不死人になった私~壊れゆく不老不死の花嫁~

琴葉悠

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こわれたはなよめ

こわくないこと

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 ルリは白い髪の「こわいひと」が「こわいこと」を全くしないので少しずつ恐怖心が薄れてきていた。
 ぬいぐるみを使っていっしょに遊んでくれている、頬を撫でてくれたり、頭を撫でる時は必ず、「触ってもいい?」と確認してから撫でたり、触ってくる。
 触って欲しくない箇所は触ろうともしない。
 あの「こわいひと」は「こわくないから」といって「こわいこと」と触って欲しくない箇所を触るのにこの「こわいひと」はして来なかった。


 遊んでいるうちに、ルリの自分への怯えは大分減ってきているように思えた。
 笑顔も見せるようになってきた。
 その状態に心の中で安堵する、幼児退行より悪化したらという懸念があったのだグリースは。
 それは、精神が完全に崩壊することだった。

 実際、不死人になった者達を見てきたこともある、まだ精神を保って生きているのは片手で数える程度だ。
 他は、政府の監視、その他諸々の事柄に耐えきれず精神崩壊した。
 その不死人は全員行方不明になった、という扱いになっているがそれは真実ではない。
 これはグリースだけが知る事実だが、「不死人の自分は不死人を殺せる」のだ。
 初めて精神がぶっ壊れて、殺してくれと絶叫する不死人の男を力を使って殺した時知った。
 もしも、ルリの精神が完全に崩壊して、死にたいと願うのだったら――

――殺してあげよう――
――痛くない様に、一瞬で――

 そう考えるが、それは表に出さず幼児退行したルリに笑顔で接する。
 ルリは無邪気に笑い始めた。
 可愛らしい、心の底から家に帰してあげたくなった。
 だが、このルリを家に帰したら家族が相当なダメージを負うだろう。
 そして人間政府、連中が何をするか分からない。
 グリースは酷かもしれないが、どうすればルリを元のルリに戻せるか思案する。

――性行為?――
――既に連中がやってる、それにかなり怯えてるやってどうする――
――自分が保護?――
――人間政府と吸血鬼政府に追われる生活になってルリが被害にあったらどうする、ではどうすれば――
――何か強い精神ショックを与える?――
――ああ、思いつかない、頭に衝撃を与えるのも愚策だ、一体どうすれば――

「おにいちゃんどうしたの?」
 考え込んでたのが表に出てしまっていたらしい、ルリが心配そうに尋ねてくる。
「ちょっと考えてただけさ、ルリちゃんごめんね心配させて」
「ううん」
 ルリはぬいぐるみを抱きしめたまま首を振る。
「おにいちゃん、もっとあそぼ?」
「そうだね、あそびたいけど――」

「怖いお兄さんが来たようだ」

 グリースは顔を冷たい色に染めて扉を見ると、アルジェントが姿を現した。
 額を抑えながら、憤怒の表情をしている。
「こわい!!」
 ルリは怯えてグリースに抱き着いた。
 それを見たアルジェントの表情が驚愕の色に変わったと思ったら更に怒りを深めた色に表情になった。
「グリース貴様……!!」
「俺は今のルリちゃんを年相応に扱っただけだぜ、お前らと違ってな」
 グリースはルリが自分に抱き着いて自分とアルジェントの顔が見えていない状態になっていることに感謝しながら、嫌悪の色を隠さず言う。
 怯えているらしいルリの頭を優しく撫でながら、アルジェントと向き合う。
 グリースは確信している、今は絶対アルジェントは攻撃はできないと。
 ルリが自分に抱き着いているからだ、下手に攻撃したらルリに攻撃が当たってしまいかねない。
 ルリが不死人で、傷をつけても死なないのは分かっていても、絶対やらない、そういう確信があった。
「……ルリちゃんの精神状態見させてもらったけど、非常に危険だったぜ、俺が遊んであげてなきゃ精神崩壊に行ってたね!」
 アルジェントはぎりっと歯を食いしばっている。
 忌々しそうに、悔しそうに。
「……さて俺はこのルリちゃんをここから連れ出すのも視野に入れている、お前らのこれからの対応によってな!」
「……!!」
「今日はひとまず連れて行かないことにする、けどお前らがルリちゃんを追い込み続けるなら――」

