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こわれたはなよめ

眠り姫への目覚めの口づけ

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「おい、貴様ふざけてるのか?!」
 アルジェントは状況が状況のため怒りをあらわにした。
「ふざけてねーよ!! でもこれしか方法が思いつかなかったんだよ!!」
 グリースがキレる。
「騒々しいぞ」
「し、真祖様」
「ヴァイス寝てなくていいのか?」
 ヴァイスが部屋に姿を現した、グリースを見ている。
「……話は聞いていた、アレか」
「そう、アレ」
「……真祖様も知ってるのですか? なら真祖様が――」
「アルジェント、私はその術は使えぬのだ」
「そんな……」
 主の言葉にアルジェントは困った、こんな状況で最後の賭けの方法がキスをし続ける、という内容な上、それをやるのが主ではなく、招かれざる来訪者のグリースというのが認めたくなかった。
「で、やるけどいい?」
「それしか方法がないのだろう、許可する」
「よし、じゃあやるから、俺に触るなよ!! いいな、絶対触るなよ!! これフリじゃねぇからな、キスが途切れたら術も途切れるからな!! やり直ししてもうまくいかなくなる可能性がたかいからな!!」
 グリースが二人に忠告する。
「分かっている」
 真祖が指を鳴らした。
「……邪魔者が来ぬようにした、やるがいい、アルジェント少し離れるぞ」
「……畏まりました」
 グリースとルリから二人は離れた。

 二人が距離を取ったのを確認した上で、グリースは顔を叩いた。
 気合を入れるためだ。
 この術で失敗したらもうアウト、そんな認識だからだ。
 グリースはルリの顔に自分の顔を近づける。
 そして何かを呟く。
 呟き終わると、目を閉じルリの唇に口づけをした。


 グリースが目を開けると真っ暗な空間が広がっていた。
「うわ真っ暗」
 グリースは周囲を見渡す。
「……プライバシー侵害になるけどごめんよ」
 グリースは周囲を術で明るくした。
 そこには楽しそうなルリの思い出の映像が――ヒビや黒ずみだらけで宙に浮いていた。
 思い出の品らしきものは壊れている。
「……なるほど、すがる思い出がこうなる位のダメージだったって訳か、これは不味いな」
 グリースは足音を立てて歩いていく。
 一際高い音が鳴った場所で立ち止まる。
「なるほど、ここが次の階層の入り口か」
 グリースはその床をたたき割った、穴が開きグリースはその穴に入った。

 着地すると、ため息をついて目を一度覆った。
「なるほど、これが鮮明になってるのね」
 その空間は――幼いルリにとって「こわいこと」、元のルリにとっては無理強いされてきた性行為の記憶でぎっしり埋め尽くされ、空間もどろどろとして不快感が酷かった。
「これは下にいくの探すのたいへんだぞ、まったく」
 どろどろとした空間を歩きながら下への道を探す。
 しかし、違和感らしいものはない。
「……このどろどろどうにかするか」
 グリースはしばらく何かを呟いてどろどろした液体を両端に分け、道ができるようにした。
 すると薄い、四角い亀裂が入った箇所があった。
「あそこか!!」
 液体がそこを覆う前に、走っていき、四角い亀裂を押すと穴が開いた。
 グリースは穴に再び飛び込む。
 グリースが飛び込むと穴は塞がった。

 ばしゃん、水の感触がした。
 グリースは水を舐める。
「しょっぱ! 塩水……なるほど涙か、涙で浸された空間……ここが最下層だな」
 グリースは歩いていくどんどん深くなる。
「……潜れってことだな」
 グリースは術をかけて、水中でも問題ないようにした。
 潜り深く、深く潜っていく、しばらく潜り続けると、液体がない空間に手がでる。
 グリースはそこへと飛び出した。
 上を見上げる。
「涙の海の下は、傷だらけの道ってか」
 赤い液体を流す裂け目が大量にある空間を、裂け目には足を踏み入れないよう慎重に歩いて行った。
 歩き続けると、裂け目が消える場所に行きつく。
 視界に、大人の女性らしき人物と、幼い子どもが見えた。
 大人が子どもを抱きしめているのがわかった。

