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こわれたはなよめ
あいさないで
しおりを挟むルリはぬいぐるみを抱きかかえながらじっとしていた。
部屋の外に一人で出たらまたさっきみたいな「こわいひと」がいるかもしれない。
そうしたら捕まってしまう。
捕まったら何をされるかわからない。
でも、これからくる「とてもこわいひと」も怖くて仕方なかった。
アルジェントは「とてもこわいひと」を「真祖様」と呼び、自分はその「花嫁」なのだという。
「とてもこわいひと」を好きになるなんてできないとルリは思った。
でもアルジェントはそれを願っているようにいってくる。
けっこう酷いと思った。
周囲が暗くなる。
ルリの顔が青ざめる。
ルリは顔を上げた。
そこには「とてもこわいひと」が立っていた。
ヴァイスは自分を恐怖対象として認識している目で見上げているルリを見て寂しい表情を浮かべる。
休んでいる間に「見た」ところ、グリースとアルジェントは「こわいひと」の認識が今は外れているようだ。
今のルリにとって「こわいこと」をしたらまた「こわいひと」に認識されるだろうが。
あと腹立たしいことに、配下の中でも問題児のローザが勝手にルリの部屋に侵入したことだ、仕掛けなどは行っていないのは幸いした、もししていたら、直々に罰を与えるつもりだった。
二度目があった場合には確実に罰さねばとヴァイスは心の中で決めた。
自分を怯えて見つめるルリの頬を撫でる。
体がこわばった。
「……ルリ」
名前を呼ぶが、ルリは視線を合わせるのも怖くなったのか視線をそらし始めた。
「……来なさい」
なるべく優しい声で、ルリにこちらに来るように言う。
ルリは視線をさまよわせてから、ぬいぐるみを抱きしめたまま裸足で近づいてきた。
近づいてきたルリを、ヴァイスは抱きかかえて、闇で周囲を包み自分の部屋へと転移する。
そしていつものようにベッドに寝かせる。
ルリはぬいぐるみを抱きしめたまま怯えていた。
ヴァイスはマントを脱ぎ、ベッドへと乗る。
そしてルリの頬を撫でる。
ルリは体をこわばらせたままぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。
「おいで」
「……こわいことしない?」
「しないとも」
ルリの言葉に優しく返すと、ルリは恐る恐る近寄ってきた。
腕の中に納まるところにくると、ヴァイスはルリを優しく抱きしめ、額に口づけをした。
「ルリ、私が怖いのか」
「……こわい、こわいことしたしそれに――……」
するとルリは頭を押さえだした。
「ルリ?」
「あたま、いたい……いたいよぉ……」
ぬいぐるみから手を離し両手で頭を押さえて蹲り始めた。
ルリの頭の中に「こわいこと」がたくさん、浮かんできた。
頭の中でテレビの画面のように映される、たくさん。
それ以外のことも映される。
自分が車にひかれるシーンや、母親によく似た女の人が嘆き悲しむシーン。
いろんなものが頭に浮かぶ。
こわいことをされるかんかくもからだにうかんでくるしい。
『おもいださないほうがいいよ、しんじないほうがいいよ』
大人の女の人、四歳なのに大きくなっている自分と姿が瓜二つの人が言う。
『みんなわたし/あなたをきずつけるんだから』
絶望しきった表情で女の人は言う。
「どうして?」
女の人は絶望した表情で言う。
『だってあいつら、あなたにさいしょ「こわいこと」したでしょう?』
「……うん。でもグリースおにいちゃんはしなかったよ」
『あのひとのことはわたしもよくわからないわ』
女の人は絶望した表情のまま答えた。
『……あいつらはわたし/あなたに「こわいこと」をしたくてたまらないのよ』
「……本当?」
『そう、なんでやめたかはわからないけど。もしかして精神が壊れるのはちっぽけな良心が痛むからかしら』
女の人は嘲笑うような表情で言う。
「ねぇ、どうしておねえちゃんとわたしはそっくりなの?」
『いっているでしょう、わたしはあなたなのよ』
「……どういうこと?」
『わたしが壊れそうだったから、あなたがうまれた。あなたはわたしを守るための生贄みたいなものだったのよ』