「俺は世界全部敵に回してもルリちゃんをここから連れ出す」

 グリースはそう言うと、ルリをベッドの上に座らせて、頭を撫で先ほどの表情とは異なり優しい笑みを浮かべる。
「ルリちゃん、また明日来るから」
「……うん」
 グリースはルリの頭を撫でてその場から姿を消した。


 アルジェントはその場でぎりっと歯を食いしばった。
 酷く悔しいのだ。
 何とか発動させた、遠見の術でルリとグリースのやり取りをアルジェントは見ていたのだ。
 怯えた表情が、無邪気な笑顔、花のように愛らしい表情に変わるのを見せられたのだ。
 ルリの情がグリースに傾いているのを感じた。

 主ではなく、忌々しいグリースに。
 それだけはいけない。

――体を許したわけではないが、それ以上に許してはいけないことをなさった、罰を、罰を与えなくては――
――否、罰を与えたらより、ルリ様の心は私達から離れてしまう、グリースの元へ行ってしまう――

 二つの考えが頭の中でぐちゃぐちゃになり、どうすればいいのか分からくなる。
 安心できる相手が居なくなり、「怖い人」と二人っきりになってしまった事でルリはぬいぐるみを抱いてベッドの隅で怯えきっている。
「ルリ様」
 二つ感情を抑え込み、笑みを張り付けて、優しい声で名前を呼ぶ。
 ルリは怯えた表情のままこちらを見ている。
 近寄ろうとすると、後ずさって逃げようとする。
「……今日は『怖いこと』はしません、ですから逃げないでください」
「……しない?」
 不安げに尋ね返してきた。
「……しません、ですからこちらへ」
 手を伸ばす、中々近寄ってはきてくれない。
 昨日の行為が確実に原因だろう、彼女にとって自分は「怖いこと」を強要する「怖い人」なのだ。
 グリースは「怖い人」だったが、「怖いこと」を強要しなかっただから「怖くない人」へ認識が変化しているのだ。
 この差は大きかった。

 無理に近づいて、この手の中に収めてしまうのはたやすいことだ。
 それをやったら確実に自分への恐怖心が倍増される。
 今それをやったらグリースの手にルリが渡ってしまう、それだけは何が何でも避けなければいけない事態だった。

 ルリはぬいぐるみを抱きかかえたまま、裸足でぺた、ぺた、とゆっくり足音を立てながら近寄ってきた。
 恐る恐る、近づいてくるのが酷くもどかしい、こちらから抱きしめに行きたい、だがアルジェントはそれを必死でこらえた。
 抱きしめれる範囲にようやくルリはやってきた。
 ルリを抱きしめる。
 体をカタカタと震わせているのが伝わる。
 どうすればいいか分からない、試しに髪を撫でてみるが余計震え始めた。
 家に帰すという選択肢はない。
 この城からは出してはいけない。

――そうだ、城から出さなくても部屋からは出していいのだ――

「……ルリ様、お庭に行きましょう」
「……おにわ?」
「ええ、綺麗な花がたくさん咲いておりますよ」
「……おはなさいてるの?」
「はい」
 少しだけ震えが弱まった。
「……いきたい」
「畏まりました」
 アルジェントはそう言ってルリを抱きかかえた。
 転移魔法を発動させて、ルリの部屋から転移する。

 眩しくて目を閉じて、別の明るさにルリは目を開けた。
 目の前は花畑だった。
 上を見上げれば、空とお日様。
 外に出たのだと理解した。

 嬉しそうな顔をしているルリを見て、内心安堵する。
 地面に下りたそうにしているルリを見て、靴を出現させ履かせる。
 履かせた後、地面にそっと立たせる。
「……わぁ、おはなたくさん」
 目を輝かせ、地面に座り込む。
 花を摘んで何かを作り始めた。
 アルジェントは周囲に気を配る。
 急な来訪者が来ては困る、主の命令でルリは決して表に出さないことになっている。
 ルリはアルジェントのそんな気も知らず何かを作り続けている。
 しばらく見守っていると――
「できた」
 ルリは花冠を編んでいた。
 二つ。
 一つはぬいぐるみに被せた。
 もう一つをもって、ルリはアルジェントに近寄ってきた。
「……かがんでくれる?」
「もちろんです」
 アルジェントがかがむと、ルリは花冠をアルジェントの頭に被せた。
「……私に」
「おはなばたけにつれてくれたから」
 ルリは初めてアルジェントに対してはにかむように笑った。
 その笑みにつられて、アルジェントも初めて張り付けた笑みでも、打算の笑みでもなく、自然に笑った。





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