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こわれたはなよめ
「こわいこと」はしない?
しおりを挟むアルジェントは花畑でルリが飽きるまで遊びの相手をした。
疲れたルリが部屋に戻りたいと強請るまで。
そのころにはルリ服が草まみれになっていた肌が出ている部分にも草がついている。
「ルリ様お風呂に入りましょう」
「うん」
怯えの色はない、素直にルリは言う事を聞いてくれた。
抱きかかえて浴室に転移し、一瞬で浴槽にお湯で満たす。
「わぁ」
ルリが驚きの声を上げる。
「では、お洋服と下着を脱ぎましょう」
その言葉に、ルリがびくっと強張った。
「……こわいことしない?」
「しません」
苦笑して返すと、ルリは少し安心したようだ。
床に下ろすと、服を自分から脱ぎ、下着も脱いだ。
中身が子どもだからたたむという考えはない、その場に脱ぎっぱなしだ。
アルジェントは脱いだ服と下着を拾い、洗濯の所へ転移させる。
ルリはなにかを探しているようだ。
「なにか、お探しですか」
「おゆくむのは?」
「……もしかして桶のことですか?」
「うん、おふろはいるまえによごれおとさなきゃ」
「……桶がないのでシャワーで我慢してください」
アルジェントはそう言ってシャワーヘッドを掴み、お湯を出し、ルリの体を洗うのを補助しはじめた。
ルリは石鹸を受け取り、それを泡立てながら体を洗っていく。
体が泡を纏うような状態になったところでアルジェントはお湯をかけた。
汚れが落ちたのを確認すると、ルリは浴槽に浸かった。
「ぷにちゃんは」
「こちらで洗いますので……」
「おふろじゃだめ?」
「だめです」
「……わかった」
ルリは少ししょんぼりした雰囲気をだした、アルジェントはぬいぐるみの花冠を取り、転移で洗濯の所へと転移させる、使い魔たちがもっともよい方法で汚れを落としてくれているだろう。
暫くお湯に浸かってからルリは浴槽から上がった。
濡れているルリの体をタオルで拭いてやる、ルリは大人しく拭かれていた。
拭き終わると、ルリの体をタオルでくるんで部屋へと転移する。
花冠をルリの机の上に置くと、ルリをベッドに座らせ、タオルを取る。
そして肌の露出が少ないネグリジェと、しっかりしたショーツを棚から出し、身に着けさせた。
ルリが不安そうな顔をしている。
アルジェントはルリの頭を優しく撫で、微笑む。
「ルリ様、今は少しお休みください」
そう言って、アルジェントはルリをベッドに寝かせて毛布を掛ける。
「……こわいよ……」
「大丈夫ですから……」
優しく頬なでて微笑み、立ち上がり、その場から姿を消した。
いったん自分の部屋に戻り花冠に枯れない腐らないよう術をかけて、机の上に置く。
そして主の部屋の前へと移動する。
扉の前で膝をつき頭を垂れる。
「真祖様、お休みの所失礼します」
『わかっている』
重々しい声がアルジェントの耳に届く。
「……奥方様の御心が元に戻るまで情事を控えてはいただけないでしょうか」
『……グリースが行動したら私は手が出せぬ、仕方ないそうしよう』
主の言葉に安堵した、自分が何もしなくても主が今のルリにとって「怖いこと」をしてしまえば、ルリの精神はどんどん軋んでいってしまうだろう。
危うくなったら、グリースが連れ去るだろう、そうすれば人間政府も、こちらも手が出せない。
グリースの力は強大なのだ。
普段は風の力を使っているが主から聞かされた話では彼の最も得意とするのは風ではない、世界も星々をも焼く程の炎だ。
多くの吸血鬼、人間が、グリースの炎で一瞬で灰と化した、骨さえも、主ですら、白木の杭も効果がない主でさえ、灰になりかける程の炎だ。
不死人の存在はこちらも把握しているが、誰一人としてグリースの足元にも及ばない。
術でさえも、主は抵抗できなくなる、それなのに自分が抵抗できるのが不思議なくらいだ。
強力な術、身体能力、そして不死性、いまだに世界の脅威として認識され、発言力が強い。
主よりも、だ。
グリースの根っこにあるのは世界への怒りだ。
未だこの世界に怒りを向け続けている。
唯一怒りを向けていないのがルリだ。
彼女にだけは愛情を向けている。
ルリが本当に精神的にも肉体的にも追いつめられているのであれば確実に――グリースは再び世界を炎で焼き尽くすだろう。
二千年前の業火の世界が再演される。
『お前も対応に気をつけよ』
