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はなよめの傷
おにいちゃんたち ~守らねばならない愛しい人~
しおりを挟むグリースはルリを抱きしめて頭を撫でた。
自分の心にくすぶる憎悪や、彼女を守るためだったら世界を敵に回すという感情を決して伝わらぬよういつもの調子で。
「えへへー……」
ルリの無邪気で幸せそうな笑い声が聞こえる。
その声に、グリースの精神が安定する。
できればずっとこうしていたかったが――
「グリース、貴様何をしている」
来訪者――否、彼にとってはグリースが招かれざる来訪者だ。
アルジェントが不愉快そうな声を出して、部屋の入口に立ってこちらを睨みつけている。
自分の胸に顔をうずめているルリはすこしびくっと震えている、あの顔を見たらもっと怯えるに違いない、見えない状態であることに安心した。
「んー親愛のハグだよ。ハグ。それとその顔止めた方がいいぜ、ルリちゃんが怖がる」
グリースがアルジェントにそう言うと、アルジェントは舌打ちした。
音が小さいから、ルリにはきっと聞こえていない。
「じゃあ、ルリちゃん、また明日来るからね」
「またきてね」
「もちろん」
グリースがそう答えると、ルリはグリースの頬にキスをしてきた。
アルジェントの表情が歪む。
グリースはそれをみて心の中で意地悪く笑い、表面上はいつもの笑みを浮かべてルリの頬にお返しのキスをした。
アルジェントの表情が更に歪んだ。
「じゃあね、ルリちゃん」
グリースはそう言って窓によっかかった。
ルリはと手を振っている。
グリースはすうっっと姿を消した。
アルジェントはルリの名前を呼ぼうとした、しかし思いとどまった。
今の自分の顔はきっと酷い顔をしている、中身が子どもなルリが見たら怯える表情だ。
どうしてもルリが怯えない表情にできない、心が嫉妬や怒りなどが噴き出して抑えられない。
このままだと、また「声」が聞こえだして、場合によってはルリを気づつけかねない、アルジェントは、自分の顔を渾身の力を込めて殴った。
ルリは鈍い、何かを殴るような音が聞こえてびくっと震えた。
恐る恐る振り向くと、アルジェントの体の上の部分が下を向いていた。
殴るような音は彼から聞こえてきた。
何があったのだろうと怯えながら見つめると――
「……ルリ様、おはようございます」
笑みを浮かべている顔の頬の部分に強い力で殴られたような跡があり、口から血が流れていた。
「きゃああああ!!」
ルリは驚いて悲鳴を上げてしまった。
ルリの悲鳴を見て、アルジェントは戸惑った。
アルジェントは、まだ顔が怖いのだろうか、ならどうすればいい、もう一発顔を殴ってみるべきかと思案する。
「……あ、あるじぇんと、おにいちゃん、おかお、どうしたの?」
――やはり、顔が怖かったのか、よしもう一発殴ろう――
「……だれかとけんかしたの? ち、でてるよ?」
アルジェントの考えは的外れだったと気づかされた。
自分の顔の傷と血を見てルリは驚いたのだ。
気まずくなって自分で自分を殴ったなどを言えない。
「……ちょっと足を滑らせてでっぱりに思いっきりぶつけただけです」
嘘をつくことにした。
「……ほんとう?」
「本当です」
ぬいぐるみを抱きしめたままのルリは困惑した表情のままアルジェントを見る。
殴った箇所が痛む、殴るとき身体強化して身体強化してない顔を殴ったから結構痛い。
痛むのは別にいい、ルリを不安にさせたのを後悔した。
「すぐ治せますので」
治癒術を使えば治せるので問題はない、痛みは地味に残るが。
流れている血を拭って、治癒術を使ってみせる。
顔の傷は消えたはずだ。
「……あるじぇんとおにいちゃんちょっときて」
「はい、何でしょう」
アルジェントはこれで大丈夫だと思って、ルリに近づく。
ルリが手をのばしている。
アルジェントはかがんだ。
ルリが先ほどまで殴った痕跡があった頬を撫でる。
「いたくない? だいじょうぶ?」
地味に痛みが残っている箇所を、撫でられる。
気のせいなのに、痛みが引けていくような感覚に陥る。
「――ええ、痛くありませんよ。大丈夫で――」
頬に唇の感触を感じた。
ルリが頬にキスをしたのだと理解するのに、時間がかかった。
「る、る、る、ルリ様?!」
「? おかーさんがぶつけたりしたところよくやってくれてたのやったの」
――ルリ様のお母さま本当に良いご教育を……じゃなあああああい!!――
――本当、真祖様に、どんな、顔を、すれば、よいのだ!!――
――ああクソ、脳内でグリースが爆笑してるのがよぎった!!――
――あの忌々しい不死人自分の炎で焼かれ死ね!!――
困惑し、脳内は混乱状態に陥っているアルジェントを見て、ルリは首をかしげている。
「あるじぇんとおにいちゃん?」
ルリの声で、アルジェントはようやく我に返る。