「いけにえ?」
『身代わりよ』
女の人は淡々と言う。
『みたでしょう? あれ、ぜんぶわたしがあなたがされたこと』
「え……」
『だからこわかったのよ、わかった? あんなことをした奴らも、されたことも』
「……」
ルリは困惑した。
あんなこわいことをたくさんされたいたという事実に。
女の人はルリの頭を撫でる。
『わたしがもどるとき、あなたはわたしのいちぶとなるけど、あなたがこわれたらわたしもこわれる』
「……どういうこと」
『まだ、わたしのこころはなおらないっておはなしよ。つまりまだあなたがわたしのかわりをつとめるの、よんさいのころのわたし』
「いってることわかんないよ……」
『わからなくていいのよ、でもおぼえておいてね、あいつらはわたしに、あなたに、こわいことをしてきた。なにがきっかけでまたするかわからないだから――』
『あいつらをしんようしてはだめよ』
『だってあいつらはみんな――』
『酷い人達だから、私は全員好きになれない』
女の人は泣きそうな顔と泣きそうな声で言った。
「……リ……ルリ!!」
ルリは「とてもこわいひと」の声で我に返る。
頭痛と、頭に浮かんでくる絵みたいなのも消えた。
周囲を見渡す、先ほどの何もない真っ黒な空間ではなく、「とてもこわいひと」の部屋なのを認識する。
不安そうに自分を見てくる「とてもこわいひと」がルリは――更にこわくなった。
あのふたりもまた怖くなった。
「や……いや!!」
ルリは「とてもこわいひと」から離れて、ベッドから下りて逃亡しようした。
ヴァイスは頭を蹲り、呻きだしたと思い何度も呼び掛けていたが、ようやく反応したと思ったら今までにない恐怖の色に染まった顔をしてぬいぐるみを抱えて逃げようとしたルリの行動に違和感を覚えた。
扉を探すルリの腕をつかんだ。
「やだ! こわい! おうちかえる!! かえして!!」
ルリを抱き寄せ、額に指をあてる。
「あ……」
ルリはくたりとヴァイスの腕の中に倒れこんだ。
ヴァイスはルリの額に自分の額を近づける。
ルリの先ほどの状態を探るためだ。
「……そうか」
ヴァイスの声は悲嘆に染まっていた。
額を離して、ルリの髪を撫でる。
「……ルリ、お前は私達の事をそう思っていたのか」
無理やり花嫁にされたことへの不満、されたことへの嫌悪、愛することを強要してくることへの嘆き。
まるで、こどもが気に入った玩具を好き勝手遊んでぼろぼろにしたのに、なんでぼろぼろになったと玩具に対して文句を言うような理不尽。
彼女にとって不幸せで、苦しくて、辛い現実しかなくて、救いが欲しくて助けてほしくて、それができなくて結果、生贄を差し出したのだ。
子どもだったらお前たちのいう事を聞くだろう、お前たちの望みどおりになるだろう、そういう感情と。
子どもの私を穢すなら、壊れるだけだ、壊れたらお前の好きにできるだろう、でもお前達の事など愛してやるものか。
そんな様々な感情が混じって、今のルリがいる。
そして気を許しそうになってるルリに警告したのだ、「優しい顔をして本当はこんなひどいことをするのがこいつ等の願望だ」と。
決して、愛するなと。
「……」
ルリの薄紅色の唇を指でなぞる。
幼い表情をして見える。
大人の女性のはずなのに、心が幼子になっているからか、そう見えた。
そっと口づけを落とす。
きっと気を許そうとする度、あの「ルリ」は今のルリにされてきたことを見せるだろう、そして警告するのだろう。
私達を「愛するな」と。
自分たちがした結果とは言え、嘆きたくなった。
「……頼む、愛してくれ……私を……」
抱きしめて呟く。
ルリは怖い夢をみた。
あの三人が、そろって自分にこわいことをさせる夢だ。
そしてそろって皆――自分を愛せと言ってくる夢だ。
――こわい、あいするってどうやって、こわいのにどうやってあいするの?――
皆、こわがる自分にこわいことをしながら言うのだ。
『愛しているよルリちゃん』
『ルリ様、愛しております』
『愛している』
――いや、あいさないで、こわいことをしてくるなら、あいさないで――
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