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偽りの忘却
フェロモン?! 発情?! ~あり得なかった未来~
しおりを挟む「……ん?」
ルリが目を覚ますと、服がネグリジェに着せ替えられ、窓の外は日が暮れていた。
「んー……日が暮れると真祖……ヴァイスが来るだっけ?」
ルリは言われた事を思い出した。
「……」
――夕暮れ、出迎え、ヴァイスの部屋……それで……話?――
――話?――
「あいだだだだだだだ!!」
再び酷い頭痛がルリの頭を支配する。
痛い、意識が飛ばないのが本当に辛いレベルの痛さだ。
『――だ――おも――』
何か声が聞こえる、はっきりと聞き取れない。
『――すな――い――』
『おもいだすな!!』
漸くはっきり聞こえたが、頭が痛くて仕方がない、ベッドの上でじたばたもがいていると少し暗くなったような気がしたが、痛みがひどくてそっちに気が向けられない。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
叫んでいると、ひんやりとした手の感触が額に伝わった。
痛みが引いた。
「大丈夫か、ルリ」
声の方を見れば、白い肌に闇色の人影――真祖――ヴァイスがそこにいた。
「ヴァイス、様?」
「ヴァイスで良い」
ヴァイスはそう言うとルリを抱きかかえて、闇に包まれた。
闇がはれると、棺と広いベッドのある部屋に連れてこられた。
ルリはベッドに寝かせられる。
ヴァイスは羽織っているマントを脱ぎ、ルリの隣に横になる。
「随分と頭痛に悩まされているようだな」
ヴァイスはルリの額を撫でた。
「頭痛が酷かったんですが、その、声が聞こえました」
「ルリ、そんな物言いでなくてよい、グリースの様に私に話せ」
「で、でも真祖様、なのでしょう?」
「お前は私の妻だ、顔色を窺っているような物言いはすかぬ」
「……は、はぁ、じゃ、じゃあそうする……」
「それでよい」
ヴァイスはルリの頬を優しく撫でる。
冷たい感触が伝わる、吸血鬼の体温は低いのだなと思った。
「それでどんな声が聞こえたのだ?」
「その……凄い必死そうな声で私とよく似た声で……」
「『おもいだすな』って言ってるのが聞こえて……」
ヴァイスはルリの言葉を聞きながら、可能性として、本来のルリが言っていると考えた。
彼女は現状でも酷い苦痛を感じていた。
頭に強い衝撃を受けた事で記憶喪失になったのを、本来のルリが「苦痛を感じなくて済む」と受け取ったのか、思い出すのをかたくなに拒否する状態にしているのだろう。
思い出そうとするたびに、鋭い頭痛を発生させて。
「ルリ、今日はどのような夢を見た?」
「夢? えーと、なんか暗い……植物が生えてるらしい場所にいて……少し歩いたら、檻みたいな場所にでて、檻の向こうに小さな女の子と私とよく似た女の人が倒れてて……声をかけても反応しないし、檻に触ったらすっごい痛くてどうしようってなったところで目が覚めた……」
「そうか……」
確実に、本来のルリが拒絶反応を起こしている。
今後も苦痛を感じ続けるのが辛かったのだろう、だから記憶喪失になったのを利用して戻らないように邪魔をしているのだ。
「……ルリ、お前は今どう思っている?」
「いや、かなり頭ぐちゃぐちゃ……だって私真祖の花嫁になるってその仕度中の記憶しかないから……グリースやアルジェント……ヴァイス達と過ごした時間がどんなものだったのかわからないけど……でも……」
ルリは少しだけ暗い顔をして続けた。
「『おもいだすな』っていう何かが私の中にあるなら、私は思い出すのが怖い」
「そうか……では聞こう、私達三人をどう思っている?」
「どう……うーん、よくわからない……だって今の私は三人のこと何もしらないんだもん……グリースは何だろう私に事心配して優しくしてくれる感じはするなんか少しだけ安心する……アルジェントはなんだろうちょっとピリピリしてて怖いかな、私には優しい感じだけど他の人には敵意丸出しな感じが……」
「私はどうだ?」
「……吸血鬼の王……真祖……怒らせてはいけない存在って習ったから、ちょっと怖い、かな……」
「……そうか」
今のルリは人間の国で習った自分の情報しか知らないのだ、ならば恐怖心があっても仕方ないとヴァイスは己を納得させた。
ヴァイスはルリの柔らかな首筋をなぞる。
ルリの体がこわばった。
「安心せよ、嫌がっているお前からは吸わぬ」
「ほ、本当?」
「勿論だとも」
ルリは安心したような顔をした。
「血を吸われるの、なんか怖かったから安心した」
「……私以外に血は吸わせてはならぬぞ」
「……吸血鬼怖いので多分ないかなぁ……」
「……そうか」
ルリの首筋を彼女の髪で隠す。
長く見つめていると、吸いたくなってしまうからだ。
ヴァイスはルリから顔を反らし、口と鼻を覆い目をつぶる。
「……」
「ヴァイス?」
「すまんな、我慢はするが、それでもお前から出ている『香り』は強すぎる」
「え?! 私変な匂いする?!」
「……不死人特有のフェロモンの事だ、今日はやたらと強く吸血欲を刺激してくる」
「へ? そんなフェロモンあるの?!」