「なんでもありませんよ、ルリ様お気遣いありがとうございます」
微笑みを浮かべ、何とか平静を保つ。
「……ルリ様、先ほどの行為、見知らぬ人とかにはやってはなりませんよ?」
「やらないよ?」
「ならよいのです」
グリースにもやらないようにと言うべきかと思ったが、説得が難しそうなのであきらめた、認めたくないが、今のルリは自分よりもグリースに懐いている。
「きょうはなにするの?」
無垢な目でルリはアルジェントを見つめている。
「何をしましょうかね……まずその前にお着換えをしましょうか」
「うん」
「では、お召し物を用意いたしますね」
アルジェントは洋服ダンスから、ヴィオレからは不評を買うが、今のルリには動きやすさが優先だろうと、元のルリが好んで着ていた動きやすそうな服と、スポーツブラ、シンプルな靴下を選んだ。
四歳児のルリはネグリジェがうまく脱げない様子だったので、アルジェントは選んだ衣類をベッドの上に置き、ルリのネグリジェを脱がしてやる。
ショーツ一枚だけの姿になる、ほぼ裸だ。
羞恥心がまだそこまで出てないのか、ルリは隠しもしない。
ルリにとって「怖いこと」をする時は隠そうとするが、「怖いこと」をしないと認識しているのか隠しもしない。
元の時はヴィオレがやっている着替えだが、ヴィオレは今裏方に回っている、なのでアルジェントがやるしかなかった。
無防備な姿を見て興奮しそうになるがぐっと抑える。
スポーツブラを着用させ、シャツを着せる。
その後上着、ズボンなどを着せていき、最後に靴下を履かせる。
その後、歩きやすいスニーカーを履かせた。
「今日もお外へいきましょう、城の範囲にあるお外へ」
「うん!」
アルジェントはルリを抱きかかえて、転移魔法を使った。
以前来た花畑だ、ルリを下ろそうと思ったが、アルジェントは表情を変えた。
冷徹な表情に。
アルジェントはコードのないイヤホンを取り出した。
「ルリ様、しばらく私の服に顔をうずめ、音楽を聴いていてください」
「? うん」
ルリの耳にイヤホンをつける、魔術がかかったイヤホンだからこれで彼女の耳には音楽しか聞こえない。
そして、自分の表情を見られることもない。
「――人間政府の犬が主の花畑に土足で何用だ」
スーツ姿の人間の男がそこに居た。
「いやぁ、真祖様に直接話せと上から言われてきたんですが、あちこちに術がかかってて迷子になってたんですよ」
男はへらへら笑いながら近づいてこようとしたが、アルジェントは氷の壁をはって近づけさせなかった。
「――流石氷の魔術師アルジェント、警戒心が非常に高い」
男は笑みを浮かべたまま喋る。
「貴様何者だ?」
「人間政府から伝達係を任された、ロクショウと申します。御真祖にお渡しした不死人、そう今貴方が抱きかかえている女性です。どうやら心の病を患ったそうじゃありませんか」
「その件なら真祖様が一度返事をしたではないか、貴様ら死体の数を増やしたいようだな?」
男――ロクショウは手を振った。
「いやぁ、そうではなくて、一度ご実家にお返ししたほうがよいのではないかと――」
「お前ら、俺の警告も無視するようになったとはいい身分だな」
いつの間にかグリースが炎を纏った手をロクショウの首に当てている。
変な動き、発言をしたら切り落とす、そういう警告だ。
「……グリースさん、貴方いつからいたので?」
「俺はルリちゃんを見守ってるんだよ、お前らのやることはお見通しなんだよ、人間の国にいったら、治療って名目で施設に監禁して、実験の道具にするんだろう? テメェの所の計画書は全部お見通しだ阿呆が」
グリースの発言を聞き、アルジェントは表情を憎悪の色に染めてロクショウを睨みつける。
忌々しいがグリースは「全てを見通している」、だから言っていることは事実だ。
「いや、その私はそこまで聞かされて――」
「首と胴体切断されるのと、俺に人間の国に強制送還されるの、どっちがいい?」
グリースは憎悪の笑みを浮かべてロクショウに言う。
グリースの憎悪の刃からは誰も逃れられない、それを分かっているのかロクショウは――
「……強制送還で……」
冷や汗を流しながらそう答えた。
グリースは炎を消し、ロクショウの首根っこを掴んだ。
それを見て、アルジェントは氷の壁を消滅させた。
「じゃ、俺このアホと人間政府のアホにちょっと躾けしてくるから、お前は引き続きルリちゃんのお世話よろしくな、気をつけろよ、色々と」
「言われるまでもない……!!」
グリースはロクショウとともに姿を消した。
人間政府側の役職についている連中の死体が何個かできるだろうが、アルジェントは当然の事の様に思った。
――ルリ様はお守りせねば、もう悪意のせいで傷つけられないように……!――
アルジェントはぎゅっとルリを抱きしめた。
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