不死人になった私~壊れゆく不老不死の花嫁~

琴葉悠

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こわれたはなよめ

こえがきこえるの、だめと

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 ルリは目を覚ました。
 汗できている服はぐっしょりぬれている。
 怖い夢だった、鮮明に覚えている。
 三人の「こわいひと」達が自分に「こわいこと」をしてくる夢。
 そして「こわいこと」をしながら「あいしてくれ」と言ってくる夢、「こわいこと」をしながら「あいしている」と言ってくる夢だった。
 とても怖い夢。
 体を起こして、深呼吸をする。
「ルリちゃん」
 体がこわばった。

――この人も「こわいこと」をする「こわいひと」よ、心を許してはダメ――

 昨日の女の人の声が頭に響く。
 ルリはぬいぐるみを抱いて後ずさりする。

「……ルリちゃん?」
 昨日までと急に態度が変わった事にグリースは違和感を抱いた。
 あまり使いたくないが、ルリの「中身」を「診る」ことにした。
 しばらく見て、心の中で舌打ちした。
 大人の精神の「ルリ」が今のルリに警告を出し、悪夢を見せ、そして今も警告しているのだと。
 正直、あの二人と一緒にされるのは不満だが、ルリが追い込まれる原因を知らずに作っていた自分にも責任はあると納得しなければならなかった。
「……大丈夫、俺はルリちゃんに『怖いこと』はしないよ」
 笑みを浮かべて、ルリに言う。
 ルリはぬいぐるみを抱えたまま震えている。
「前にもいったよね、『怖いこと』はしないって、ルリちゃん四歳だもん、あんな『怖いこと』したらダメに決まってるよ」
 優しく話しかけながら手を伸ばす。
 ルリは困惑した表情を浮かべている。
 声が聞こえているのだ、「近づいてはだめ」という大人の「ルリ」の声が。
 しかしルリは――
 少しずつ、少しずつ、近づいてきた。
 ぬいぐるみを抱え、不安そうな顔をしたまま。
 声は必死に警告を出しているのがグリースの耳にも聞こえていた。

 そうだ、いつも自分に近づいて抱いてその所為でアルジェントに酷い行為をされてきたのだ、自分が悪い。

 ルリが手の届く範囲まで近づいてきた。
「……こわいこと、しない?」
「しないよ」
「……こわいこと、されない?」
「させないよ」
 優しく言うと、ルリはグリースに抱き着いてきた。
 グリースは優しく抱き返して頭を撫でる。
「思い出しちゃったんだね、ごめんよ。俺がそういうのしたからたくさん酷いことされたんだもんなぁ」
 謝罪しながら、ルリの頭を優しく撫で続ける。
「俺の事愛してくれなくてもいいよ、それでも俺はルリちゃんの事好きだからね」
 そういって、ルリの唇にそっと触れるだけの口づけをする。
 その後再び抱きしめた。

――そう、愛してくれなくてもいい、君が幸せなら俺はそれでいいんだ――

 グリースはそう思いながら、ルリを抱きしめ続けた。
 そして――今のルリにとって好ましくない来訪者がやってきた。
「グリース何をしてる……!!」
 来訪者――アルジェントの声に、ルリは顔を青くして振り返り、恐怖に引きつった顔になってグリースに抱き着き、震え出した、怯えているのだ。
 アルジェントはルリの反応が昨日と異なるのに理解できず困惑の表情を浮かべる。
「グリース!! 貴様ルリ様に何か吹き込んだのか?!」
「ルリちゃん、しばらく音が聞こえなくなるけど我慢してくれる?」
「……うん」
 グリースはルリの聴覚を一時的に奪う術で、彼女が今からいうことを聞かなくていいようにした。
「思い出したんだよ、こうなる前のことをな」
「……どういうことだ?」
「昨日ヴァイスも手を出さなかった、そこでこのルリちゃんはこわくないのかと思ったんだ、そうした時、『大人』のルリちゃんがされたことを見せたんだよルリちゃんの精神内で、ついでにされたことも悪夢として見せた、んで今――」

「俺たちに『近づくな』『気を許すな』『愛するな』って警告出し続けているんだよ、俺たちは今のルリちゃんにとって『酷い奴だ』『怖い奴だ』ってな!!」

 グリースがそう言うとアルジェントは絶望色に顔を染めた。
「……そ、そんな……」
「俺に近づいた状態だから、お前への恐怖心は倍増状態だ!! お前はルリちゃんに罰っていってそうとうな事してたからな!!」
「私は――……」
「こわいことやだ……こわいことやだ……」
 ルリはガタガタとグリースの腕の中で呟いている。
 聞こえてはいない、この後されるのではないかという恐怖心が前以上に膨らんでいるのだ。
「……ルリちゃんもういいぜ」
 グリースは術を解く。
「ルリ様……」
 悲痛な声色でアルジェントはルリの名前を呼ぶ。
 ルリは弱弱しく首を振ってグリースに抱き着いている。
 ちらりとアルジェントを見たが、表情は怯えきっていた。
 グリースの耳に、ルリへ警告する「大人」のルリの声は響く。
 どれも、怯えの含んだ声だ、それで必死に警告している。
「……こわいことはしません、いたしません、ですから、ですから、どうか――」
 アルジェントは嘆くように訴えていた。