 グリースは深呼吸をしてその二人のところに慎重に歩いて行った。
 二人から二メートル程はなれた距離の所で立ち止まる。
「……誰?」
 女性はこちらを見ず尋ねてきた。
 声で分かる、ルリだ。
「俺だ、グリースだ」
「……グリース?」
「ぐりーすおにいちゃん?」
 二人がこちらを向いた。
 ルリの目が動揺の色に揺れる。
「どうして、どうしてここにいるの?」
「ちょっと術つかってな」
 グリースはいつもの調子で答える、ルリの顔は黒い髪が本来の長さと違い、長くなっているからよく見えないが、口元は見える、唇を噛んで、それから口を開いた。
「帰って」
 グリースが想像していた範囲の言葉が返ってきた。
「……普段なら大人しく帰るところだけど、今回ばかりはそれは聞けない」
 グリースは頭を掻きながら普段の調子で答える。
「もう、嫌、なにもかもが嫌なの」
 本来のルリが幼子のルリを抱きしめながら吐き出すように喋り始めた。
「この状況も、自分の状態も、貴方たちも」
「……」
「みんな勝手よ、私の意思を無視して、自分たちの都合ばっかり押し付けて……」
「……」
「私にばかり辛いことばかりさせてこようとする……」
 ルリは幼子のルリをより強く抱きしめて、うつむく。
「……お願い帰って」
「……ルリちゃんには辛いのはよくわかってる、でも俺はルリちゃんに戻ってきてほしくてここに来てるんだよ」
「逃げ場がないのに戻れっていうの!? あんな場所に戻りたくない!! 外にだって逃げ場がない!! 家にだって帰れない!!」
「……」
「……貴方を選んだらお母さん達の身の安全が危うくなる……大勢の何も知らない人が死ぬんでしょう? 私に選択肢なんてないじゃない!!」
 ルリは顔を上げた。
 絶望しきった目が見えた。
「私は!! 誰も、愛せない!! 愛さない!! 貴方も、真祖も、愛さない!! アルジェントのことも!!」
 ルリはそう叫んでから小声で呟いた。
「みんな怖いのよ……」
 ルリはそう呟いてから幼子のルリを抱きしめて顔をまたうつむかせた。
「……」
 グリースは何とも言えない顔をしてルリを見ていた。

 きっと、不死人にならぬまま過ごしていたら、そこそこ穏やかに暮らし、穏やか眠れただろう。
 だが、不死人になってしまった。
 自分は正義を騙る者達に殺されて、彼女は不慮の事故で。
 不死人になった時点で、自分の願いを叶えるには力がいる。
 自分は不死人になった時、その力も運よく手に入れた、だから今も自分を誰も束縛できないし、踏みにじることもできない、自分で自分の身を守れる。
 だが、彼女は違う、大した力も持たない不死人、束縛から逃れることも、踏みにじられることから守ることも、何もできない。
 他の不死人達同様。
 ここから出れても、人間政府の実験体にされる運命が待っている。

 辛い運命しか待っていないなら、このまま心を閉ざしたままがいいのかもしれない。
 これ以上不幸になることはないのだ、だが幸せになることも決してない。

「……死んでしまいたい」
「やだよぉ、しぬのはこわいよぉ」
 二人のルリが全く異なる言葉を口にした。
 グリースは分かった、どちらも本心だ。
 ルリは「死んでしまいたい位辛い」のだ。
「……このままでいたいの、もう辛くて苦しい思いをするのはいやなのよ……」
 ルリは幼子のルリを抱きしめまま言う。

 グリースは二人のルリを見る、どちらもずたぼろの血のシミがついた白い服をきている。
 二人の無垢性を傷つけ、穢され、そして傷ついたのを現しているように見れた。
 髪が長いのは、表情を見にくくするのと、枷になっていること、そして女性であることを故の苦しみを現しているように思えた。
 実際二人の足を見れば、足枷がついており、鎖が遠くまでつながっている、どこまでもどこまでも遠くに繋がっている。
 逃げられない、追いつめられていることの象徴だろうと感じた。

 グリースはルリに近づく、そしてルリの頭を優しく撫でる。
「俺はルリちゃんに幸せになって欲しいんだよ」
「……無理よ、どこにいったって幸せになれない……」
 グリースはルリの頬を撫でる。
「確かに今の現状は辛いかもしれない、でもこのままここにいたままだと、ルリちゃんの思い出が壊れていってしまう、そうしたら残るのは辛い記憶だけだ、ここにいるとより苦しくなるだけなんだ」
「……分かってる……でも辛い記憶が増えるよりずっといい」
「本当に?」
 ルリの頬を優しく撫でながら言うと、ルリはぼろぼろと涙をこぼしながら。
「……いやよ、大事な思い出が壊れるのは……でも辛い思いもしたくない、どうすればいいの……」
「……ルリちゃん、君はもう少しだけこのままでいてくれ」
「え?」
「――子どものルリちゃんならあの二人は手を出さない、もう少しだけ子どものルリちゃんに体を預けて」
「……子どもの私に生贄になれと?」
「そうじゃない、子どもの君が幸せと感じられるようになった時、君が目を覚ませばいい」
「……目覚める時までに、君も幸せになれるように俺が善処する」

「俺を信じて。全てが君を傷つけても俺だけは君を守るから」

 グリースの言葉にルリは幼子のルリから手を離す。
 幼子のルリの足枷が砕けた。

「じゃあ、おにいちゃんといこうか」
「……うん」
 幼子のルリはグリースに近づいた、幼子のルリを抱きかかえてグリースは姿を消した。
 ルリはその場に横たわり、目をつぶった。




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