してみた感じ相当精神的にまいってるようだ……」
ルリは夢の中でのできごとを思い出す。
「……確実に分かること、誰かがした性行為が酷い恐怖感情を与えたのは間違いない、あと、アルジェントとヴァイスが私に求めている感情ってのにも苦しんでいる、それと――」
「――多分私の住んでた国の連中が何回か城に来て私に危害を加えたことにも怯えているに違いない」
「……確実に記憶を取り戻すのは難航しそうだな、記憶喪失前の私が邪魔をしかけてくるから、だけど私はめげないぞ!!」
「いやぁ、朝から元気がいいねぇ」
「あ、グリース、おはよう」
「おはようルリちゃん」
窓の所にグリースが立っていた。
「……うーん、今日も夢見た」
「どんな?」
「とりあえず、確実に記憶喪失前の私が妨害しているのが分かる夢。柵で近づけさせないのは、接触したらもしかしたら記憶を取り戻すかもしれないから柵で近寄れない様にしてるんじゃないかと思う」
「……なるほど」
「めっちゃ怒鳴ってたもん、相当思い出させたくないって私に何あったの?」
「……まぁ、色々あったんだよ……」
ルリはグリースの発言からも、直接言うのをためらうような内容があったのではないかと推測した。
「……どういう扱いされてたんだ私、マジで……」
「うーん……」
――ここにはじめてきた時どうだったんだろう……ヴァイスは私の血を吸うとかしたこととかあるのか……はじめて……吸血……――
「あいだだだだだだだだだ!!」
激しい頭痛にルリはその場に倒れこんだ。
「ルリちゃん?!」
グリースは倒れこんだルリを抱きかかえてベッドに寝かせた、そして額に手を当てようとしたが。
「お、おもい、だせ、そう、だから、すこし、まって!! あだだだだだだだだだ!!」
ルリはグリースの手当てに待ったをかけて頭を押さえて足をじたばたさせる。
黒い広間、誰もいない、首に鋭い牙が食い込む感触。
驚いて、手で突き飛ばす、突き飛ばした相手は――
「……そうだ、ヴァイスに私血吸われてる、初めて会った時」
頭痛が治まったのかルリは起き上がってそう言った。
「あー……ソコを思い出したのね」
グリースは、傷がまだ浅い部分を思い出した事に安堵した。
「なんで血吸ったんだろ?」
「あの時のルリちゃんフェロモンが非常に薄かったから、不死人かどうか吸血鬼的に判定するには血を吸うのが手っ取り早かったんだろ、多分。本物をよこさないで偽物よこしたかもしれないってのがあるし、今の人間政府みれば疑ってかかる必要がある」
「あー……」
ルリは納得したような表情を浮かべた。
「……まだ思い出す必要があることが多いような」
「ストップルリちゃん、思い出したいならゆっくり思い出して、じゃないとルリちゃんノンストップで頭痛地獄を味わう羽目になるよ」
「う」
ルリの顔が引きつる。
今の事から、ルリは思い出す代償として頭が割れそうな程酷い頭痛に耐える必要があるのが分かった。
だが、その頭痛が一日に何十回も起きたら思い出すことに精神がばっきり折れてしまいかねない。
それくらい、頭痛が酷いのだ。
ルリは記憶を取り戻すために、この頭痛と戦う羽目になるのかと覚悟は決めていたが、憂鬱になった。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
紀尾井坂ノスタルジック
涼寺みすゞ
恋愛
士農工商の身分制度は、御一新により変化した。
元公家出身の堂上華族、大名家の大名華族、勲功から身分を得た新華族。
明治25年4月、英国視察を終えた官の一行が帰国した。その中には1年前、初恋を成就させる為に宮家との縁談を断った子爵家の従五位、田中光留がいた。
日本に帰ったら1番に、あの方に逢いに行くと断言していた光留の耳に入ってきた噂は、恋い焦がれた尾井坂男爵家の晃子の婚約が整ったというものだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる