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はなよめの傷

いろいろおはなしそれとぷーる!  ~此奴だけには知られたくなかった~

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 今まで考えないようにしていた事を思い出し、アルジェントは酷く辛くなった。
 うつむいてしまっていたのか、何か撫でられる感触を感じて顔を上げると、ルリは心配そうな顔をしてアルジェントの頭を撫でていた。
「どうしたの? なにかかなしいことでもあったの?」
「……いえ、なんでもありません。大丈夫です」
 アルジェントは心配そうな目をしているルリを見ながらそう答えた。

――真祖様も、あの件に関してはどう動こうか考えている、だから真祖様に従い、そして今はルリ様をお守りしよう、それが今の私の役目だ――

 過去の事はいったん保留した。
 ルリという存在が原因で、色んな事柄が動いている。
 主も、忌々しいがグリースも、人間政府も動いている。
 人間政府は不祥事が次々と表ざたになりその対応に追われている。
 このままいけば不死人への非人道的対応と、魔術師の一族への非人道的行為も近いうち表ざたになるだろう。
 二千年前からしでかした、罪、誰が責任を取るのか見ものだ。

 その後、主に歯向かうという愚かな決断を出した場合には、兵隊も兵器も悉く凍てつかせてやろう。
 ただ、ルリの家族だけは救わねば、ルリの友人たちだけは救わねば、でなければルリは傷つくだろう。
 苦しむのは愚か者たちだけで十分だ。

「……アルジェント?」
「……申し訳ございません、少し考え事をしてました。何か御用でしょうか」
「だっこ」
「――分かりました」
 アルジェントは今までは自分たちが移動しやすいよう抱きかかえていたが、ルリから抱きかかえることを要求したことはなかったなと思った。
 抱きかかえる、いつ抱きかかえても酷く軽く感じる。
 本当こんな愛らしい容姿と華奢な体で、よく主に抱かれるまで清らかな体でいれたことに何度も感心してしまう。
 その上、今は不死人という存在でもある、表に出せば血を求めて群がる吸血鬼達が現れるだろう、この間のローザも血を求めている。
 吸血鬼ではない自分にはルリの血の甘美さなど分かりはしない、不死人という希少性くらいしかわからない、だがそれらも重要じゃない。

 ルリは主の奥方なのだ、幼子になったルリはそれをうけとめてくれないだろう、強要することは禁じられている、いつか、元のルリに戻った時、その時自分たちは彼女をどうすればいいのかまだ答えが分からなかった。
 本来のルリの精神状態を「診る」のだけは、アルジェントはどうしてもできなかった。
 自分たちがつけた傷を直視するのがこわかったのだ。

「……ルリ様、グリースとはどんなお話をなさったのですか?」
 少々気に入らなかったが、興味があったことをアルジェントはルリに尋ねた。
「えっとねずーっとむかしにおきたせんそうのおはなし」
「……」
 グリースは戦争の関係者だ、戦争の犠牲者であり――戦争をより誰も逆らえない力で終わらせた者、戦争反対派からは英雄扱いされている未だに。

 隠れ里に住まう、吸血鬼や人間などにも。

「あとはしらないひととしらないきゅうけつきにはついていっちゃだめって」
「それはその通りです。決して、決してついていってはなりませんよ」
 アルジェントは念をして言う。
「それとね、ゆめでみるおねえちゃんのこと」
「夢で見る、お姉ちゃん、とは?」
「いまのルリとそっくりなおんなのひと。たくさんけがしてていたそうなの、いつもたおれててうごかないの」

――嗚呼、ルリ様、貴方は――

「そのおねえちゃんとおはなししたことおはなししたの」
「……どんなお話を?」
 問いかけると、ルリは無垢な目のまま語り掛けてきた。
「うーんとねー……にんげんせいふ? もおねえちゃんのことをどうぐあつかいってかなしそうだった」
「……」
「めをさましたら、また『こわいこと』をされるんじゃないかってこわがってたよ」
「……」
「はなよめにはしあわせないめーじがあるのに、はなよめのじぶんはふしあわせだっていってた」
「……」
「あといまのわたしとおにいちゃんたちとおじちゃんたちへんなかぞくみたいって」
「……は?」
 聞くのが非常に辛い内容で、思わずルリに口を閉じてもらいたいと思ったが最後まで聞いたところ、最後の発言が寝耳に水の発言だった。
「……失礼ですが、そのかぞくに含まれるのは……」
「わたしとーぐりーすおにいちゃんと、あるじぇんとおにいちゃんと、しんそおじちゃん」
 アルジェントの顔が引きつる。
 色んな意味でツッコミどころが満載だったからだ。