「……グリースとアルジェントはそこまで出ていないが……お前はそのフェロモンが強いのだ……」
ヴァイスはそう言うと、ルリを抱きかかえて、ベッドから下り、闇に包まれた。
闇がはれると、ルリは自分の部屋、らしい部屋に戻ってきた。
そしてベッドの上に寝かされる。
「……今日は我慢がこれ以上ききそうもない、だから今日はここまでだ。ルリゆっくりと休め」
ヴァイスはそう言って姿を消した。
ルリはベッドから起き上がり、ぼーっとした。
「……フェロモン……かぁ」
「どうしたのルリちゃん?」
「グリース!」
グリースが何かを持って部屋に現れた。
「それは?」
「ルリちゃんの出してるフェロモン抑制剤。前々から色々と悪影響出してたからどうにかしなきゃと思って作ったの」
「どういうこと?」
グリースは袋を持ったままルリの隣に座り、話始めた。
「ルリちゃんのフェロモン、他の不死人のフェロモンとちょっと違うんだ」
「違う?」
「そう、吸血鬼、不死人、人間関係なく、何か影響を与える」
「えっとつまり……」
「種族老若男女問わず、ルリちゃんを見たら性的欲求とかが発露するんだよ」
「げぇ?!」
ルリはとんでもない内容を聞いてしまったと思った。
「そ、それならグリースは……」
「それがねーなーんでか俺はルリちゃんのフェロモンくらってもそこまで感じないのよ、あフェロモンでてるなーって分かるけど、反応しない」
「あ、アルジェントは?」
「あいつは気合で我慢してる、ルリちゃんを敬愛しているから襲うなんてことしてたまるかって根性でなんとか我慢してる」
「……ヴァイスは?」
「我慢してたけど、今日はフェロモンがいつもより強いのか我慢できそうもなかったんでルリちゃんをお部屋に戻して、自分は別の血で渇きを癒して我慢してる最中」
ルリは自分はそんなとんでもないフェロモンを出していたのかと知った、
グリースは困惑しているルリを見て予想通りの反応だなと思った。
「頑張って抑制剤作ったんだよ、でよそで試したんだよ」
「……何か副作用が?」
「副作用、発情する間隔が短くなる」
「はつ、じょう?」
「そ、ルリちゃん不死人の女の人は性的行為をしていないと発情しちゃうらしい、発情するとフェロモンがもうヤバいことになるし、ルリちゃんの体もまともに動けなくなるレベルになる、しかもこれ、性行為――ぶっちゃけセックスしないと治まんない」
「よ、よくなってない!! そして治まる方法が酷い!!」
「今ルリちゃん性行為したことないんだよね?」
「ないないない!! 性行為ってかセックスとかそういうたぐいのものやった事一個もない!!」
ルリは顔を真っ赤にして否定した、そして何かに気づいたようだ。
「あ、あの、もしかして無くなってる記憶の中で私発情したこと、ある?」
「……鋭いね、二回程あるよ」
「ギャー!!」
ルリは顔を真っ赤にしたまま毛布をかぶった。
「まぁそうなるよねぇ……」
「つ、つまり私はもう既に最低でも二回はせ、せ、せセックスしたことがあると?!」
「うん、誰か知りたい?」
「いらないいらない!!」
ルリが拒否するからグリースは教えない事にした。
「うん、じゃ内緒で」
「……そ、その、どうやってセックス、した、の?」
「うーん、ぶっちゃけるとね、記憶失う前のルリちゃんはセックスが非常に怖いものになっちゃってたのよ」
「え、なんで?」
「知らないほうがいい」
「あ、うん」
「だから、術でふかーい眠りに落ちてもらってその間にセックスして、終わったら綺麗にしてベッドの上で目を覚ますっていう手順を取っていました」
「う、うわぁ……」
「で、どうする? 今のルリちゃんには俺らセックスとかしないから薬飲もうが飲むまいが発情は必ず来て、誰かとセックスしないといけなくなるよ」
「うー……どっちにしろしなきゃならないなら飲む……アルジェントとかヴァイスに負担かけるのはちょっとやだ……」
「優しいね、じゃあ一日一錠、毎朝飲んでね」
グリースは机の上に薬を置いた。
再び、毛布にこもったままのルリの隣に座り、グリースは彼女を見る。
「そ、その、発情って、セックス、してないと、必ず、来る、の?」
「うん、不死人の女性には必ず来るらしい。そんでルリちゃんのはセックスしないと治まらないタイプだから厄介なの」
「うわぁ……よりによってなんで私そんな厄介なタイプなの、神様マジ酷いわ……」
グリースはぽんぽんと毛布にくるまったルリを撫でる。
「ルリちゃんはその時避妊薬飲んで寝てればいいから、後は全部俺たちの誰かがやるから、ルリちゃん男の裸とか男性器とか見なくていいから」
「そ、そう? ……あ、でもいずれセックスしないとだめだよなぁ……私の立場真祖の妻だから……」
「じゃあ発情時起きてる?」
「寝ます!! 寝させて!! セックスはずい!!」
「ありゃりゃ」
毛布の中で丸くなっているルリを見ながら、グリースは可愛いなぁと思った。
同時に――
――ヴァイスとアルジェントが最初から今みたいな対応だったら、ルリちゃんこんなかんじで明るかったんだろうなぁ……――
と、あり得なかった未来を想像して少しだけ虚しくなった。
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