 グリースは、アルジェントがルリを愛しているのは見抜いていた。
 だが、これは愛されたら死ぬことを選ぶだろう、ルリの愛情は彼の主――ヴァイスだけのものであるべきだと信じている。
 自分は傍に置いてもらえるだけでいい、それだけで幸せなのだと。
 だから、この拒絶は――非常に堪えているのだ。
「お願いします、ルリ様、貴方様はどうか真祖様だけを愛してください、そして私はただ、貴方の傍にいたいのです――」
 アルジェントは懇願するが、ルリは首を振る。
 今のルリは誰も「愛せない」のだ。
 そして、アルジェントの傍にも、ヴァイスの傍にいるのも恐怖なのだ。

 他の二人より、まだ程度が軽かったグリースだけが、傍にいることを望まれている、そんな状態だった。

「グリース……貴様が、貴様がいなければ……」
 アルジェントの表情が憎悪の色に染まった。
「ここで流血沙汰か? そんなことしたらルリちゃんはもっとお前に怯えるぜ?」
 グリースの言葉にアルジェントは唇を噛んだ、血が流れる。
 アルジェントはグリースからルリを無理やり引きはがした。
 頭の中は、グリースを殺すことでいっぱいになっていた。
「きゃ……!!」
「おま……ぐぶぇ?!」
 グリースの体内から巨大な氷の結晶彼の体を突き破って出現した。
 グリースは氷の結晶に串刺しにされたオブジェのようになり、ぐったりとしていた。
「きゃあああああ!!」
 ルリの口から悲鳴が上がる。
 アルジェントはルリの腕をつかんだ。
「はなして!! ひとごろし!!」
「ルリ様!!」
 アルジェントはルリを抱き、彼女を見る。
「グリースの傍にいるのだけはおやめ下さい」
「やだ!! うそつき!! こわいことするのいやぁ!!」
「……おい、坊主、お前もう少し考えて行動しろよ」
 グリースの声にルリがくし刺しにされたはずのグリースを見た。
 氷は無くなり、蒸発していた。

 グリースの腹と胸に穴が開いていたが、それが消えた。
 服に穴が開いたあとは残ったが、それ以外は傷一つなかった。
「吸血鬼とか人間なら今ので死んでたな確実に!! 俺不死人だからいてぇだけで済んだけどな!!」
 グリースは怒りまじりの笑みを浮かべたままアルジェントからルリを奪い返すとアルジェントの腹を殴った。
「おごっ……!!」
 アルジェントは耐えきれなかったのか腹をおさえその場に倒れる。
 げほげほという音と、何かを吐き出した音が聞こえた。
「マジでルリちゃん連れてってやろうか?」
「……っ貴様……!!」
 アルジェントはグリースを睨みつけている。
 グリースは侮蔑の眼差しを向けながら嘲笑する。
 その後、いつもの表情にもどり、自分の腹や胸を触って困惑しているルリに優しく微笑み髪を撫でる。
「……どうしていきてるの?」
「俺さーちょっと特殊で死ねない体なんだわ、ルリちゃん心配してくれてありがとうな」
 グリースはルリの頬を撫で、優しく誘う。
「ルリちゃん、俺と一緒に来るかい?」
「え?」
「ルリちゃんが、ここから出たいっていうなら、俺が連れ出してあげる。世界だって敵に回しても守ってあげる」
 ルリは困惑していた、グリースの耳には「大人」のルリが今のルリに強く警告しているのが聞こえた、「そんなことをしたら大変なことになる!! たくさんの人が死んでしまう!! だめ、絶対ダメ!!」と。
 ルリは首を横に振った、今回ばかりは声に従ったのだろう、確かに声の通りになるのは事実だからグリースは無理強いする気はなかった。
「そっか、でも本当にここが嫌だったらいっていい、君が大勢のために犠牲になる必要はないんだから」
 グリースはそう言うと、ルリをベッドに座らせた。
「おい、坊主。テメェはちったぁ考えて行動するってのを覚えな、世界を敵に回していい覚悟してる俺を殺せるとか普通できるわけねぇだろう」
 グリースは倒れ、自分を睨みつけているアルジェントに軽蔑の眼差しを向けて言う。
「テメェがバカやるとヴァイスの立場も危うくなるの分かってんのか?」
「……っ私は……」
「お前殺しても次の奴がまともかわからねぇから殺さないでおいてやるよ、ありがたく思いな」
 グリースはアルジェントを蹴り上げた。
「がっ……」
 ルリは怖がって耳を塞ぎ、目をつぶっている。
 グリースは腹をさすってから、何か小さく呟き、ルリの傍による。
「ルリちゃん、また明日。覚えておいて俺はこわいことはしないから、ね?」
 そう言うと、ルリはグリースを見て小さく頷いた。
 グリースはにかっと笑い、その場から姿を消した。


「あ゛ー!! いてぇ!! まじで痛かったぞ!!」
 グリースは隠れ家に戻るとベッドの上で腹を抑えた。
「本気のヴァイスとやり合った時以来の痛みだわこれ……あの坊ちゃん普通じゃねぇわ……」
 グリースは少しばかり真面目な顔をして呟いた。
 深刻そうな呟きは誰にも聞かれることはなかった。




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