――あのグリースと家族だなんて死んでもごめんこうむる!――
――真祖様とご家族などとは恐れ多すぎる、無理だ無理……――

「あるじぇんとおにいちゃんどうしたの?」
 ルリは首をかしげている。
「い、いえその……あの……なんでもありません……」

『強要してはならない、真祖の妻であるということを強要してはならない』

 幼いルリにしてはならないことを思い出し、言葉を飲み込む。
 本来ならルリの家族は人間であるルリの身内と、主だけといいたいのだ。
 ルリの母親達は家族じゃないと否定したらルリという存在を大事に育てた彼らに失礼に当たる。
 それ以外で家族にあたるのは夫である主のみでなければならない。
 が、それを今強要すると幼いルリが傷つきかねない。
 今はルリの意見を尊重するのが重要だと、ぐっと堪えた。

「ねぇあるじぇんとおにいちゃん」
「……なんでしょう?」
「ぷーるいきたい」
「……」
 アルジェントは必死にそれの代わりになりそうな場所がないか城の情報を引き出し始めた。
 かなりの難問だった。

 プール。
 いわば流れ水。
 吸血鬼の弱点である。
 ここは吸血鬼の城。
 答えは――

「……もうしわけありません、プールはないのです、泉も」
「……およぎたい」
 アルジェントは頭を抱えた。
 ルリの願いは叶えたいが、内容が吸血鬼達の弱点――主には全く弱点にはなっていないが、多くの吸血鬼が苦手とするものを城に置くメリットはほとんどない。
 あるとすれば拷問部屋だが、そこにルリを連れて行っても怖がるだけだ。

――ああ、どうすれば――

「誰か呼んだかーい」
「呼んでいないからとっとと帰れ」
「ぐりーすおにいちゃん!」
 帰ったはずの忌々しいグリースが再びやってきたのに、アルジェントは苛立ちを隠せなかった。
「ぐりーすおにいちゃん、わたしぷーるいきたい」
「うん、いいよ。普通のプールでなくていいなら」
「やった!」
「おい、貴様どこに連れていく気だ」
 アルジェントはルリを抱きしめてグリースに渡さない、連れて行かせないつもりでグリースを睨みつける。
「ちょうどいいや、同じことあったら今度はお前がつれていきゃいい」
 グリースはそう言うと足元に転移魔法陣を展開し、アルジェントとルリも含めて転移した。

 アルジェントが目を開けると、周りを木々で囲まれ、四角いプールのような空間に、透明度の高い水と、中央に人魚が水がめを抱え、其処から水が流れているのが分かった。
 アルジェントは手をいれる、其処まで冷たくない、そして何か違和感を感じた。
「ここは一体……?」
「吸血鬼でも入れる水場、今の吸血鬼の風呂場の原型になった場所さ。ヴァイスの野郎が作った」
「真祖様が!?」
「わーいひろーい!」
 ルリは喜びアルジェントの腕の中から降りると、着ていたネグリジェをぬいでショーツ一枚になり水場に飛び込んだ。
「おーいい眺め」
「貴様もう一度串刺しにするぞ」
 ショーツ一枚のルリを見てグリースが不謹慎なことを呟いたので、アルジェントは思わず彼を串刺しにしたくなった。
「いやぁ、中身幼女でも体は大人だから目の保養になるんだよなぁ」
「殴るぞ貴様!!」
「うるせぇなぁ、入浴の手伝い中は我慢してて、自分の部屋に戻るとルリちゃんの裸でヌいてるムッツリに言われたくないわ」
「な?!」
 アルジェントは凄まじく動揺した。
 何故なら、事実だからだ。
 うまく言葉が紡げない。
「だから言ってるだろ、俺は色んなことお見通しだって、だからルリちゃんに接触で来たんだぜ」
「貴様、人のプライバシーを勝手に侵害するな!! 真祖様はそのようなことはしないぞ!!」
「いや、あいつルリちゃんの部屋の様子覗き見してんじゃん」
「ぐ……!!」
 いままでの主の反応からそれが事実なのが分かってしまっているため、反論ができなかった。
「まぁ、ぶっちゃけ俺好きでもない奴のオナニー見て興奮する性癖ないから余計なもん見ちまったと思ったよ」
「だったら覗くな!!」
 アルジェントはグリースを怒鳴った。
「あるじぇんとおにいちゃんーぐりーすおにいちゃんーあそぼー?」
「いえ、私は」
「よっしゃ、あそ……」
「まて、貴様何を企んでいる?」
「ん? いや中身幼女のルリちゃんの遊び相手できるし、マジかでルリちゃんのほぼ裸が見れるし、お得じゃん?」
「貴様は近寄るな!! ルリ様、申し訳ございませんがおひとりで遊んでくださいませ!!」
「うーうん、わかったー」
 ルリは少し不満そうだったが納得して一人で泳ぎ始めた。
「どうせ、後でお風呂入れてその裸でヌく奴に言われてもなぁ……」
「貴様口を縫い合わせるぞ……!!」
 アルジェントはグリースの首元を掴みながら、睨みつけた。

 誰にも知られたくない知られたらまずいことを、一番知られたくない奴が知っていたという事実に、グリースは心の中で頭を抱えた。





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