「勿論です」
声と圧が無くなるとアルジェントはその場から姿を消し、自室へと戻った。
自室に戻り、椅子に腰をかけ深いため息をつく。
頭にルリを汚してしまいたいという欲がこびりついてしまっているのだ。
その一方で、あの無垢で無邪気な笑顔を守りたいという感情もある。
自分の汚れた欲を抑えなければと頭を抱える。
ふともらった花冠が目に入る。
はにかんだあの笑顔がよみがえる。
同時に、それを穢そうとする自分の存在は目に映る。
アルジェントは歯を食いしばり、氷の刃で自分の腕を刺した。
だらだらと血が流れる。
穢そうとする自分は消えた。
――そうだ、殺せ、自分を――
――あの笑顔を守るためなら、ルリ様の御傍にいるためなら――
アルジェントは歪に笑った。
夕暮れ時、ルリは目を覚ました。
ルリはベッドから起き上がり窓から外を見る。
空が赤い。
「家」に帰りたい気持ちが強くなるが、ここの人達は帰してはくれないというのがわかった。
何故帰してくれないのかルリには全くわからなかった。
そして何より、夜になるのが怖かった。
少しだけ怖くなくなった銀髪の人は「大丈夫」と言ったが、本当に「大丈夫」なのか分からない。
だってこれから来る人は――「とてもこわいひと」だからだ。
この「とてもこわいひと」も「こわいこと」をする人だからだ。
ベッドに戻り、ベッドに座ると、周囲が少し暗くなる。
――「とてもこわいひと」がきた――
ルリは怯えながら顔を上げる、黒い髪、赤い目、真っ白な肌、そして「おかあさん」よりも年をとっている姿の、真っ黒な服を着た、「とてもこわいひと」。
体をこわばらせる、暴れたりしたらきっと「こわいこと」をしてくる。
ヴァイスは怯えた表情をしている、ルリを見る。
ヴァイスは寂しげな表情のまま、ルリを抱きかかえ、いつものようにルリの部屋から自分の部屋へと闇を使って転移する。
ルリは真っ青な顔をしている、昨日と違って暴れることはしない。
酷く怯えた彼女をベッドに寝かせ、自分も隣に横になり、マントを毛布変わりにかけてやる。
昨日とは違うが、まだ何をされるか分からない恐怖心が抜けていないのか震えている。
優しく抱き寄せる。
怯えているルリの頬を撫でる。
ルリの唇が動いている、でも声にはなっていない。
「……怒らぬ、申せ」
「――こわいこと、しない?」
ルリは小さな、怯えている声でヴァイスに尋ねてきた。
「怖いこと」とは情事の事だろう。
グリースの発言もある上、自分に忠実な配下のアルジェントの言葉もある。
自分がやぶって中身が幼子になっているルリを抱くのは問題だ。
「せぬ」
「――ほんとう?」
「勿論だ」
それでようやく、ルリは怯えの色を薄めた。
自分の腕の中で大人しくしている。
ただ、まだ自分の事を恐れているのか、顔色をうかがうような仕草をしている。
ルリは「とてもこわいひと」の腕の中で怯えたまま、「とてもこわいひと」の様子をうかがう。
この「とてもこわいひと」は「こわいこと」はしないとは言った。
でも、本当にそうかわからない。
よくわからないが、気分一つで気が変わって「こわいこと」をするような気がするのだ。
気分一つで「いたい」ことをするような気がするのだ。
だから怖くて仕方がなかった。
「……どうしておうちにかえしてくれないの?」
ルリは尋ねた、銀髪の人にも尋ねたが泣いてたからよく覚えていなかった。
だたいやだと答えたことだけは覚えている。
尋ねると「とてもこわいひと」はルリの頬を撫でた。
「お前は私の花嫁となったのだよ」
「……わたしよんさいだからけっこんできないよ」
ルリは首を振りながら「とてもこわいひと」の言葉に、無理と答えた。
ルリは「おかあさん」から十八歳にならないと結婚はできないと聞かされたことがあったのを覚えていた。
ヴァイスはルリの発言に頭を抱えたくなった。
――四歳、四歳?――
ここで、ルリがどこまで幼児退行したか理解した。
発言が幼すぎると思ったが、まさか四歳の頃まで退行していたとは。
発言によっては泣き出してまた逃亡を図りかねない。
ルリの存在を知りたがる配下の吸血鬼は大勢いる。
その中には不死人の「甘美な血」を欲する輩もいる。
どうやって、城の外にださないよう、他の輩に気を付けるよう言えばよいのか、ヴァイスは頭が痛くなった。
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